逆襲のジャミラ

逆説のHERO評論(特撮・アニメ)※「ウルトラマン『故郷は地球』は名作か?」「怪獣ジャミラは可哀想か?」という疑問から始まったブログ。ヒーロー番組に仕込まれた自虐史観について考察中。

LP

交響組曲ヤマト

小学校5年生の頃にお年玉で買ったLPレコードを、最近実家の倉庫にて発掘した。『ヤマト』の後ろにチラと見えるのは『イデオン』と『ナウシカ』のサントラ。

・・・しかし、再生環境がない・・・。


高校生の頃はオーディオ小僧だったもんだが、最近はiPodオンリーだなあ。
ちなみに最終的なシステムは、PL70L鵺、DL103、AU-D907、NS1000Mだったような。分かる人には分かる、究極に凡庸なシステムというヤツですな(笑。


【知人への業務連絡】
しばらく忙しいので、こちらは休みます。このご時世、稼げるときに稼いでおかないと・・・。

テーマ:懐かしのアニメ - ジャンル:サブカル

宇宙戦艦ヤマト ガミラスはナチスドイツか?

イスカンダルとガミラス

宇宙戦艦ヤマト』の第3の”皮”が、ガミラス帝国ドイツ第3帝国というものだろう。

もちろん、ガミラスがナチスドイツを想定していたことは「基本設定書」に書いてあることで、疑う余地はない。よく指摘される点としては、ガミラスがデスラーを総統に戴く独裁制の国家であることや、ドメル将軍(ロンメル)や副官ゲール(ゲーリング)といった実在の人物の名前をもじった人名などがある。
だからぼくなんぞは、初めてナチスの映像をみたとき逆に「ガミラスみてーだな」と思ったりしたもんだった。

ところが、あらためて『宇宙戦艦ヤマト』を通して観てみると、ひとつ不思議な違和感があることに気付く。
それは、沖田や古代を始めとしたヤマトクルー、そして地球に残された人々には、ガミラスがナチスドイツには見えていないんじゃないか、という点だ。

ストーリーを順に追っていくと、こんな感じになる。

まずヤマト出航以前に、彼らがガミラスについて知っていたことはほとんど皆無だった。分かっていた事と言えば、それが地球の科学力を遙かに凌駕するテクノロジーと、圧倒的な差を誇る物量を持っていて、とんでもない数の大艦隊で向かってくる敵であること。また、それは遊星爆弾というキノコ雲を吹き上げて放射能をまき散らす兵器をボコボコ落としてきて、無差別に大量虐殺をする連中であること。それくらいだった。

そしてヤマトの航海が始まり、第6話「氷原に眠る宇宙駆逐艦ゆきかぜ!」。
この回、はじめて古代進がガミラス人と接触するが、ヒト型ではあるが言葉は通じないという点以上の情報を得ることはなかった。

第11話「決断!!ガミラス絶対防衛線突入!!」。
ガミラスの冥王星前線基地を破り、太陽系から飛び出してきたヤマトを封じるべく、デスラー総統は”デスラー機雷”なる兵器でヤマトの破壊を狙ってくる。しかしヤマトは自力でこの危機を切り抜け、それを知ったデスラーはヤマトに対して
「ヤマト諸君の健闘を称える。今後の対決が楽しみだ。ガミラス総統デスラー」
と祝電を送ってくる。
ヤマトクルーはこのとき初めて、ガミラスのトップがデスラーという名であることを知った。

第13話「急げヤマト!! 地球は病んでいる!!」。
パトロール中の古代らがガミラスの戦闘機と交戦し、うち一機を拿捕した。
「ガミラスの資料は何一つ分かってないんだぜ」と古代。
捕虜となったガミラス人を検査した結果、皮膚の色が青い点を除けば「ほとんど我々と変わらない」ことが判明する。

第21話「ドメル艦隊!! 決死の挑戦状」。
いよいよ片道の中間地点を突破したヤマト艦内では、バラン星で得た資料を元に、「どこからどうやって来るかもわからない」ガミラスについての分析が始まっていた。このときクルーの真田志郎は、ガミラスが「地球の汚染度の変化を本国に報告していた形跡がある」ことから「ガミラスは地球への移住を考えていたんじゃないか」と推察する。

第23話「逐に来た!! マゼラン星雲波高し!!」。
いよいよ目的地イスカンダルまで0.8光年の地点にまで辿り着いたヤマト。艦内のスクリーンでは、初めて二重惑星、双子星であるイスカンダルの姿が確認された。ところが安堵する間もなく、そのイスカンダル方面から60発におよぶミサイルが接近していることが発覚。古代は、航海の間中、心の奥底に押し込めていた疑問を口にしてしまう。
「イスカンダルもまた、我々の敵だった・・・?」
しかしミサイルがガミラスの物だと分かると、今度は
「我々はイスカンダルではなく、ガミラスに来てしまったのではないか・・・?」
揺れ動く古代の男心だったが、その後スターシャからの通信が入り、イスカンダルとガミラスが二重惑星であるという真実がヤマトクルーに伝えられる。

第24話「死闘!! 神よガミラスのために泣け!!」。
超磁力でガミラス星に引き込まれたヤマトは、天井都市からの爆雷と濃硫酸の海に挟まれて悪戦苦闘していた。絶体絶命のヤマトは、濃硫酸の海に潜って地下火山脈を波動砲で撃ち抜く。この攻撃に誘発されて、ガミラス星の火山が次々に噴火。ヤマトは天井都市に猛攻をかけて、やがて戦闘は終わっていた。ガミラスの全滅だった(ように見えた)。妨害者のいなくなったヤマトは、イスカンダルに向かうのだった。


以上、長々とエピソードをあげてみたが、つまりはぼくらが第3話の冒頭から知っているガミラスとイスカンダルが二重惑星という事実も、ガミラスがナチスドイツのような独裁国家であることも、ガミラス人の生活や文化にいたるまで、ついにヤマトクルーは知らないままガミラスを滅ぼしてしまった。女性や子どもは一人も見ていないし、数人の兵士とドメル以外は(デスラーを含めて)顔も知らない。むろん、地球に残った人々は結局最後まで、ガミラス人をナマで見ることはなかった。

では反対に、ヤマトクルーならびに地球の人々がガミラスについて知っていたこととは何か。

一つはガミラスは、高度な文明と、大量の物資と、強大な軍事力を持っているということ。
一つはガミラスは、核兵器を思わせる爆弾による無差別攻撃をしてくること。
一つはガミラスは、我々と同じ人間ではあるが、肌の色が違うこと。

そしてここで思い出したいのが、ガミラスをナチスドイツに想定して書かれた「基本設定書」の存在だ。
そこにはこうも記してあったはず。
戦略,戦闘に太平洋戦争,ミッドウェイ,レイテ等の海戦の戦略を参考にする
つまり「ヤマト」の旅は「大和」の旅でもあった。


ぼくら視聴者にはガミラスはドイツに見えていた。だからヤマトの旅は、佐藤健志氏の名著『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』にあるように、「日本の立場を枢軸国側から連合国側に移した第二次大戦の物語」であるように見えた。

しかし、劇中の登場人物たちにはそうは見えていなかった。
それは彼らには、「よみがえったヤマトが核兵器の脅威を打ち破り、艦隊決戦の末に『アメリカ』本土に核以上の兵器をぶち込む」、そういう物語として見えていたのだ。
と、ぼくは思う。

もちろんそんな危険な発想は、願望することさえがタブーだろう。
その危なさたるや、江戸幕府のお膝元で幕府批判の浄瑠璃や歌舞伎を上演するに匹敵する。バレたらどんな目に合わされか、想像しただけで恐ろしい(ヘリコプターから突き落とされるかもしれない)。

そこで登場してくるのが『仮名手本忠臣蔵』以来の、江戸庶民伝統の手法だ。
敵をあからさまにナチスドイツのパロディーにしてしまえば、その裏に潜む暗喩に気がつくのは日本人だけだ。何しろ『ヤマト』をぼんやり眺める限り、そこに具体的に「アメリカ」を指し示しているものは何もない。
そんな状態で、仮にアメリカ大使館が、なーんか怪しいなーと思ったところで、ケチのつけようがないだろう。


などと書くと、まるで西崎義展や松本零士が極度の反米思想を持っていたとぼくが主張していると思われるかも知れないが、そういう意味は全くない。おそらく、むしろあの人たちはアメリカが大好きでならなかったのだとぼくは思う。つまり、ガミラスを「アメリカ」のメタファーだというだけでは、それもまた片肺飛行だということだ。
なぜならヤマトの旅はあくまでもイスカンダルを目指すものであって、ガミラスを滅ぼしたのはやつらがヤマトのイスカンダル行きを邪魔したから以外の理由は何もないからだ。

つづく

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(補足)ヤマトは誰のための船か?

きのこ雲

宇宙戦艦ヤマトが日本のための船であり、沖田艦長や古代進の言う「地球のため」「人類のため」が『ヤマト』に被せられた”皮”でしかないことは、他の部分からも察することができる。

やはり第2話「号砲一発!! 宇宙戦艦ヤマト始動!!」。
地球移住を狙うガミラス帝国は、冥王星前線基地から地球に向けて継続的に「遊星爆弾」なる兵器を撃ち込み、その攻撃の影響で地球の海は干上がり、地表は放射能が充満していた。地表に住めなくなった人類は地下生活を余儀なくされていたが、次第にその地中へも放射能は浸透を始め、人類はいよいよ絶滅の危機を迎えていたのだった。

というようなナレーションに続き、地球防衛軍の日本基地内の様子が映し出される。

ニューヨーク交信不能、エネルギーが尽きた模様。パリ、正午より沈黙。ケニア、パニック状態に陥っています。モスクワ、さよならを打ち続けています。北京、リオデジャネイロ、出力低下、電波キャッチ不能・・・

・・・交信不能。

これが、ヤマトがイスカンダルに向けて出発する以前の世界の状況だった。
ヤマトのクルーにしてみれば、もはや日本以外の国々の状態は、人間の生死を含めて全くの不明であり、彼らが言う「人類」は、ヒトという種以外のものを指しようがなかった。また、同じように「地球」というのも、彼らが唯一把握できている日本に住むヒトの生活の場としての意味しか持ちようがなかった。

要するに「地球」だ「人類」だと騒いだところで、その内容を具体的に吟味してみれば、そこには日本人の姿しか見えてこない。ここに、前回触れたような制作者サイドの思いを掛け合わせてみれば、ヤマトが日本人を救済しようとする日本人のための船であることは明白すぎると言えるだろう。
『ヤマト』は極めて民族主義的な物語であり、本音のところでは制作サイドもそれを否定してはいなかった、ということだ。


なお、次の第3話(「ヤマト発進!! 29万6千光年への挑戦!!」)では、沖田艦長が「ヤマト発進のために全世界から寄付が集まっている」と古代らクルーに話すシーンもあるが、これは今まさにヤマトが出航のためのエネルギーを充填している最中のセリフであり、今さら取って付けた感が否めないと思う。出発直前に現金をもらっても使いようがないし、第一そのことをどうやって通信してきたかも分からない。
これまたちょっと考えれば無意味かつ不可能な行為であり、結局は『ヤマト』を過度にナショナリスティックに見せないための飾り、”皮”の一部といった評価が正当であるような気がする。


ちなみに、というか、これはぼくの勝手な見方だが、『ヤマト』に限らず子ども番組一般を検討する際には、まず第一に作品で使われる「地球」とか「人類」とか言ったアバウトな表現を、全面的に取り去ってみることが求められると思っている。
これらは大抵の場合、ナショナリスティックな表現を許されない戦後日本が置かれた立場から作品を保護するために、便宜的な方便として使われていたものだろう。
簡単にいえば、サヨク的な批判に巻き込まれないための言い訳だ。

実際、ぼくの見るところではウルトラマンは「地球」やら「人類」を守るために現れたわけじゃないし、マジンガーZはずっと日本の領海内だけで戦っていた。ジャイアントロボは日本だけが保有すればいい、というのも、建前はともかく本音では「地球」も「人類」もまず日本があってのことだという心理が働いてのことだろう。

むろん、なかなかストーレートには愛国的な表現が許されなかった時代のことでもあり、少なくともその是非を問われるようなことじゃない。むしろ、作品を観ていくとき、その作品がどうやって民族主義を隠蔽しているかを探すのも、「通」な見方なんじゃないかと思う。


話がそれたが、実は上述した第2話には、『ヤマト』を観る上での重要なヒントが隠されているとぼくは考えている。
沖田艦長や古代らは「人類」「地球」と言うが、その実、彼らは日本以外の状況を全く把握していなかった。つまり、彼らが頭の中でイメージしているものと実際の現実世界は、同じものではない。

これを拡大したことが、『宇宙戦艦ヤマト』では全編を通して展開された。
『ヤマト』のなかで、ぼくら視聴者が観ていたものと、古代らクルーたちが見ていたものは、実は同じものではなかった。

つづく

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宇宙戦艦ヤマト 〜戦死者への鎮魂歌

日本の男の船

宇宙戦艦ヤマト』に被せられた”皮”のその2は、ヤマトが誰のための船なのかという点だろう。”皮”はもちろん「地球の全人類のために」という名目になる。

実際のところ、当時のスタッフには戦艦大和を持ち出すことへの微妙な抵抗感が、いつも心のどこかにはあったようだ。
原作者の一人である松本零士は『宇宙戦艦ヤマト伝説』(1999年・フットワーク出版社)という本のインタビューの中で、こんな話をしている。

それから、作品として自信がある無しじゃなくて、『ヤマト』を娯楽として漫画でお茶の間に送り込むということに、当時は重圧感を感じていたんです。肩の荷が重かった。戦艦「ヤマト」は3000人近くの戦死者を抱いて沈んだ船なんです。遺族もいるしその子供たちもいる。それで対極にスターシャを置いて、ヤマトは生存のために宇宙をおし渡る、大航海物語にしたんです

また、同じインタビューの中では、第2話のヤマト発進に際して「軍艦マーチ」が使われそうになった事に対して、現場の若いスタッフから「この映画には協力できません」という声が上がったというエピソードが語られている。放送局サイドからも「ここで軍艦マーチが流れるのなら、この番組はおしまいだ」とまで言われたそうな。

つまりは作り手は一様に、この「ヤマト」があの「大和」であることを強く自覚していた。
中でも松本零士は特にその傾向が強かったようで、氏が手がけた初期のコンテのなかには、「大和の外板を外すと中から戦死者の遺骨がたくさん出てくるシーンを描いておいた」そうだ。
そうすることで、氏にとっての『宇宙戦艦ヤマト』は「戦死者への鎮魂歌」となる、はずだった・・・・。


・・・はずだった、というのは、完成した映像からは「遺骨」のシーンが全部カットされたからだが、松本零士が「地球」やら「人類」やらを念頭に置いて『ヤマト』に関わったわけではないことは明らかだろう。戦艦大和とともに海に没した人々は日本人だけだし、『ヤマト』において鎮魂されるべき人も日本人だけだ。

などと書くと、またぞろ「あの愚かな戦争の犠牲になった全ての日本人・・・」やら「繰り返しません過ちは・・・」やらが脳裏をよぎってしまうのが戦後生まれの悪いクセだが、原爆や東京大空襲で殺された人や南方戦線で亡くなった人の魂までは、いくら『ヤマト』でも慰めることは出来ないだろう。

それに、そもそも「鎮魂」という言葉にはもっと強い意味があるように、ぼくには感じられる。戦艦大和と運命を共にしてしまった3000余人の人々が「まだ浮かばれていない、成仏していない」と思うからこそ、松本零士はその言葉を(意識してか無意識にかは分からないが)使ってきたんじゃないだろうか。

ならば、『ヤマト』の物語は「平和への願い」と言うような漠然としたものではないはずだ。なぜなら戦後日本は建前上は戦争を放棄したことになっており、見かけ上はずっと「平和」を維持してきた国だとされるからだ。戦艦大和の願いが「戦争をしない」というものであるのなら、彼らの願いはすでに成就されているんだから、今さら「鎮魂」される必要はどこにもない。
それでも人が戦艦大和を「鎮魂」したいというなら、それは戦艦大和の最期に「無念」を感じるからだろう。


ではそんな戦艦大和の最期は、劇中でどのように語られたものなのか。
それは第2話「号砲一発!!ヤマト始動!!
ここでは史実の戦艦大和の最期が、感情を交えないごく淡々とした言葉で説明されている。
が、その導入部にちょっと印象的なシーンが挟まれている。

霧深い洋上で小舟に揺られる漁師の親子の前を、山のように巨大な黒い影が通り過ぎていく。
父「大和だ・・・」
子「やまと?」
父「そうだ、よーく見ておけよ。あれが戦艦大和だ。日本の男の船だ。忘れないように、よーく見ておけ」

この短いやりとりに続いて史実の戦艦大和の最期が描かれていくわけだが、直前の会話の最後に「忘れないように、よーく見ておけ」と言われれば、視聴者の目は自然とその後の展開に釘付けにされてしまうだろう。おそらく、そのために用意されたのが、この親子の会話であったとぼくは思う(画調までがそれまでとは異なる)。

そしてこの親子で視聴者の注意を引きつけておいて、いよいよ戦艦大和の最期が語られていく。

「西暦1945年、押し寄せる300を超えるアメリカ艦隊に戦いを挑むべく、戦艦大和は護衛艦10隻を従え、日本海軍最後の艦隊として出撃していったのである。もはや一機の援護機の姿もなく、片道分の燃料だけを積んでの出撃は、まさに二度と帰らぬ覚悟をした決死の出撃であった」

といったナレーションに始まり、映像では、大和が孤軍奮闘するも敵の艦載機の集中攻撃を受けて、大火災の末に海底に沈没していくまでの様子が静かに描かれていく。
で、ここまでが「忘れないように、よく見ておけ」に含まれているとぼくは見る。


さて、それではここから『ヤマト』で「鎮魂」されねばならない戦艦大和の「無念」を上げるとしたら、次の二点になるだろう。
一つは、大和は「アメリカ艦隊に戦いを挑む」ために出撃したのに、目的を果たすことなく艦載機の空襲を受けて沈没してしまったこと。
もう一つが、大和が「二度と帰らぬ覚悟」を強いられ、実際に帰ってこなかったことだ(細かい事実誤認は気にしないものとする)。
『宇宙戦艦ヤマト』は、これら戦艦大和の「無念」をはらし、「鎮魂」せねばならない。

そうだとすれば、『ヤマト』における「鎮魂」は、現実の逆を以て行われなければならないだろう。
すなわち、戦艦大和に敵の大艦隊と雌雄を決するような大海戦をさせてあげること。
そしてその戦闘に勝利して、戦艦大和が無事に日本に帰ってくることだ。

つづく


※蛇足となりますが、上記に引用させていただいた『宇宙戦艦ヤマト伝説』という本は、表紙にわざわざ「原作●松本零士」とあるように一部に不公平な記述が見受けられます。『ヤマト』通の方なら問題ありません(むしろ楽しめます)が、『ヤマト』の入門書としては不適格だと思われますのでご注意ください。

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宇宙戦艦ヤマトと忠臣蔵

スターシァ

江戸の頃から民衆の間で絶大な人気を誇る作品に『仮名手本忠臣蔵』がある。

本作は上演すれば必ず大入り満員御礼となる演目として有名で、かつては不況だったり劇場が経営難に陥ったりしたときの特効薬として「芝居の独参湯」と呼ばれることもあったほど(Wikipedia - 仮名手本忠臣蔵)。

ストーリーはわざわざ書くまでもないと思うが、要は主君の仇討ちの話だ。
主君は塩冶高貞で、実在した赤穂藩主・浅野内匠頭がモデル。仇討ちのリーダーは大星由良之助という架空の人で、赤穂藩家老・大石内蔵助がモデル。殺され役は高師直。塩冶高貞と同じく実在の人物から名前だけ借りた人で、モデルは吉良上野介。ストーリーの元ネタは『太平記』から持ってきたそうな。

もちろん、当時の観衆はこれが実際にあった「赤穂事件」を描いていることは百も承知。しかし「赤穂事件」そのままだと幕府批判が露骨すぎるので、時代を南北朝時代にして、登場人物も鎌倉末期の人に入れ替えているということらしい。「赤穂事件」を知らない人には「太平記」にしか見えないが、その実、本当に描かれているものは別のものというわけ。

それほどまでに幕府の監視が厳しかったということなんだろうが、とにかく江戸時代から今に至るまで、日本の庶民に一番人気のあるドラマがこのような二重構造を持っていたこと。ぼくは、この点に非常な興味を感じる。ハッキリとは口に出しにくいことでも『仮名手本忠臣蔵』の手法を使えば、暗黙の了解のうちに真意を伝えられる。それも『忠臣蔵』になじんだ日本人であれば誰しもが理解できる・・・。

結論から言ってしまえば、ぼくは『宇宙戦艦ヤマト』がそういった『忠臣蔵』パターンだったのではないか、と考えている。『宇宙戦艦ヤマト』は、あることをぼくらに伝えようとしたが、そのままの表現では色々と障害もあるので、『忠臣蔵』でいえば『太平記』にあたる”皮”のようなものが被せてある。ただし、ストーリーそのものの元ネタがあるわけじゃないので、その”皮”は登場人物たちの言動によって取り払われた・・・。そんな見方も面白いんじゃないかと思う。


と、いい気になって書いてみたが、もしかしたら『宇宙戦艦ヤマト』を一度もみたことがない人も読むかも知れないので、とりあえず冒頭部分のあらすじを書いてみる。

西暦2199年。大マゼラン星雲にあるガミラス星は、すでに星自体の寿命を迎えていた。そこに住むガミラス人は移住先を宇宙中に探した結果、地球に目を付けた。ガミラス人は冥王星に前線基地を作ると遊星爆弾による地球への無差別攻撃を続けた。その結果、地球の海は干上がり、生物が生きられる条件は消え失せた。また遊星爆弾の放射能が充満し、人間は地下都市でかろうじて生き延びている状態に追い込まれた。地球防衛軍は幾度となくガミラス艦隊に戦いを挑むが、その戦力差は圧倒的で、もはや全滅寸前だった。
そんなあるとき、イスカンダル星のスターシャから通信カプセルが届けられる。スターシャは放射能除去装置(コスモクリーナーD)を提供するからイスカンダルまでとりに来い、と伝え、光速を超えられる「波動エンジン」の設計図を添えてくれていた。
地球が完全に放射能で汚染されつくされるまであと1年。人類に選択肢はなかった。ちょうど地球脱出用に改造中だった旧帝国海軍の沈没船、戦艦大和は「波動エンジン」を搭載されると、14万8千光年のかなたイスカンダル星に放射能除去装置をもらうために旅立っていくのだった・・・。


整理すると、ガミラス帝国は地球に移住したいので、地球人を滅ぼしつつ、地球を彼らの好む放射能で充満させようと思っている。一方、地球人は、その放射能を除去するメカをもらいにイスカンダルまで出かけようとする。
なお、その間に進行する地球の危機はどうするんだ? については、たまたまイスカンダルへのルート上に冥王星があるので、途中で叩いていくことになっていたようだ(これは見事に成功する)。

最も肝心な点は、ヤマトの目的がガミラス帝国と戦うことではないことだ。ヤマトはあくまで放射能除去装置(コスモクリーナーD)をもらうためにイスカンダルへ行こうとする。だが、当然のことながらヤマトのその行為はガミラスの利益に反するので、行く先々でヤマトvsガミラスの戦闘が起こる。
つまり、ヤマトには積極的にガミラスと戦う意思はないのに、いつもガミラスがちょっかいを出してくるので、やむを得ず反撃している・・・これが『宇宙戦艦ヤマト』の建前だ。

建前・・・すなわち、第一の「皮」だ。

つづく

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