プロフィール

竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
一つの 「カテゴリ」 で一つの記事となってます(記事は古い順に並んでます)。同世代のおっさん向け。

カテゴリ
もくじ

全ての記事タイトルを表示する

月別アーカイブ
ブログ内検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

主要記事
リンク
応援中
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

フリーエリア
趣味 - シュミラン

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鉄人28号 その1〜安保闘争

鉄人28号 第1巻

ぼくらが幼少時に親しんだテレビの『マジンガーZ』や『勇者ライディーン』といった巨大ロボット番組。これらのルーツを辿ると、昭和30年代に大ヒットした横山光輝のまんが『鉄人28号』に行き着く。同じ頃に人気を二分した手塚治虫の『鉄腕アトム』との最大の違いは、『鉄人28号』系列のロボットは要するに人が操縦するという点だろう。「良いも悪いもリモコン次第」というやつだ。

・・・などと、まるで見てきたことのように書いているが、ぼくが『鉄人28号』を初めて読んだのは、ほんの1年前のこと。それまでは、正直に言って名前と姿は知っているものの、あらすじさえ知らない状態だった。
ぼくが読んだのは2005年から2007年にかけて復刻された『鉄人28号 原作完全版』全24巻。ファンの方には申し訳ないが、まんがの文法が現在とは全く異なるので、読破するには骨が折れた。

深い説明もなく次から次へと新しいキャラクターが登場し、いつの間にか退場・・・。スピーディーな展開といえば聞こえはいいが、行き当たりばったりという方が真実に近いような気もする。
もちろん、現在のような”単行本化を前提とした連載”という形式が確立されていない時代の作品なので、これは非難には当たらないだろう。それどころか、その行き当たりばったりのおかげで『鉄人28号』には、鉄人が生きた時代が色濃く反映されることになったとぼくは見ている。

そしてそれは同時に、横山光輝という作家の、20才代の記録でもあったと思う。

『鉄人28号』が書かれたのは1956(昭和31)年から1966(昭和41)年とのことだが、これは丁度、横山光輝の21~31才にあたる。時代はまだまだ戦後の激動期。高度経済成長のまっただ中で東京タワーやら東海道新幹線やらが建設される一方で安保闘争が日本を揺るがし、海外に目を向ければケネディが暗殺されたりベトナム戦争が激化したりで、つまりは破壊と建設が世界のあちこちで同時多発的に起こっているような時代だった。
若い横山光輝の感性が、こうした時代の激流に影響を受けなかったと考える方がどうかしている。

また、1934年生まれの横山光輝は「昭和ヒトケタ世代」でもある。昭和9年生まれということは、横山光輝は11才で終戦をむかえていることになる。かろうじて戦争を知っている年代、だといえるだろう。


そんな横山光輝が書いた『鉄人28号』は、ぼくらが知っている「正義のロボット」ものとは全く異なる始まり方をした。
それは、戦時中に日本陸軍が極秘に開発していたロボット兵器が戦後の世の中に現れ、そのリモコンに色々な思惑を持った連中が群がって、激しい争奪戦を繰り広げる・・・、そんな物語だった。

簡単にいえば、大日本帝国の「遺産」を誰が使うのか、だ。
ここには、小学生で終戦をむかえてしまった横山光輝の世代に独特な感覚があるような気がするが、ぼくが決めつける話ではないので先に進む。

で、ぼくの見るところだが、『鉄人28号』の物語は大きく3つの時期に分割することができると思う。

まずは「初期鉄人」。これは1956~58年に書かれた部分で、上記の『原作完全版』では6巻あたりまで。
この時期が、”鉄人のリモコンの奪い合い”に当たる。
参加者を列挙すると、

・村雨一家(日本のギャング団。厳密には鉄人の”破壊”を狙った)
・PX団(ヨーロッパを拠点とする世界一の大密輸団)
・S国陸軍省
・クロロホルム氏(フランス人の探偵)
・スリルサスペンス氏(アメリカ人ギャング団)
・ジャネルファイブ(フランス人の怪盗紳士)

と、なかなか国際色豊かで、にぎやかだ。

こういった手合いからリモコンを守るために、警視庁に協力して大活躍するのが主人公の金田正太郎という少年で、こいつは大きな洋館に一人で住み、ディスコ・ボランテなんてイタリア車を乗り回し、自前の拳銃を撃ちまくる「少年探偵」だ。要するに子どもたちの永遠の憧れを実体化させたような少年で、これは単に連載当時のマンガ界の流行だったそうな。

さて、そんなリモコンの奪い合いはやがて終息し、鉄人自体は警察、操縦機は鉄人の製作者の一人である敷島博士が管理していたが、いつの間にか鉄人も操縦機も正太郎の所有物になっていた。
ここからが「中期鉄人」で、1959~1962年の連載。

テーマは割と一貫していて、この時代らしく「科学の悪用」が中心になっている。マッドサイエンティストたちが登場し、彼らに操られた「悪」のロボットと鉄人が戦う。
そして最後に、再び「S国」のスパイを相手に鉄人の奪い合いをして、「中期」は終わる。

後期鉄人」は1962~66年。この時期の鉄人はにわかに政治色が強まり、国際的な活動を始める。
まずはヨーロッパから来た「十字結社」と神戸で戦い、続いては鉄人自身がヨーロッパに渡って「ロボット見本市」に出場。ここでベネラード財団との取引を独占しようとするビックファイア博士の陰謀を粉砕すると、帰路では中東のクーデターに巻き込まれる。帰国後は「スノー国」の陰謀を阻止。
そして鉄人最後の戦いは、世界統一を標榜する「ブラック団」がその相手だった。


以上、急ぎ足で大ざっぱな説明になってしまったが、まず注目したいのが「S国」という強敵だ。
作品をみれば一目瞭然で、その巨大な組織力と最先端の科学力からは、往年のソビエト連邦以外の推測を許さない。それはまた、当時の東西冷戦という世界情勢を考えれば、必然的な結論だとも言えるだろう。

だがその「S国」は、鉄人奪取の2度目の試みに敗れたあと、忽然と作品から姿を消した。
それはなぜか。

つづく

スポンサーサイト

鉄人28号 その2 ~ソビエトとアメリカ(ブラック団)

鉄人28号 最終巻

鉄人28号』に、ロビーという名のロボットが登場する。『原作完全版』では11巻から13巻。書かれた時期で言えば、1960年の夏から翌1961年の春にかけてだ。

牧村博士の手で製造されたロビーには人工知能が搭載されていたので、ロビーは自分で思考できるロボットだった。はじめは幼児のような行動しかとれなかったロビーだったが、やがてその人工知能は、ロボットによるロボットのための王国という発想に至る。

ロビーは地下工場を建設すると一大ロボット軍団を作り上げ、ロボットの主権を唱えて人間社会に宣戦布告をする。東京湾から上陸し、首都を占領せんと大挙押し寄せるロボット軍団を、総力を挙げた警察と自衛隊が迎え撃つ。東京は人間とロボットの群れ、群れ、群れで、洪水のように溢れかえるのだった・・・。

この、コマいっぱいに描かれる人とロボットの群れは、ぼくには現実の日本社会に起きた、ある大事件を連想させる。
言うまでもない、安保闘争だ。

若い人も読むかもしれないので簡単に説明すると、1951年に結ばれた日米安保条約が岸内閣の手で改定されることになり、これに反対した学生や市民が起こした「日本史上で空前の規模の反戦・平和運動」(Wikipedia)が安保闘争だ。デモ隊を組んで国会議事堂を取り囲む人の群れと、それを鎮圧しようとする機動隊の激突の写真などは、ネットで検索すればいくらでも見つかる。

その安保闘争が最も盛り上がりを見せたのは、1960年の6月。
およそ当時の日本人で、この運動に興味を示さない者は皆無だっただろう。横山光輝もすでに20代半ば。このとき受けた強烈なイメージが、その数ヶ月後、東京を埋め尽くすロボットと人間の群れとしてマンガに描かれたと想像しても、何ら不思議ではない年齢だと思う。

ところで、この1960年6月に成立した日米安保条約とは一体いかなる条約だったのか?

簡単に言えば、それは1951年に吉田茂が結んだ「旧安保」があまりにアメリカ有利で一方的な不平等条約だったので、それをそれなりに平等で、相互依存性のある内容に改定したものだ。具体的には、それまでは米軍には日本を防衛する義務はなかったのを、ハッキリと明文化して日米共同防衛を体制化したことなどが挙げられる。
つまり、この時を境に、もしもソビエト軍が日本に侵攻してきた場合、在日米軍には日本を守るために出動する義務が発生した。

これが『鉄人28号』から「S国」の脅威が去ったことの真相だとぼくは思う。
S国があくまでも日本を狙ってくるなら、今度はマンガにソビエト対アメリカの戦争を描かなければならなくなる。ソビエトはもはや、いつでも自由に使える「仮想敵国」ではなくなったのだ。

こうして日本は安全になった。
だからその後の鉄人は、世界の舞台に飛躍した。ヨーロッパへ、中東へと鉄人の活躍は拡大した。


ところが・・・。
この辺りまで読み進めたころ、ぼくはふと、ある違和感を感じた。
”世界の鉄人”と言えば誇らしいが、この”世界”には肝心かなめの国が含まれていない。

アメリカ合衆国だ。
日本にとって一番大切なはずのアメリカ、一番身近なはずのアメリカに、鉄人は立ち寄る気配がない。話題に出てくることもない。まるでそんな国は、”世界”に存在しないかのようだ。
これはどうしたことか。
『鉄人28号』は、世界一の超大国アメリカを、ついには(国としては)作品に登場させないまま終わってしまうのか。

・・・いや、そんなことはなかった。
アメリカは登場する。ただし、それとは分からない形で、だ。

鉄人の最後の戦いが、「ブラック団」を名乗る秘密組織であることは前回の記事でちょっとだけ触れた。
このブラック団の目的は”世界の統一”で、彼らはそれを達成するための巨大な力を持っていた。日本に対しては、海底に建造されたミサイル基地がその照準を合わせており、彼らはその武力を背景に、日本政府を威嚇・脅迫しようとした。

この構図。
日本近海に配備された武力による威嚇・脅迫という構図は、一体どこからイメージされたものなのだろう?

『鉄人28号』に「ブラック団」が登場するのは1966年のこと。
実はその2年前に、やはり日本を揺るがし、国会にデモ隊が押し寄せる事件があった。
アメリカ原子力潜水艦シードラゴンの佐世保寄港だ。

ついに十一月十二日シードラゴン号は佐世保港に現われました。佐世保米軍基地附近には『安保闘争』を思わせるようなはげしいデモがくりひろげられ、その夜、東京でも国会に反対派の請願デモがくり出しました(昭和39年朝日ニュース)

核被爆国日本の神経を逆撫でするようなこのアメリカの行為にどういう意図があったのかは、まだ精子でもなかったぼくには知る由もない。また、横山光輝が露骨な反米意識でもって「ブラック団」を登場させたとも思わない。
だが、このブラック団とシードラゴンの立ち位置がどこか似ていることは、考え過ぎと断じるには早計であるような気がすることも確かだ。

なぜなら『鉄人28号』を引き継ぎ、発展させたようなかたちで制作された特撮テレビ番組『ジャイアントロボ』(1967年・東映)にも、やはり同様の構図が隠されているからだ。

つづく

ジャイアントロボ ギロチン帝王とユニコーン

ギロチン帝王

ジャイアントロボ』(1967年・東映)の悪役は、ギロチン帝王を名乗る宇宙人だ。ギロチン帝王は地球征服を宣言しながら突然飛来すると、怪獣を使って船舶などを破壊しつつ、侵略用ロボットの建造を急がせた。それが原子力エネルギーで動くジャイアントロボ。設計者はドクターガルチュアという地球人だ。

ギロチン帝王に対抗するのは、「国連秘密警察機構ユニコーン」という組織。その日本支部の南十郎隊員は、ギロチン帝王の本拠を突き止めるべく一般の客船に乗っていたが、そこをギロチン帝王が繰り出してきた怪獣に襲われて、遭難してしまう。船上で知り合った小学生、草間大作とともに南隊員が流れ着いた島は、偶然にもジャイアントロボ製造の秘密基地だった。

基地に潜入したふたりはギロチン配下のビッグファイア団(BF団)に捕まるが、機を見て脱出を図る。逃げる彼らの行き先にはジャイアントロボの勇姿があった。
ふたりに気がついたドクターガルチュアは彼らを自室に招き入れると、ジャイアントロボの操縦機である腕時計を手渡す。それは
「一番はじめに電子マイクから電子頭脳に録音された人間の命令どおりに動く」
というものだった。おそらくドクターガルチュアは長身で屈強なユニコーン南隊員に渡したつもりだったのだろうが、運悪く、はじめに腕時計に呼びかけたのは草間大作少年のほうだった。

こうなってはもはや取り返しのつくものではない。草間大作少年はユニコーンのパートタイマー隊員となり、ギロチン帝王が繰り出す敵をジャイアントロボを使って撃退する任務に就いたのだった・・・。


以上が『ジャイアントロボ』の大ざっぱな事の始まりだ。

ここでは『鉄人28号』のふたつの問題点、すなわちロボットが誰にでも操縦できてしまう点と、日本の警察と少年探偵が”世界統一”を目論む巨大組織を相手に単独で戦う点、これらの問題が解消されていることが分かる。ジャイアントロボは草間大作にしか操縦できず、ギロチン帝王と戦うのは「国連」になった。こども向けの勧善懲悪ヒーロー番組としては、特に矛盾も無理も見受けられないと思う。

さて、こうしてギロチン帝王の侵略から世界の平和を守る大作少年(とジャイアントロボ)の物語はスタートした。毎回、独自の工夫を凝らした怪獣やロボットが現れては破壊活動を行い、それをジャイアントロボが必殺の武器でもって倒していく。ごくごくありふれたストーリーだ。『マジンガーZ』に始まるのちの70年代ロボットアニメの基本はここにある。

だが、この『ジャイアントロボ』をよくよく見ていくと、実はひとつ、『マジンガーZ』等とは異なる独特の展開が存在していることがわかる。それは『ジャイアントロボ』は、やけに国際的だ、という点だ。
具体的にはこうだ。


まず第3話。ギロチンは宇宙から手下の大幹部・ドクトルオーバーを呼んで日本に潜入させた。この情報をいち早くキャッチして日本支部に報せてきたのは「カナダ」支部だった。

第4話。ギロチンの攻撃によって「アラビア」支部が壊滅させられた。

第6話。ギロチンの工作でソルジア国とフレンコク共和国が仲違いし、一触即発の状態におちいる。ユニコーンは急遽、洋上の秘密会議所で対策会議を開くが、この会議に遅刻してやってきたのは「カナダ」支部長だった。

第7話。「スイス」支部から暗号解読器が狙われているという緊急連絡が入る。

第10話。「南極」支部がギロチンの襲撃を受けて全滅する。

第14話。「中国」第三支部が襲われる。

第16話。ユニコーン全滅作戦が開始される。「スイス」支部、「ローマ」支部、「カイロ」支部、「ボンベイ」支部、「シンガポール」支部、「香港」支部、「台湾」支部が全滅。

第18話。ギロチンが送り込んだスパイX7によって「ハワイ」支部、「マニラ」支部が爆破され、「香港」支部長が暗殺される。


『ジャイアントロボ』のこうしたワールドワイドの展開は、ひとつには『マジンガーZ』等に見られる、”世界の平和”を語りながらその実は日本しか守らないという「お約束」がまだ確立されていなかったせいもあるだろう。
仮にも「国連」を出してしまった以上、具体的に「世界」を描く必要があると、東映スタッフの人々が生真面目に考えた結果なのかもしれない。ギロチン帝王にとってはユニコーンだけが目障りな存在だったのだから、その支部を叩いていくことにはリアリティもある。

ところが、(例によって)まったく登場してこない国がある。
第3話、宇宙から飛来してきたドクトル・オーバーの動向をいち早く察知できたのは何故「カナダ」だったのか? 「カナダ」にそんな世界最高の宇宙科学と情報収集能力があるなんて、ぼくは聞いたことがない。

そしてギロチンにとって最も目障りなはずの、ユニコーン本部は世界のどこに存在するというのか?

つづく

ジャイアントロボ 殺人兵器カラミティ

殺人兵器カラミティ

前回からの続き)

ジャイアントロボ』で、まったく語られることのないその国。
たしかに「ハワイ」「ニューヨーク」といった州名や都市名は出てくるが、驚くべき事にその国名は全26話を通して、ついにただの一度も口に出されることはなかった。それは”タブー”であり、”忌み言葉”のようでもあった。

その忌み言葉っぷりが現れているのが、第22話「殺人兵器カラミティ」だろう。
この回は”メルカ共和国”という国の大統領が在留大使を呼びつけ、GRのVTRをみている場面から始まる。そして大統領は大使にこう叫ぶ。
「わがメルカ共和国は、いつも、あらゆることで世界一だ。しかしジャイアントロボが現れてからは、ロボットのことは日本が世界一になってしまった。これはわが国民にとって我慢ができないのだよ」
結局、日本政府はメルカ共和国の圧力には抵抗できず、ロボの秘密を開示させられてしまう・・・。


メルカを英語風に舌を丸めて発音すれば、それが何を意味しているかはすぐに分かる。
そしてそうして意味される国に、南極なんて僻地でさえ襲撃したギロチン帝王はただの一度も攻め込むことがなく、その国は彼の侵略の外部に置かれたままだった。

この異様な違和感がもたらす印象は、『鉄人28号』でのそれとは大違いだと思う。鉄人がその国を無視することには理由はいらないが、『ジャイアントロボ』は”地球征服”を目論む敵との戦いの物語だ。そこではあの巨大な大陸を無視することは許されない。しかもその侵略を防衛する組織、「ユニコーン」の本部はまさにその国の中にある。

ちなみに、メルカ共和国で建造されたジャイアントロボのコピー品には、カラミティという名がつけられた。意味は「悲惨、惨禍」といったところだろう。少なくとも、いい意味ではない。
そして、そのカラミティはあっさりとギロチン帝王に奪われてしまうとジャイアントロボに襲いかかり、その目をつぶしたのだった。


さて、そうなってくると問題なのは、ギロチン帝王とはいったい何者なのかということだろう。もちろんそれは、彼が宇宙からやってきた謎の宇宙人でBF団を結成して云々・・・というようなことではなく、ギロチン帝王がこの作品のなかで意味するもの、象徴しているものという意味でだ。

実は『ジャイアントロボ』にはもう一つ、また別の違和感が存在する。
この作品を1話から順番に見ていくと、中盤あたりからある単語が頻繁に登場しだすことに気がつくのだが、それは本来であれば、それこそが”タブー”であり、忌み言葉であっても不思議ではない単語なのだ。

まず第15話。ギロチン配下のミスターゴールドは日本全土を核ミサイルで攻撃しようとする。

第18話。日本の科学者グループが超放射能元素YZ金属を開発する。それはウラニウムの数千倍の威力があると説明される。

第20話。ギロチンのロボットが襲撃したのは西南村原子力センターだった。

第24話。ユニコーン日本支部が警備していたのは、世界初の空飛ぶ原子力タンカーの就航式だった。

一目瞭然、「核」「原子力」だ。
お断りしておくが、これら作中での「核」「原子力」には作劇上の必然性はほとんどない。原子力センターは後楽園球場でも東京タワーでもよく、原子力タンカーは豪華客船でもジャンボジェット機でも、ストーリーは大して変わるものではない。
ならばこの物語は、まるで故意に、意図的に「原子力」という言葉を使いたがっている。そんな印象さえ受ける。

そしてついに最終回第26話「ギロチン最後の日」では、ギロチンの正体が明かされることになる。自ら巨大化し、最終決戦を挑んできたギロチン帝王は、ユニコーンの面々に向かってこう言い放つ。
「わしの体は原子力エネルギーのかたまりだ。わしの体が爆発したら、地球は木っ端みじんになってしまうぞ」

ここまで来れば、もうクドクドした説明は不要だろう。
ギロチン帝王は「核」そのものであり、その脅威でもって地球を征服しようとする者だった。ではその「核」はどこから来た脅威なのか? 言うまでもなくそれは、(タブーであり忌み言葉でもある)「アメリカ」から来たものだ。だからギロチン帝王がアメリカを攻撃することは有り得ない。ギロチンは「核」のメタファーであり、「アメリカ」のメタファーでもあった。

ところがそんなギロチン帝王は、奪われたジャイアントロボの奪回には必死になるが、それをバラバラに破壊しようとはしない。その理由も今は分かる。
なぜなら、ジャイアントロボ自身が原子力エネルギーで作動するロボットだったからだ。ロボを破壊することは、ギロチンが欲しがっているこの地球を破壊してしまうことに他ならない。だからギロチンはジャイアントロボを抹殺することはできなかった。


そしてそうして見ると、特撮テレビ映画『ジャイアントロボ』とは、日本人がアメリカの核兵器を奪い、それを利用してアメリカの核兵器に対抗している構図をもつ物語のようにも思えてくる。
実際『ジャイアントロボ』の最終回は、「核」を突きつけられて手も足も出せなくなったユニコーンに代わって、ロボが自由意思でギロチンを抱きかかえて宇宙に飛び出すと、ギロチンもろとも流星に激突して爆死することで幕を閉じるというものだった。
結局のところ、「核」を倒すことができるのは「核」だけだったのだ。


ところで「核抑止力」としてのジャイアントロボを考えたとき、ここにひとつ新たな厄介事が姿を現すことになる。「平和憲法」だ。
『ジャイアントロボ』において、日本人がアメリカさえもが羨むような軍事兵器をもち、それを海外で実戦使用しているという事実は、明らかに憲法第9条に違反しているという問題だ。

では『ジャイアントロボ』において「平和憲法」とは、一体どのように描かれたものだったのだろうか。

つづく

ジャイアントロボ最終回 ギロチン最後の日

ロボに最敬礼

ジャイアントロボ』における防衛隊を、国連秘密警察機構「ユニコーン」という。
『仮面ライダーV3』や『快傑ズバット』で主役を演じた宮内洋は常々「特撮ヒーロー番組とは子供達に正義の心を教える教育番組に外ならない」というポリシーを表明していたそうだが、こと「教育番組」という観点からすれば、『ジャイアントロボ』のユニコーンという組織はかなり理想的な展開を見せている。

主人公の草間大作少年は、ロボの操縦権を持つがゆえに第一線で戦うことになってはいるが、所詮はただの小学生だ。体力、判断力などは大人に及ぶものではない。だがユニコーンには、大作少年の相棒(お目付役?)のお兄さんのような南隊員もいれば、父親のような東(あずま)支部長もいる。大作くんは彼ら大人たちに、時には叱られ、時には励まされて、一人前のロボット使いに成長していく。ユニコーンは大作くんにとっては(ぼくら視聴者の子どもにとっても)第2の学校であり、社会そのものだった。


・・・と、まず一応は褒めておいてから本題に入る。

ところで、子ども向け特撮番組にあって、「日本」あるいは「日本人」が反映されている存在とは、ユニコーンを始めとした防衛隊に他ならないだろう。彼らは(その当時の)日本の平均的な良識や常識をその思考とし、行動とする。そうでなければ、ぼくらは安心して番組を観ることはできないし、PTAも許さない。

それでは『ジャイアントロボ』で、良識であり常識であるはずのユニコーンはどう具体的に描かれたか。
すでに書いたとおり、第22話「殺人兵器カラミティ」は、日本だけが保有するロボを妬んだメルカ共和国なる超大国が、その技術を開示せよと強要してくるエピソードだ。この圧力に屈した日本政府は、ユニコーン日本支部に対してロボの電子頭脳の公開を要請してくる。この通達を聞いた時の、ユニコーン日本支部の面々の反応はこうだった。

「GRはユニコーンだけが持っていれば十分です」

彼らの言い分によれば、ジャイアントロボが世界中に拡散すれば、必ずそれを軍事的に悪用する国が現れる。だから日本だけがロボを保有しているほうが世界の平和につながる、ということらしい。
だが、その理屈がきわめて独善的かつ排他的であることは、当の彼ら自身が身をもって知っているはずだ。

実際、他国にあるユニコーン支部がギロチン帝王の攻撃を受けて全滅していく中、いまなお日本支部が健在でいられるのは彼らの力ではなく、そこにジャイアントロボが存在するからだ。ジャイアントロボさえあれば、これまで滅ぼされた支部だって十分に戦い、撃退さえできただろう。

しかもジャイアントロボは日本人の科学の力で生み出されたロボットではなく、ギロチン帝王から横取りしたものだ。人類の財産だと言うのならともかく、日本のためだけに使うのはエゴイズム丸出しで、身勝手すぎると言うものだ。

それにそもそも、何の根拠があって彼らは日本だけはジャイアントロボを悪用しないと言い切れるのか。

その理由は簡単だ。
日本には憲法第9条、いわゆる「平和憲法」があるからだ。だから日本人が専守防衛以外でロボを使うことは有り得ないことで、他国侵略等の悪用はできない。ロボの海外派兵も、集団的自衛権の拡大解釈とすれば、かろうじて説明もつく(ことになっている)のだろう。

これが1967ー1968年の『ジャイアントロボ』放映時の、日本の良識であり、常識だった。

しかしこの「良識」は、続く第23話「宇宙妖怪博士ゲルマ」で、いとも容易く崩れ落ちてしまう。
この回、ギロチン帝王に招聘されたゲルマは、まず自慢の妖術で草間大作少年の精巧なコピーを作る。このコピーは声紋までが大作くんと全く同じものであり、すなわちそれはジャイアントロボの操縦者がもう一人増えたということだ。
その上でゲルマは幼稚園の送迎バスを拉致して人質とし、交換条件として大作くんのもつ腕時計型の操縦機を要求してきた。
さて、このとき日本の「良識」ユニコーンは、どう行動したか。

結局彼らは「人命には換えられない」と言って、操縦機をギロチン帝王に渡してしまった。ジャイアントロボはニセの大作くんの命令を受けて東京の破壊を開始した。「人命には換えられない」はずが、もっと多くの「人命」を失う、最悪の大惨事を招いてしまったのだった。

言うまでもないことだが、ユニコーンはこういう事態に備えて何らかの手を打っておくべきだった。それを彼らは、自分たちが悪用しなければ大丈夫だと高をくくり、ロボの存在でかろうじて維持されている平和を永遠のもののように考えていた。その甘さが、首都東京に壊滅的な破壊をもたらしてしまった。


このユニコーンの甘さの根底には、例によって東映の平山亨プロデューサーの軍事アレルギーがあるようだ。現在発売中のDVD『ジャイアントロボ』VOL.2のライナーノーツのなかで、平山亨は次のように語っている。

「ユニコーンを正規軍と考えないで秘密組織と考えたほうがリアリティがあると思ったのは、私の常套手段みたいだ。ギロチン帝王なんて奴と正規軍が闘ったら奇妙な気がするんだなあ」


常套手段というとおり、巨悪にたいしてヒーローが秘密的に対抗する平山パターンは『仮面ライダー』にしても『超人バロム・1』にしても基本は同じ。つまりは軍につながる国家組織が表立って闘うのではなく、個人や秘密組織の手で誰にも気がつかれないうちに平和が守られているほうが、平山にとっては「リアリティ」があるらしい。
ぼくには丸っきり反対のように感じられるが、焼け跡世代の人たちにしか分からない「リアリティ」なのかもしれない。


それはさておき話を戻すが、ユニコーンという組織は、実は普段から意識的に軍隊臭を抜きたがる集団でもあった。普通の軍隊であれば敬礼をすべきところで、彼らは親指と人差し指、中指の三本を顔の前であわせ、ひょいと捻る仕草をする。するとどこからか「ひょい」という効果音が入り、これが彼らの間での「了解」の挨拶だったりする。

おそらくこれも、平山亨のアイデアというか、趣味の一貫なのだろう。
とにかく「軍隊」を連想させるものは「悪」。だから『仮面ライダー』は制服と敬礼で統制された軍隊式のショッカーの「悪」に対し、私服を着た自由な立場の一個人が「正義」を標榜して戦う。

ところが、この(今から見れば)実に頼りないナヨナヨした印象のあるユニコーンは、最後の最後になって、君子のように豹変した。

第26話最終回「ギロチン最後の日」。
ここにいたるまでの間に、ロボには少しずつある変化が生まれていた。「こころ」とでも呼ぶようなものが、だんだんとロボには芽生えていったのだ。それは第19話で命令なしに大作少年のピンチを救ったことから始まり、第21話では「まるで人間の意思をもっているようだ」とユニコーンを驚かせた。
決定的だったのが第23話だ。ゲルマが作ったニセ大作と本物の大作、二人の大作に異なる命令を出されてGRは悩み苦しむように見える。そして結局は、操縦器を持たない本物の大作の叫びに従ったのだ。

そして最終回。ギロチン帝王はかつてロボに敗れた怪獣やロボットを蘇らせると、次々にロボと戦わせた。このときの長時間の戦闘で、やがてロボの原子力エネルギーは尽き果ててしまう。
いまやロボは全機能を停止して突っ立っているだけだ。一方ユニコーンも、巨大化したギロチンの体が原子力のかたまりであることを知らされて、手も足も出せない。
地球は絶体絶命のピンチだ。

その時だ。
突然、ロボは自らの自由意思で補助エネルギーを使って再起動する。そしてギロチンを抱きかかえると、制止する大作少年の命令を無視して宇宙空間に飛び出し、浮遊する隕石に突っ込んでいって爆死する。ギロチン帝王の最期だ。

問題はこの後だ。
ユニコーン日本支部の人々は全員、直立不動の姿勢で軍隊式の敬礼をしたのだ。

それはロボにうまれた「こころ」、すなわち自己犠牲の精神がユニコーンの連中を覚醒させた瞬間だった。軍隊色を嫌い、ぬるい行動に明け暮れた彼らはこの瞬間、正真正銘の軍隊として生まれ変わった。いつもの妙な指ひねりの挨拶では、この時のロボの崇高な魂に報いることはできなかったのだ。

『ジャイアントロボ』に秘められたもう一つの物語。
それはユニコーンという”秘密組織”の皮を被った軍隊が、その皮である「平和憲法」を脱ぎ捨て、卒業するまでの物語でもあったのだと、ぼくは思う。

つづく

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。