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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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『巨人の星』と団塊世代 〜『荒俣宏の少年マガジン大博覧会』

ジャージャー流す涙

ぼくらの世代で野球マンガと言えば、何といってもまずは『ドカベン』だろう。『巨人の星』は一世代前の古典として、夕方のテレビの再放送で楽しんだもんだ。ただ当時は時代の流れが今よりはるかに速い時代だったので、劇中に出てくるような長屋の風景などは白黒の時代劇ぐらいでしか見ることがなく、必要以上に時間的な隔たりを感じたもんだった。

実際には『週刊少年マガジン』に『巨人の星』が連載されていたのは1966~1971年で、『週刊少年チャンピオン』に『ドカベン』が始まったのが1972年というから、ほとんどシームレス。マンガの表現というものが、ものすごいスピードで進化発展した時代だったのだろう。

ところでそんな『巨人の星』は、連載当時の少年少女が熱狂的に支持したのはもちろんのこと、おっかない全共闘のお兄さん方も随分熱心に読んでいたらしい。全共闘!と言っても元はただの純真な少年少女。当時の『マガジン』は、読者の成長に合わせてマンガの対象年齢を引き上げる戦略をとっていたそうで、彼らは『マガジン』を卒業することなく大学に進んだ。そのタイミングで登場した『巨人の星』は、彼らの忌み嫌う戦前の雰囲気をプンプンと撒き散らかし、主に悪質なギャグとして笑われつつも、不思議な魅力で彼らをとりこにしていったそうな。

とまた、見てきたようなことを書くのも気が引けるので、ここはバリバリの団塊世代で全共闘世代でもある人の文章を引用することで、リアルタイム世代が『巨人の星』にどのような思いを持っているのかを紹介したい。
本は1994年に講談社から出た『荒俣宏の少年マガジン大博覧会』。文章は高山宏という先生だ。

高山先生はまず『あしたのジョー』の衝撃を語り、特にそれがいかに「ドラマチック」だったかを解説した後、こう続ける。

ドラマチックと言うことでは『巨人の星』とはけたがちがっていた。風変わりといえばとんでもなく風変わりだが、星一徹はやはり父なのであり、それになにしろ星明子という存在があって、人間関係や感情のしがらみがどんどん深く濃密になっていく世界が、徐々にたまらなくいやになっていった。『あしたのジョー』と『巨人の星』が並び立って大きな枠をつくっていれば、あとは何がどう出入りしようと大丈夫という時代がしばらく続くわけだが、互いに似て非なることおびたたしい。ジョーは論理の必然として死なざるを得ない。彼に自分を見る団塊世代はねあがりの、終わりのためのいけにえじみた存在だと感じた。星飛雄馬はひたすら「教養小説」の枠組の中にいて、確実に「成長」していく存在だった。伴が、飛雄馬がジャージャー流す涙がもういやでたまらなかったし、自分の子を谷底に落とす獅子の話だの、宮本武蔵だの坂本龍馬だのを引き合いに出しての格言調、お説教の阿呆陀羅教が実際がまんならなかった。大リーグボール1号をうむため、山中にこもって特訓したり参禅したりというパターンもいらいらした。星一徹じみた世代にうつろな精神教育を叩きこまれた世代の自己嫌悪、近親憎悪みたいなものかもしれない。


要は『あしたのジョー』という本命が登場してしまってからは『巨人の星』の株は下がる一方で、次第にそれは嫌悪感すら湧くようになったと。
ところがそういった印象は、飛雄馬が成長し「青春の悩み」に苦しみ出すようになるとまた一転する。

スターになった飛雄馬を芸能界が黙ってはおかない。オーロラ三人娘と一緒にボウリング大会に行ったり、テレビ座談会に出たりの華やかな暮らしぶりになる。「これからは人間らしくくらすんだっ」と言って飛雄馬はボロ家を出てマンション生活を始める。明子も家を出て飛雄馬の所にくる。現れたオズマを好敵手に仕立てた父による子への執拗な挑戦がいよいよ始まる。まさに一徹タイプの教育を受けてそれぞれが一個の「野球人形」に育てられながら、それでは生きていけない資本主義市場経済の世界に直面した団塊世代は、この年(※1969年)に飛雄馬が直面した悩みに自らの自画像を見たと思う。飛雄馬の隙を花形は悲しみ、一徹は「とんだ昭和元禄よ」といって憫笑した。芸能界に代表される新時代は労働より消費をよしとする無根拠な世界だ。つまらない芸能人大会に、腹をすかした弟妹を思って出席した左門の「ふむ・・・・・・こんな出演料ばくれるとはおかしな世界ばい」という台詞は、その後二〇年間、ぼく自身も感じ続けた印象である。
「むなしい・・・・・・こんなものが・・・・・・青春か?」と呟きながら、結局飛雄馬は、一徹に仕込まれた旧来の精神主義的価値観に戻っていく。「騒動」を起こした学生たちの中でも同じような二つの価値観のひび割れがあった。いろんなタイプの反抗学生がいたが、基本的には同じだった。


気がつけば、飛雄馬はいつしか団塊世代の「自画像」になっていた。
たしかに『あしたのジョー』には団塊世代が自己を投影したくなるような何かがあったのだろう。一方で『巨人の星』は前時代的であり、封建的であり、べたべたの浪花節として笑われた。ジョーはかっこよく、飛雄馬はダサイ。
だが実際には誰もジョーのようにカッコよくは生きられない。

ちなみに文庫版1巻の巻末には梶原一騎夫人の高森篤子さんが解説を書いておられるが、飛雄馬こそが生身の梶原一騎の姿と述べられている。

ジョーが、そしてその後の作品の主人公たちが、主人の求め続けた「男」としての、理想像・虚像であったとしたならば、『飛雄馬』は主人の肉声を語った、唯一のヒーローだったのかもしれません。


かくして高山先生の『巨人の星』への結びはこのようになる。

通算四年九ヶ月という歳月はアダやおろそかではない。六〇年代末を青春としている団塊世代は、この『巨人の星』と、そして『あしたのジョー』に添い寝してもらいながら、自分の生きていくイメージをつくっていったというところがある。描線がどうしたこうしたといった技術論とはてんでちがった次元の、まさに添い寝としかいいようのない関係を、生活と少年漫画週刊誌が切り結んでいた。一週ごとにともに成長していってくれる、風変わりだが実に教育的なメディアだった。既存のあらゆる学校制度が、こうした真の教育、「形成」の実質を欠き、それにふさわしく閉鎖され、崩壊していた。


個人的な印象かもしれないが、ぼくはあれほど熱中した『ドカベン』に、これほどまでの連帯感を感じることはなかった。『ドカベン』からは野球というスポーツの奥深さや、野球部という社会を学ぶことはあっても、人格形成につながる影響までは受けなかった気がする。むしろそこに流れている根本思想は「勝利」という単一の価値観からなるヒエラルキーだけなので、言ってみれば『ゴレンジャー』的な世界観だ。ぼくらは『ゴレンジャー』の後のより現実的な「ヒーロー番組」として、『ドカベン』に触れていたのかもしれない。

それはさておき、この引用ばかりの手抜き記事でぼくが言いたかったことはただ一つで、団塊世代とか全共闘世代と言われる人たちが、どれほど強く堅く『巨人の星』や『あしたのジョー』と結ばれていたのか、それだけだ。
もちろん生まれは団塊世代でも、『マガジン』なんて読んでなかったという人も多いだろう。だが一方で、全国的な繋がりを見せた全共闘が、いつも『マガジン』とともにあったことも事実だ。そしてそんな全共闘の多くは、当時はまだ少数派だった大学卒の資格を得て、やがて社会の中枢に入っていった・・・。

ならば『巨人の星』そして『あしたのジョー』が、その後の日本社会に人知れぬ影響を与え続けた可能性は、一概には否定できないのではないか。

つづく

巨人の星 一徹と春江

春江さん

巨人の星』には、マンガ版の他に日本テレビ系で放映されたアニメ版があることはご存じの通り。このテレビ版は全182話という大変な分量を誇っていて、当然ながらただの原作の動画版にはとどまらない。原作の行間を補うようなエピソードがふんだんに盛り込まれ、原作ではハッキリしなかった事実がいろいろと理解できるように構成されている。

梶原一騎伝』(斎藤貴男)などを読む限り、梶原一騎という人は自分の原作の一字一句まで修正されることを嫌がっていたそうだ(ちばてつや除く)。ならばアニメ版『巨人の星』も、梶原一騎の意向を無視して勝手な解釈を付け加えていることはないと見て問題ないだろう。

と考えたとき、実は『巨人の星』には大いなる誤解が通説としてまかり通っている現実に気がつく。
それは主人公、星飛雄馬の父である星一徹が、自分をクビにした巨人軍への「恨み」から息子を巨人のエースに仕立て上げ、巨人軍を見返してやろうとした、という通説だ。

例えば荒俣宏さんだが、『荒俣宏の少年マガジン大博覧会』のなかで以下のようなキャプションをつけている。

[巨人の星]のほんとうの主人公は星一徹である。スポーツに遺恨はない、といわれてきたが、ドッコイ、[巨人の星]は遺恨相撲の野球版といえる。星一徹があれほど鬼のようだったのは、かれは川上哲治に象徴されるスポーツマンシップに復讐するためだった。


星一徹が巨人軍に入団したのは戦時中だった。一徹は球史始まって以来の天才三塁手として期待されたが徴兵され、不運にも戦地で肩を壊した。一徹はその不利を補うため、送球をランナーにぶつけると見せながら急変化で一塁に送る「魔送球」をあみ出して巨人軍に復帰する。しかし川上哲治に、「魔送球」は巨人軍の栄光と名誉に反する行為だと叱責され、自ら巨人軍を退団する・・・。

こうした経緯を見れば、星一徹が巨人軍に何らかの遺恨を抱いていたとしても不思議ではなく、その遺恨を息子に託してはらそうとしてもまた不思議ではない。
だが、一徹の名誉のために断言するが、それは真実ではない。飛雄馬に野球をやらせたがったのは、実は一徹の亡き妻、春江さんだった。

第33話「甲子園へのVサイン」。
苦闘の末、エース星飛雄馬を擁する青雲高校は晴れて甲子園への出場を勝ち取った。しかし、ボロ家に帰宅して亡き母の御前に佇む飛雄馬は複雑な表情だ。
「母ちゃんにとって、野球は仇みたいなもんだ。母ちゃんの幸せを奪ったにくい相手じゃないか・・・」
それを聞いた一徹は、これまで隠していた春江さんの思い出ばなしを飛雄馬に語る。

(ここから回想シーン)
ある日、建設現場で働く一徹が帰宅すると、まだ幼児だった飛雄馬がなにやら下手くそな絵を描いている。それは「やきゅう」しかも「まきゅう」の絵だった。一徹は血相を変えて飛雄馬から絵を取り上げると、それをビリビリに破り捨てる。
「この上お前までが野球に憑かれては、あまりにも可哀想じゃないか、母さんが・・・。お前がユニフォームを着るようなことがあったら、それこそ母さんは心底野球を憎むだろう・・・」

その直後だった、ふいに春江さんの病状が悪化したのは。一徹は明子を医院に走らせると、自分は必死に妻を支えようとする。しかし春江さんはすでに死期を悟ったか、布団の下から小さく折りたたまれた洋服を出すと一徹に手渡す。広げてみるとそれは子供用の野球のユニフォームだった。胸にはもちろん「G・I・A・N・T・S」の文字。

「飛雄馬に着せてやったらきっと喜ぶと思って・・・」
「そ、それじゃお前は、飛雄馬に俺と同じ野球の道を歩ませることに・・・!」
「できますね、お父さん・・・」
「う、うむ」
「・・・飛雄馬を立派な巨人軍の選手に叩き上げることです」
「で、できるとも!」
「お父さんが魔送球のために巨人軍を追われた時に、飛雄馬の運命は決まっていたのですよ。お父さんがやろうとしてやれなかった道・・・そこから飛雄馬を遠ざけたら、あの子の人生はみじめになりますよ。わかりますね」
「わかる・・・わかるとも!」
「どんなに苦しい修行にも、あの子はきっと耐えるでしょう。だってあの子の体には、星一徹の血が流れているんですもの・・・」
「うむ、うむ・・・春江」
「神さま、野球をすることしか知らない無器用な父と子が、新しい出発をいたします。どうか二人をお守りください・・・」

そういうと春江さんは絶命する。
一徹は夜空にひときわ強く美しく輝く星に春江がいると信じ、その星にわが子飛雄馬の未来を誓った。そして「母さんの星」はやがて「巨人の星」に、その名前を変えていったのだった・・・。


一徹が巨人軍への執拗な遺恨や復讐心を持っていなかったことは、他のエピソードからも見ることができる。
第6話「超人ランナー」。
この回は、一徹と同じ時期にその殺人的な走塁でやはり球界を追われ、今はハワイで大農園を経営している男が帰国してくる話。男は自分の息子に殺人スチールを仕込んでいて、飛雄馬と組ませてやがては球界を牛耳ろうと持ちかける。それを聞いた一徹の返答はこうだ。
「目的がちがう」

あるいは第8話「もえろライバル」。
貧困のため高校進学が危うい飛雄馬。しかも受験を控えた大切な時期に、一徹が事故で入院してしまう。これを知って駆けつけてきたのが川上哲治だ。川上は一徹の実力を惜しみ、巨人軍のコーチに就任するよう申し出る。飛雄馬一人で手一杯と一度は断った一徹だったが、背に腹はかえられず結局は承諾する(すぐ後に辞退する)。

てな具合で、星一徹という男がちっぽけな巨人軍への「遺恨」や「復讐心」だけで飛雄馬にスパルタ訓練を強いたわけではないことは確かなことだ。「巨人の星」は「母さんの星」であり、一徹は妻の春江さんの願いを実行していたに過ぎない。
しかし春江さんの本当の願いが、飛雄馬ではなく一徹を「みじめ」にさせないための野球だったところは泣かせるところだ。ある意味では、飛雄馬は一徹復活のダシに使われたようなものだろう。

つづく

巨人の星 大リーグボール

大リーグボール

※以下の記事は『巨人の星』の大ざっぱなあらすじですので、詳しく知ってるぜ!という人は飛ばしてください。


【150キロの快速球】

元巨人軍の星一徹が、息子・飛雄馬に仕込んだものは、正確無比の制球力と(金田クラスと言われる)150キロを超える速球だった。幼少時から「大リーグボール養成ギプス」なるもので徹底したスパルタ教育を受けた飛雄馬の能力は群を抜いていて、弱小の青雲高校を導いて甲子園大会に出場する。大会では左門豊作率いる熊本農林高校には勝利したものの、花形満の紅洋高には決勝で敗れた。

青雲高を中退した飛雄馬は、新人公募テストに合格して念願の巨人軍入団を果たす。青雲高のキャッチャー伴宙太も巨人入り。花形は阪神、左門は大洋(現横浜)にそれぞれ入団。
ところがここで、飛雄馬の致命的な欠陥が露わになってしまった。体格に恵まれない飛雄馬の球質は軽すぎて、プロでは通用しない恐れが発覚したのだ。それでも速球にこだわる飛雄馬は公式戦に速球だけで挑むが、左門豊作に軽々とホームランを打たれてしまう。


【大リーグボール1号】

一度は挫折した飛雄馬は、不屈の闘志と超人的な努力で魔球「大リーグボール1号」をあみ出す。それは、バッターが構えたバットにボールを当てて、全て内野ゴロに打ち取るという驚異の魔球だった。飛雄馬の最大の武器である制球力と、最悪の弱点である球質の軽さがこの奇跡を実現した(洞察力も磨きに磨いた)。

一躍巨人軍の先発ローテーションの一角を担う飛雄馬の前に、花形満が立ちふさがる。花形は向かってくる鉄球を打ち返すトレーニングを積んで手首を鍛えると、大リーグボール1号がバットに当たるや否やそのまま全身を捻るように打ち返す作戦で、見事大リーグボール1号の攻略に成功した。しかし無理な特訓と不自然な打法がたたり、全身の筋肉がボロボロ、長期休養を余儀なくされた。

またも挫折の飛雄馬だったが1号を改良し、今後は構えたバットのグリップエンドを狙う。今度こそ大リーグボール1号は無敵かと思われたが、思わぬ伏兵はメジャーリーガー・オズマと他ならぬ父・一徹だった。中日コーチに就任した一徹はオズマを「大リーグボール打倒ギプス」で鍛え上げると、超高速のスイングすなわち「見えないスイング」を完成させ、飛雄馬に立ち向かわせる。

オズマは、飛雄馬がボールをリリースするその瞬間に、バットをホームベース上のど真ん中の位置に差し出す。飛雄馬の人間界の常識を越えた洞察力は無意識のうちにその動作を読み取って、ボールはど真ん中のバット目がけて放たれる。ここからオズマの「見えないスイング」は楽々とバックスイングに入り、打ちごろの絶好球と堕した魔球はピンポン球のごとく青空に吸い込まれていくのだった。


【大リーグボール2号・消える魔球】

1号が破られた飛雄馬は2号「消える魔球」を開発する。ホームベース上で突如として姿を消してしまうこの魔球は、今度は一徹が巨人軍を追われる原因となった「魔送球」がベースとなった。飛雄馬が高々とあげる右足が巻き上げる砂煙は、魔送球の強烈なスピンによってボールに付着する。ボールはホームベース上で急速に落下し、地面スレスレで急浮上するが、この際ボール自身が巻き上げた砂煙のなかを通過する。
つまり、大リーグボール2号「消える魔球」とは、保護色の魔球だった。

オズマ帰国のあと、一徹が飛雄馬打倒のために選んだ刺客は、2号の秘密を知る伴宙太その人だった。始めはトレードを拒否して引退を宣言した伴だったが、すでに一徹が2号の正体を見破っていることを知り、また片思いの星明子に自立を促されると中日に移籍する。
一徹は、川上が意表を突いて1号を投げさせることを見抜き、元高校柔道チャンピオンの伴には”受け身”でそれをファウルに逃げさせる。そしてついに投げられた2号は、受け身で固められた地面が砂煙を上げず、魔送球の変化を満場にさらすのだった。
しかしそのボールはストライクゾーンを外れていた。一徹の、流れる涙を隠そうとする仕草をヒッティングのサインと見誤った伴は痛打するが、凡フライに倒れる。

2号は結局、花形満の手で粉砕された。花形は、まずはホームスチールした三塁走者の手で、続いてはヘルメットを落とすことで砂煙を封じようとした。最後は、飛雄馬がモーションに入ると同時に自分も一本足打法を真似し、飛雄馬の動揺を誘った。中途半端に上がった足では砂煙を巻き上げることができず、完全に消えない2号は甲子園球場の場外にすっ飛んでいったのだった。


【大リーグボール3号】

しかし飛雄馬はまたもよみがえる。
突然のアンダスローから投じられるスローボールこそが、大リーグボール3号だった。親指と人差し指だけでボールを握り、全身が生み出す遠心力の先に指先から弾き出されたボールは、プロのバッターの強烈なスイングの風圧に耐えきれず、バットをよけてしまう。野球常識を越えた、もっと言えば野球自体を根底から否定する魔球の誕生だ。飛雄馬の軽い球質も幸いしたのだった。

左門が敗れ、花形もまた敗れた。飛雄馬の破竹の連勝は止まらない。

一徹も一度は敗れた。
が、3号がどういうわけか打ち気のない投手には打たれることに目をつけた一徹は、愛弟子伴宙太に逆立ちを命じる。その試合、飛雄馬は巨人軍では藤本英雄以来二人目となるパーフェクトゲーム(完全試合)を狙っていた。実は飛雄馬の左腕は無理な投球動作がもとでボロボロになっていた。医者から、いずれ「ピシッ」という音とともに左腕は機能不全に陥ると宣言された飛雄馬が選んだ結論は、完全試合達成によって球史に名を残す道だった。

27人目のバッターに伴が向かう。しかし伴は長時間の逆立ちと素振りのおかげで全身ガクガク、意識朦朧という状態だった。カウントは2-3まで進み、運命の一球が投じられる。ピシッという音とともにマウンドに倒れ込む飛雄馬。伴はヘロヘロのスイングで迎え撃つが、インパクトの瞬間の握力は常人の比ではなかった。鋭い打球が左中間を破る。しかし何ということか、伴にはもはや一塁まで走る体力が残されていなかった。きわどい一塁のクロスプレーは一度はアウトの宣告がなされるが、「にゃにおう!」という伴の気迫に押された線審の判定はセーフに覆る。ピンチランナーを起用する中日・水原、ベンチに引き上げろ!とナインに命令する巨人・川上。

そんな騒ぎの中、一徹はマウンドに向かう。そして息子、飛雄馬に言う。
「いま、おまえはパーフェクトにわしに勝ち、この父をのりこえた・・・・。
 わしら親子の勝負はおわった!!」


前回書いたように、一徹が飛雄馬に野球を仕込んだのは、かつて巨人軍を追放された遺恨から来るものではなく、亡き妻・春江さんの願いを実行するためだった。春江さんとしては、飛雄馬が野球をやることで父を理解し、父との堅い絆が生まれ、やがては現実社会で成功できると信じたのだろう。

そしてその切ない願いは叶った。
飛雄馬は、先天的な体格の不利を、父から受け継いだ武器と超人的な精神力、努力によって克服した。日本シリーズで対戦し、改良1号の前に敗れた阪急ブレーブスのスペンサーが思わず叫んだ言葉「小さな巨人!」。これを聞いたら春江さんも涙をこぼさずにはおれなかったことだろう。

飛雄馬は貧困からも脱出し、東京タワーがごく近くに見える豪華高層マンションで、姉の明子と「デラックスな生活」(本人談)を始めた。テレビの芸能番組に出演し、知り合ったアイドル歌手とのデートを重ねた。
改良1号に敵はなく、来シーズンは堀内や城之内、高橋一三を差し置いての巨人のエースの座は保証されたも同然だった。

まさかの父・一徹の、中日コーチ就任がなかったなら、だ・・・。

つづく

巨人の星 ライバルたち(花形・左門・伴)

ライバルたち

※以下の記事は3分の2まではあらすじの紹介ですので、『巨人の星』通の方は飛ばしてください。

若い人にはピンと来ないだろうが、『巨人の星』が連載されていた1960年代後半、すでに星一徹のようなガンコ親父やカミナリ親父という存在は、時代錯誤の稀少動物と化していた(らしい)。
荒俣宏の少年マガジン大博覧会』の中には、次のような記述がある(文は高山宏氏)。

『巨人の星』第一部は五月十一日で終わり・・・(中略)・・・自分の父親が一徹だったらなあと思う子供が一五〇人中一四五人。一体どういう統計なんだろう。やさしいばかりのマイホーム・パパの時代が始まっていたのだろう。「星一徹のモーレツ人生相談」など、ウジウジ悩んでいる青少年を「ばかもんっ!」と一喝する、メタきわまる面白い企画で、大笑いして読んだ。


※星一徹その人については、ここでアレコレ書くよりもこちらのサイトを見ていただいたほうが話が早いだろう。
「巨人の星」伝説 星一徹と50の名言!


【花形満の場合】

では、そんな星一徹に育てられた星飛雄馬とは、一体どのような人物だったのか。
まず阪神タイガースの花形満だが、彼は飛雄馬に「青春を見張られてきた」と言う。

花形モーターズという大企業の御曹司に生まれた花形満は、英国貴族趣味の信奉者である父の趣味によって、物心がつくとイギリスの貴族が学ぶ寄宿舎へ入れられた。始めはイギリス特有の黄色人種差別に悩まされた花形だったが、小学校の高学年になる頃にはあらゆる面でナンバーワン。エリザベス女王と握手する光栄にも恵まれたとか。

やがて帰国した花形は、すっかり染まってしまった英国貴族趣味のおかげで、日本で見るもの全てが「おそまつで、うすぎたなくてしかたがない」。母国は「けいべつにあたいする三等国」と嘆き、グレてしまう。不良少年を集めた野球チーム、ブラックシャドーズを結成して草野球アラシを繰り返していた。

その野球が花形に引き合わせたのが、星飛雄馬だった。そのときの飛雄馬の印象は・・・

「これほど骨のズイまで日本的なチビはいなかった。しかし、かれのは失われゆく日本の美! こよなき美学だった。
日本じゅうあげて、ふわふわ骨なし草のように欧米かぶれしつつある風潮にさからい、父上とともに古きよき日本をがんこに死守するすがただった!
そんな単純なものではないが、しいて俗っぽくいえば日本的なナニワブシ・ヒューマニズム!」

飛雄馬との出会いは、花形からニヒリズムを取り去り、不良少年をやめさせた。母国・日本への愛も取り戻させた。それは・・・

「なんのことはない。エリートぶりながら、じつは日本じゅうこぞっての欧米かぶれの先頭をきっていたにすぎぬ、おっちょこちょいの国籍不明の安っぽさを自分のすがたに見たからだ。
まず”日本の男”になりたいとぼくは願い、それゆえに目標の飛雄馬くんに必死にいどみつづけ、いどみつつ、まなんだ!」

「男としての完成をめざす道をふみはずさぬよう、彼に見張られつづけてきたといったのは、ここのところです」

以上、会話の相手が星明子さんなので回りくどい面もあるが、要旨は明瞭だろう。
花形は、星一徹と飛雄馬の親子に、古き良き日本の男を見た。戦後日本の欧米かぶれに失望していた花形にとって、それは英国貴族趣味をはるかに凌駕する輝きを放って見えた。

最終的には和洋折衷の「あしたの理想的な日本の青年像をめざす」花形にとって、星一家とは天然記念物的に保護されるべき存在だったのだろう。飛雄馬の学費を貸してやろうとしたり、川上哲治に飛雄馬の推薦状を送ったりと、陰に日向に援助を惜しまない。ある意味では明子さんへの愛情の中には、一徹を義父に、飛雄馬を義弟にしたいという気持ちもあったのかもしれない。


【左門豊作の場合】

もう一人の宿命のライバル、左門豊作にとっては、初めのうちは飛雄馬は自分をプロに売り込むために打倒すべき存在として映っていたようだ。熊本の貧しい農家に生まれた左門はすでに両親を亡くし、幼い5人の姉弟をイジワルな親類の家から引き取るためには、何が何でも高い契約金をとってのプロ入りが必要だった。
高校球界随一の飛雄馬を打ち崩せば、自然に左門の値段もつり上がる。

だが左門の執念も空しく、勝敗は飛雄馬の青雲高に軍配が上がる。
落胆して帰途につこうとする左門と飛雄馬が町中で偶然にも出会う。するとそこへ新聞記者がやってきて、川上監督の厳命で巨人軍が左門獲得に動き出したというニュースを運んでくる。
飛雄馬は自らの巨人入団の夢が崩れ始めているショックを受けながらも左門の肩を抱くと、喜びを分かち合おうとする。
去りゆく飛雄馬の後ろ姿に左門がつぶやく。

「広い世間で、わしのために、みじめな妹や弟たちのために、はじめて星くんが泣いてくれたとです」

こうして二人の間には友情が芽生えた。
左門は、飛雄馬の巨人軍への燃えるような思いを知ると、巨人入りを拒否。契約金の安い大洋ホエールズへの入団を決意する。カネだけを貪欲に追い求めていた左門は、飛雄馬との出会いでカネにはかえられない何かを見つけたのだった。


【伴宙太の場合】

憎たらしい先輩として出会い、やがて親友としてバッテリーを組み、最後には一徹の放つ最強の刺客となった伴宙太も、花形同様、ブルジョワ(笑)の出身だ。伴自動車工業の御曹司にして高校柔道チャンピオンだった伴は、残された高校生活に目標を失い、張り合いのない日々を送っていた。退屈しのぎは弱小野球部への嫌がらせ的なシゴキだけ。

そこに現れたのが新入部員の飛雄馬だった。飛雄馬は伴のイジメに耐え、対等な勝負に持ち込み、伴を破った。あらたな生き甲斐を見つけた伴は野球部に入り、飛雄馬とともに甲子園出場を目指す。
しかし伴が飛雄馬に惹かれた理由は、何も飛雄馬がとてつもなく速いボールを投げるからではない。飛雄馬の野球に賭ける一途な思い。そして、それにも関わらず他人のために自分を捨てることができる心に、伴は生涯の友情を誓った。

甲子園大会決勝。左手親指を負傷していた飛雄馬はスローボールしか投げられない。花形に対しては全打席敬遠という屈辱だ。青雲高には小宮という第二投手がいたが、その実力はおよそ甲子園大会のレベルにはなかった。飛雄馬は小宮に恥をかかせまいとして、負傷を隠して血染めのボールを投げ続けた。その結果として川上監督から、不要の烙印が押されると分かっていたのに、だ。

花形を敬遠して敗北した青雲高では、後援会会長の伴大造(宙太の父)の無理押しで、ライバル企業の息子に花を持たせたことを理由に、野球部の解散が決定していた。それを恨んだ飛雄馬の友人、牧場春彦が伴大造を闇討ちし怪我を負わせる。たまたま現場に居合わせた飛雄馬の姿を運転手が目撃し、嫌疑は飛雄馬にかけられる。飛雄馬は牧場春彦の家庭がすでに没落しており、牧場の高卒の資格だけが頼りだと聞くと、罪をかぶって自主退学の道を選ぶ・・・。

こんなかんじで、他人の悲しみを自分の悲しみに引き受け、損な道ばかりを選んでしまう飛雄馬を伴はほっておけない。青雲を中退した飛雄馬が巨人軍の新人テストを受けると聞くと、矢も楯もたまらず多摩川グラウンドへ走るのだった。大金持ちの家に生まれ、恵まれた体格と身体能力で高校柔道の頂点を極めた伴宙太にとっても、飛雄馬という存在は守り、盛り立てていかねばならないものだった。


簡単に言ってしまえば、これら3人のライバルたちにとって、飛雄馬はそれまでの人生を一変させてしまうインパクトとして登場した。高度経済成長に湧き、戦後民主主義に踊るあの時代にあって、飛雄馬の衝撃は計り知れないものがあった。
それはいみじくも花形が看破したように「古きよき日本」すなわち生き残っていた「戦前」を死守する姿だった。

そんな飛雄馬を形作ったのは、言うまでもなく父一徹だ。
「戦後民主主義」を鼻で笑う一徹は、頑ななまでに「戦後的」なるものを拒み続け、貧乏長屋の片隅でひっそりと暮らした。その薫陶を受けて育った飛雄馬も、時には人並みに貧乏生活を自嘲しながらも、多くは望まなかった。

しかし一徹が願った飛雄馬の巨人軍での成功は、結果的に飛雄馬に望外の富をもたらすことになった。
飛雄馬は都心のマンションでの生活を始め、ボウリングやディスコなど若者らしい場所にも出入りするようになった。

それは死に絶えたはずの「戦前」が、「戦後」に侵入した瞬間だった。

そして一徹は立ち上がった。
我が子、飛雄馬を粉砕するために・・・。

つづく

巨人の星 アームストロング・オズマ

悪魔のギブス

巨人vs阪急の日本シリーズで、花形流の攻略法をマスターしてきたスペンサーを破った時点で、大リーグボール1号は完成した。飛雄馬は文字通り、「巨人の星」となった。・・・はずだった。
ところがここで飛雄馬の前に立ちふさがったのが、二人三脚で「巨人の星」を目指したはずの父、一徹だ。

一徹は、飛雄馬が姉の明子を誘って都心のマンションで”デラックスな”生活を始めると、ふいに、子は親を乗り越えねばならない!と言い出して、中日ドラゴンズのコーチに就任する。
この時一徹が中日側に提示した条件はただ一つ、オフの日米野球で来日し、初見で大リーグボール1号を攻略しかけたカージナルスの新人選手、オズマの獲得だった。この狙いは、オズマを大きく育てたいカージナルス側の思惑と一致し、オズマは一年限定のレンタルで中日に入団する。

しかし、思えばそもそも飛雄馬が貧乏長屋からマンションに引っ越したり、アイドル歌手と付き合ったり、契約更改にごねたりを始めた原因は、このオズマにあった。
幼少時に貧しい両親からカージナルスに「売られた」オズマは、最新の科学技術で「野球ロボット」に育てられた。オズマは飛雄馬に同類のにおいを感じ、それを飛雄馬に問う。お前もおれも青春知らずの、同じ「野球ロボット」じゃないのか、と。

飛雄馬は「人間くさい」行動、つまりは目先の欲望に任せた行動をとることで「ロボット」であることを否定しようとした。
しかし、根っからの”戦前人間”である飛雄馬にとって、それらは全て「むなしい」ものだった。

そんな飛雄馬の前に現れたのが、宮崎県の山奥の過疎集落で看護婦を務める日高美奈さんだった。飛雄馬は美奈さんの気高い心(詳細は省く)にうたれ、生まれて初めて女性を愛した。飛雄馬に訪れた、本当の「青春」だった。
だが美奈さんは不治の病に冒されていた。美奈さんの死は、飛雄馬から生きる意味さえも奪ったが、やがて飛雄馬は立ち直り、美奈さんの面影を胸にマウンドに復帰する。

一方、中日に入団したオズマは、星コーチに「大リーグボール打倒ギブス」なるもので拘束され、「見えないスイング」の完成を目指していた。始めは星コーチを憎んだオズマだったが、いつしか二人の間には共通の目標を抱く男同士の”絆”が芽生えていた。
それは、貧困の底で夜空に輝く星を目指した、かつての一徹と飛雄馬の親子に似た、堅く結ばれた”師弟”の姿だった。オズマは一徹の、血の繋がらない息子になったのだった。

だから別れの日、心の兄弟になったオズマは飛雄馬に言う。自分はもう「野球ロボット」ではない、「ニンゲン」になれたのだと。飛雄馬も応える。「もう野球人形じゃない・・・つもりだ!」


もしも一徹の中日入団が、この一連の飛雄馬の青春の迷いを正し、真の「巨人の星」たらしめる教育的目的にあるのなら、この時点ですでに一徹の出番は終わっているはずだ。大リーグボール1号はオズマにしか打てず、しかも飛雄馬はすでに2号・消える魔球も完成させていた。
2号のほうは薄々、花形・左門には見破られつつあったとは言え、ならば今こそ魔送球生みの親として飛雄馬に協力し、その改良に手を貸してやるのが親というものだろう。

しかし一徹はそうはせず、子は親を乗り越えねばならない!と繰り返し、あまつさえ飛雄馬の親友、伴宙太を中日に引き抜いてまで息子を倒そうと執念を燃やした。
この一徹の鬼気迫る姿は、正直なところ、ぼくには常軌を逸したものに思える。
もしも一徹が、戦前的で封建的な思考をする人間だというのなら、親は慕い敬うものであって、直接戦って乗り越えるような存在ではないはずだ。それが儒教的な精神というものだろう。

そしてそんな一徹の挑戦を受けて立つ飛雄馬。
飛雄馬はそれがあたかも大人への登竜門であり、避けては通れない自立への道だと主張する。
しかしその結果はどうだ。
飛雄馬の左腕は回復不能なまでに破壊され、巨人軍という「輝ける星座」の一員でいられた期間はわずかに終わってしまった。

一体この親子はなぜ、そうまでして戦わなければならなかったのか。
この親子を突き動かし、悲劇的な結末へ向かわせた原動力とは何だったのか。


あるいはそれを、”戦前的なるもの”への鎮魂と見る向きもあるかもしれない。
確かにあの時代、すでに『巨人の星』は前時代の遺物として読まれたことは事実だ。リアルタイムでこの作品に触れた団塊世代は、『巨人の星』を笑い、『あしたのジョー』に自己を重ねた。

それはジョーが、一徹と同じように「戦後」をあざ笑いながら、飛雄馬のようにウロウロと迷うことなく、その最後まで”戦後的なるもの”を拒絶したその一貫した姿のせいもあるだろう。ジョーは「戦後」に侵入することなく、その生涯を「泪橋」のたもとで終えた。「戦後」から排除されたものとして、永遠の外部、よそ者としてジョーは完結した。

だが、そんな『巨人の星』の笑われ方に、鋭い反論を加える人もいる。
呉智英さんだ。

『巨人の星』は連載当時、圧倒的な人気にもかかわらず、これを高く評価する識者は見当たらなかったのだ。

マスコミもこれに近かった。・・・(中略)・・・星一徹、飛雄馬親子の熱血主義を揶揄するものや、根性主義のいかがわしさを批判するものや、果てはこの人気がファシズムに結びつくと論難するものばかりだった。

おそらく、リクツ好きの学生やシニカルなマスコミは、『巨人の星』の面白さが恐かったのだろう。

確かに、『巨人の星』は戦後の文化空間においては、あまりにも異質な作品であった。戦後民主主義の中で教えられてきた男女平等も、家父長否定も、平和主義も、福祉主義も、この作品にはなく、それと反対のものだけが激しい熱気とともに語られていた。そして、『巨人の星』が圧倒的な人気を誇っていたのは、その戦後民主主義が最も高揚した一九六〇年代後半のことであり、その高揚を支えた学生たちが競ってこれを読んでいたのである。
私は、これを戦後史の逆説と呼んでいる。
(いずれも出典は、講談社漫画文庫『巨人の星』第8巻の巻末解説より)



呉智英さんの解説からは、当時、読者である団塊世代そしてマスコミは、一種の怖いもの見たさで『巨人の星』を読んでいた、というような不思議な感触をぼくに与える。だから彼らは『巨人の星』を笑い飛ばした。オバケだって、大声で笑い飛ばせば怖くない。あるいは見て見ぬふりをすればいい。そんな印象さえ受ける。


『巨人の星』の面白さを恐れたという団塊の人々。
彼らはそこに、どんなオバケを見てしまったというのだろうか。

つづく

最終回「輝け! 巨人の星」 〜近代日本のメタファーとして

破滅の日

栄光と挫折を限りなく繰り返した悲運の投手、星飛雄馬!」
大リーグボール3号を引っさげて、巨人軍としては二人目となる完全試合達成にばく進する飛雄馬を、当日のテレビ中継のアナウンサーが評したのがこのセリフだ。

幼い頃から鍛え上げた自慢の速球はその球質の軽さでプロには通用せず、それを克服すべく生み出した大リーグボール1号、2号はひとときの栄光を飛雄馬に与えはしたが、並み居るライバルたちの手で悉く打ち込まれてしまった。

挫折に次ぐ挫折。
しかしその末に、ついに飛雄馬が掴んだ魔球が大リーグボール3号。すなわち、バットをよけてしまう魔球だ。
これまでの飛雄馬の栄光の陰には、いつでも父・星一徹の力が潜んでいた。大リーグボール1号を可能にしたのは一徹が飛雄馬に仕込んだ類い希な制球力であったし、2号・消える魔球は「魔送球」の変形だ。

だが3号は全くの飛雄馬のオリジナル。
しかもその背景には、飛雄馬の最大の弱点である恵まれない体格から来る、球質の軽さがあった。飛雄馬は自分の最悪の欠点をそのまま最強の武器にかえて、父の影響下から脱出した。飛雄馬は真に独立した人間として、幼い日から父と目指した「輝ける星座」の一員へと今、登り詰めようとしていた。

ところが父一徹は、そんな飛雄馬をまたもや挫折させ、敗者の座に引きずり下ろそうとする。
一体これは、どういう神経から来るものなのか? いみじくも娘の明子が指摘したとおり、一徹の行為はもはや教育的観点からは正当化できず、ただただ息子の「邪魔」をしようとしているに過ぎない。狂気だ。

そもそも一徹が飛雄馬の「邪魔」をしてやろうと決意したのは、飛雄馬が都心でのマンション生活を始め、若者らしい青春を求め始めたときだ。この頃の飛雄馬の行為を正し、修正するために一徹が立ち上がったことは理解できる。しかし馬鹿ではない飛雄馬は迷いと苦しみの果てに飛雄馬なりの「青春」に決着をつけ、自力でマウンドに戻ってきた。

だったらそれで、もういいじゃないか。
もはや飛雄馬は親に保護されるべき子どもではなく、精神面も顔つきも、立派な一人前の大人になった。そんな飛雄馬にいつまでも絡み続ける一徹のほうが、ぼくには余程子どもじみて見えてしまう。一徹は一徹の人生を勝手に全うすればいいじゃないか。これまで通り、貧乏長屋の片隅で、ひっそりと・・・。


大リーグボール3号は、他でもない巨人軍史上はじめて完全試合を達成した中尾2軍コーチに「野球史を根底からくつがえします」と川上監督に言わしめた驚異の魔球だった。しかしその代償は大きく、肘を使わずに2本の指だけでボールを押し出すような不自然な投球フォームがいつしか飛雄馬の左腕を蝕み、その野球生命は危機に瀕していた。

秘密を知った花形は、自分は引退するから3号はこれ以上使うな、と懇願する。ライバルへの対抗心がなくなれば、3号がなくても飛雄馬はソコソコの投手ではいられるからだろう(1号は今でも通用する)。
だが飛雄馬は「あの人がいる!」と言って、一歩も引こうとはしない。
何のことはない。飛雄馬の左腕を再起不能に追い込んだのは、父一徹その人の存在だということだ。
これが「邪魔」でなくて、他の何だというのだろう。

しかしここで思い出したいのが、飛雄馬を巨人のエースに育て上げるという願いは、実は一徹ではなく、亡き妻・春江さんの願いだったということだ。一徹は、春江さんの描いたストーリーを忠実に実行していった人に過ぎなかった。

ならば、春江さんの願望が達成され、飛雄馬が改良1号で巨人のエースにのし上がってしまった後の一徹の行動。そこにも実は、一徹自身思いもよらぬ、何か別の大きなストーリーがあったんじゃないだろうか? 
一徹は今度も、そのストーリーに突き動かされるように、結局わが子を破滅にまで導いていってしまったんじゃないか?


星飛雄馬の物語。
それは簡単にまとめてしまえば、貧弱な体格しか持たない少年が、超人的な努力と自己抑制によってプロ野球界にデビューしたものの、「栄光と挫折を限りなく繰り返した」あげくに破滅した、というものだ。
この一連のストーリーは、ぼくには至って身近なところにある、ある小国のストーリーを思い起こさせる。

ロクに資源もない山がちのちっぽけな国土しか持たないその国は、勤勉な国民性をフルに発揮して一丸となり、奇跡のような成長を遂げると近隣の大国との戦争に勝ち抜き、世界の一流国の仲間入りをした。しかし勝つたびに更に大きな国からの干渉を受けて挫折、臥薪嘗胆だ。まさに栄光と挫折を繰り返した悲運の国。そして最後は破滅した・・・。

地上最強の魔球、大リーグボール3号。
それはつまるところ、野球というスポーツ自体を無意味化してしまうものだ。いずれ飛雄馬を真似て、各球団が3号を使うようになれば、野球というスポーツはこの世から消滅する。
ならば3号が意味するものは明らかだろう。
それは、アメリカより先に日本が開発してしまった「核」だ。

星一徹、すなわち飛雄馬にとっての「黒船」は、この歪められつつある歴史を修正しなくてはならない。
だから一徹が戦争で野球を失ったことで表面的には戦争拒否のような煙幕を張りながら、一徹はもう一度あの戦争を飛雄馬に演じさせた。あの破滅への道を、だ。
”戦前”の象徴であったはずの一徹は、我知らずのうちに、あの「アメリカ」の役回りを演じされられていたのだった・・・。

こうして、近代日本のメタファーとして『巨人の星』は完成した。
近代日本が辿った栄光と挫折、そして最終的な破滅の物語は、繰り返し繰り返し週刊誌で読まれ、単行本で読まれた。学校の教科書で近代史をあらためて学ぶ必要なんてなかった。大ベストセラーのマンガの中に、それは最低最悪の表現をもって再現されていたのだった。
あの時代に団塊世代が読んだもの、それは圧倒的な迫力で語られる、日本の敗戦の物語だったというわけだ。


飛雄馬を野球界に「開国」させた黒船であり、最後に最大最強の相手として飛雄馬の前に立ちふさがった一徹は、わが子の破滅を見届けるとただの普通の父親に戻った。一徹にかけられていた呪いは、すべて解かれた。
「わしらの親子の勝負は終わった!!」
そして、かろうじて命脈を保っていた”戦前”は1971年のこの日、夕陽のなかに消えていったのだった。


というところで、ここでもう一度内田樹さんに戻らなくてはならないだろう(『9条どうでしょう』)。
内田樹さんは、アメリカにとっては矛盾しない「平和憲法」と「自衛隊」が、日本国内では矛盾してしまうことへの対処として、日本人がそれを”国内問題”に転嫁してきた歴史を指摘する。つまりは国内の革新vs保守の対立が、矛盾の解消を阻害しているんだと思い込むことで、日本人はアメリカの「奴僕国家」である現実から目をそらしてきたのだと。

内田さんの指摘するこうした一種の自己欺瞞は、ぼくらが幼少時に観てきたヒーロー番組においては、しばしば「矛盾」そのものとして表出してしまうことがあった。『鉄人28号』『ジャイアントロボ』『マジンガーZ』については、このブログでも具体的に検討してきたとおりだ。
そして今回『巨人の星』にも、同様の構図は見られたと思う。
ここでは戦後の日本人が隠蔽してきた本当の日米関係は、親と子の関係にすり替えられて語られた。

内田さんはそんな戦後日本人の性根を「可憐」だという。
たしかに飛雄馬も、そして一徹も可憐だったとぼくは思う。死に損なった”戦前”として破滅を選び、静かに消え去る姿は涙ものだろう。
それは、失われゆくものへの哀歌であり、鎮魂歌だった。

だが、同じ頃、「可憐」であることを拒否するような人々もいた。
「奴僕国家」であることを受け入れ、現実を直視した人々がいた。
彼らは表出してしまった「矛盾」と戦う道を選んだ。それはつまり、あの「アメリカ」と、もう一度戦うということだ。

つづく