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竹波エーイチ

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キングコング対ゴジラ

熱海城

キングコング対ゴジラ』(1962年)は、『大怪獣バラン』(1958年)『モスラ』(1961年)に続く、関沢新一の脚本による東宝怪獣映画の第三弾だ。作品の概要は以下の通り。

本作は、東宝創立三十周年記念映画の一本として製作され、怪獣映画史上最高の観客動員数1120万人を記録した。円谷英二と田中友幸に大きな影響を与えた元祖モンスター映画『キング・コング』(1933年)のキャラクター版権をRKOから取得し、東宝の誇る怪獣王ゴジラと戦わせた夢の対決映画である。

本作によって『怪獣対決物』の枠組みは完成したと言ってよい。後年の怪獣映画の対決物も、この映画の影響下にある。”枠組み”とは以下のようなものである。
(中略)
○ゴジラと宿敵は別個に現れ、ストーリーの軸も二つ同時タテに進行する。軸の接触ポイントがヨコ軸の対決シーンとして描かれ、最後に大決戦となる。


評論家の氷川竜介さんによる『キングコング対ゴジラ』の解説文(『円谷英二の映像世界』)から、一部を引用した。
ここで”枠組み”というのは『キングコング対ゴジラ』でいえば、キングコングのストーリーとゴジラのストーリーが別個に存在して、それらが交わる地点で戦闘が起こるということだ。実際、キングコングとゴジラははじめ那須高原で激突し、次に富士山麓で戦った。

ところでこの作品におけるキングコング側のストーリーというのは、概ね本家アメリカ映画の『キング・コング』に準じたものだ。いわゆる「オマージュ(笑)」というやつだろう。南海の孤島に生息していたキングコングが、それを商業的に利用しようとする人間によって都会に連れてこられるが、反撃に出る。美女をさらい、ビルによじのぼる。基本的なストーリーはいっしょだ。

しかし、そのキングコングが、どうして那須高原や富士山麓に現れたのか。元祖『キングコング』で、キングコングがニューヨークやワシントンの郊外で暴れ回ったというシーンはない。
となるとこれはもちろん、ゴジラ側のストーリーに、キングコングの方から乱入していった結果ということになるだろう。そしてぼくらにとって重要なのは、言うまでもなくゴジラのストーリーの方だ。


7年前の『ゴジラの逆襲』のラストでオホーツク海で氷詰めにされたゴジラは、重沢博士の言うところの「冷凍冬眠」状態のまま、いつしか北極海に漂流していた。そこで目覚めたゴジラは南を目指し、やがては宮城県松島湾に上陸する。

このゴジラの行動を予測していた重沢博士はこう言った。
「戻ってくると言ったほうがいいかな。動物がみな持っている帰巣本能。つまり生まれた巣は忘れないっていう本能だよ」
ゴジラは戻ってきた。「生まれた巣」である日本へ。

松島湾に上陸したゴジラは、劇中で仙台を「蹂躙」したと言われるが、映像はない。ゴジラは東北本線の線路にそってなおも南下し、那須高原でキングコングと激突する。これは日本近海で逃亡したキングコングが、彼の「動物本能」によって一方的に接近してきた結果だった。

この戦闘に圧勝したゴジラは、続いて那須から高崎に移動する。しかし、首都圏の外縁に張り巡らされた100万ボルトの高圧電流線の結界を破ることができず、電線に沿っての移動を始める・・。


と、さらっと書いてみたが実は良く考えてみると、この時のゴジラの進撃路からは、ある疑問が生まれる。
ゴジラは一体、どこへ行こうとしていたのだろう・・・?

もしもゴジラが再び東京を破壊するつもりなら、仙台から那須まで東北本線に沿って南下したのち、宇都宮から大宮を通って都心に進撃すると考えるのが自然だ。それが東京への最短コースだ。

ところがどういうわけか、ゴジラは那須のあと自発的に西に逸れて、高崎に向かっている。
これはどういうことだろう。
ゴジラはもはや、東京になど興味がないのだろうか。

次にゴジラが映像に出てくるのは静岡側の富士山麓だった。どうやらゴジラは、関東平野に踏み入れることなく、高崎から山伝いに南下していったようだ。
ゴジラがその斜面をトコトコと登っていると、そこに東京から空輸されてきたキングコングが現れ、第2ラウンドが開始される。二頭は戦いながら市街地まで下山し、熱海城を破壊する。この熱海城というのは戦後に作られた観光施設で、歴史上の背景はない。
そして結局二頭はもみ合いながら相模湾に転落し、キングコングだけが浮上して南洋に帰っていく。が、ゴジラがどうなったのかは分からず終いだった。


という具合に『キングコング対ゴジラ』では、どうやらゴジラにはゴジラなりの目的地があった。それがこの作品におけるゴジラのストーリーだ。ゴジラには何らかの目的があって、ひたすらその地を目指していた。ゴジラは、かつては強引に突破した鬱陶しい高圧電線を回避し、黙々と山中を進んだ。

ゴジラにはキングコングと戦う理由は何もなかった。キングコングに見られる「動物本能」は、この時のゴジラには見ることはできない。ゴジラがキングコングと戦ったのは、あくまでキングコングが彼の行く手に立ちふさがったからでしかない。現に、一回目の対戦でキングコングを放射能火焔で圧倒したゴジラは、キングコングを追撃することなく、また道を急ごうとしていた。


では一体、ゴジラはどこへ向かおうとしたのだろう? うるさい東京を迂回し、キングコングを無視してまで急ぐ、ゴジラの目的とは何だったのだろう?

つづく

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