プロフィール

竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
一つの 「カテゴリ」 で一つの記事となってます(記事は古い順に並んでます)。同世代のおっさん向け。

カテゴリ
もくじ

全ての記事タイトルを表示する

ブログ内検索
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

主要記事
リンク
応援中
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

フリーエリア
趣味 - シュミラン

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

巨人の星 大リーグボール

大リーグボール

※以下の記事は『巨人の星』の大ざっぱなあらすじですので、詳しく知ってるぜ!という人は飛ばしてください。


【150キロの快速球】

元巨人軍の星一徹が、息子・飛雄馬に仕込んだものは、正確無比の制球力と(金田クラスと言われる)150キロを超える速球だった。幼少時から「大リーグボール養成ギプス」なるもので徹底したスパルタ教育を受けた飛雄馬の能力は群を抜いていて、弱小の青雲高校を導いて甲子園大会に出場する。大会では左門豊作率いる熊本農林高校には勝利したものの、花形満の紅洋高には決勝で敗れた。

青雲高を中退した飛雄馬は、新人公募テストに合格して念願の巨人軍入団を果たす。青雲高のキャッチャー伴宙太も巨人入り。花形は阪神、左門は大洋(現横浜)にそれぞれ入団。
ところがここで、飛雄馬の致命的な欠陥が露わになってしまった。体格に恵まれない飛雄馬の球質は軽すぎて、プロでは通用しない恐れが発覚したのだ。それでも速球にこだわる飛雄馬は公式戦に速球だけで挑むが、左門豊作に軽々とホームランを打たれてしまう。


【大リーグボール1号】

一度は挫折した飛雄馬は、不屈の闘志と超人的な努力で魔球「大リーグボール1号」をあみ出す。それは、バッターが構えたバットにボールを当てて、全て内野ゴロに打ち取るという驚異の魔球だった。飛雄馬の最大の武器である制球力と、最悪の弱点である球質の軽さがこの奇跡を実現した(洞察力も磨きに磨いた)。

一躍巨人軍の先発ローテーションの一角を担う飛雄馬の前に、花形満が立ちふさがる。花形は向かってくる鉄球を打ち返すトレーニングを積んで手首を鍛えると、大リーグボール1号がバットに当たるや否やそのまま全身を捻るように打ち返す作戦で、見事大リーグボール1号の攻略に成功した。しかし無理な特訓と不自然な打法がたたり、全身の筋肉がボロボロ、長期休養を余儀なくされた。

またも挫折の飛雄馬だったが1号を改良し、今後は構えたバットのグリップエンドを狙う。今度こそ大リーグボール1号は無敵かと思われたが、思わぬ伏兵はメジャーリーガー・オズマと他ならぬ父・一徹だった。中日コーチに就任した一徹はオズマを「大リーグボール打倒ギプス」で鍛え上げると、超高速のスイングすなわち「見えないスイング」を完成させ、飛雄馬に立ち向かわせる。

オズマは、飛雄馬がボールをリリースするその瞬間に、バットをホームベース上のど真ん中の位置に差し出す。飛雄馬の人間界の常識を越えた洞察力は無意識のうちにその動作を読み取って、ボールはど真ん中のバット目がけて放たれる。ここからオズマの「見えないスイング」は楽々とバックスイングに入り、打ちごろの絶好球と堕した魔球はピンポン球のごとく青空に吸い込まれていくのだった。


【大リーグボール2号・消える魔球】

1号が破られた飛雄馬は2号「消える魔球」を開発する。ホームベース上で突如として姿を消してしまうこの魔球は、今度は一徹が巨人軍を追われる原因となった「魔送球」がベースとなった。飛雄馬が高々とあげる右足が巻き上げる砂煙は、魔送球の強烈なスピンによってボールに付着する。ボールはホームベース上で急速に落下し、地面スレスレで急浮上するが、この際ボール自身が巻き上げた砂煙のなかを通過する。
つまり、大リーグボール2号「消える魔球」とは、保護色の魔球だった。

オズマ帰国のあと、一徹が飛雄馬打倒のために選んだ刺客は、2号の秘密を知る伴宙太その人だった。始めはトレードを拒否して引退を宣言した伴だったが、すでに一徹が2号の正体を見破っていることを知り、また片思いの星明子に自立を促されると中日に移籍する。
一徹は、川上が意表を突いて1号を投げさせることを見抜き、元高校柔道チャンピオンの伴には”受け身”でそれをファウルに逃げさせる。そしてついに投げられた2号は、受け身で固められた地面が砂煙を上げず、魔送球の変化を満場にさらすのだった。
しかしそのボールはストライクゾーンを外れていた。一徹の、流れる涙を隠そうとする仕草をヒッティングのサインと見誤った伴は痛打するが、凡フライに倒れる。

2号は結局、花形満の手で粉砕された。花形は、まずはホームスチールした三塁走者の手で、続いてはヘルメットを落とすことで砂煙を封じようとした。最後は、飛雄馬がモーションに入ると同時に自分も一本足打法を真似し、飛雄馬の動揺を誘った。中途半端に上がった足では砂煙を巻き上げることができず、完全に消えない2号は甲子園球場の場外にすっ飛んでいったのだった。


【大リーグボール3号】

しかし飛雄馬はまたもよみがえる。
突然のアンダスローから投じられるスローボールこそが、大リーグボール3号だった。親指と人差し指だけでボールを握り、全身が生み出す遠心力の先に指先から弾き出されたボールは、プロのバッターの強烈なスイングの風圧に耐えきれず、バットをよけてしまう。野球常識を越えた、もっと言えば野球自体を根底から否定する魔球の誕生だ。飛雄馬の軽い球質も幸いしたのだった。

左門が敗れ、花形もまた敗れた。飛雄馬の破竹の連勝は止まらない。

一徹も一度は敗れた。
が、3号がどういうわけか打ち気のない投手には打たれることに目をつけた一徹は、愛弟子伴宙太に逆立ちを命じる。その試合、飛雄馬は巨人軍では藤本英雄以来二人目となるパーフェクトゲーム(完全試合)を狙っていた。実は飛雄馬の左腕は無理な投球動作がもとでボロボロになっていた。医者から、いずれ「ピシッ」という音とともに左腕は機能不全に陥ると宣言された飛雄馬が選んだ結論は、完全試合達成によって球史に名を残す道だった。

27人目のバッターに伴が向かう。しかし伴は長時間の逆立ちと素振りのおかげで全身ガクガク、意識朦朧という状態だった。カウントは2-3まで進み、運命の一球が投じられる。ピシッという音とともにマウンドに倒れ込む飛雄馬。伴はヘロヘロのスイングで迎え撃つが、インパクトの瞬間の握力は常人の比ではなかった。鋭い打球が左中間を破る。しかし何ということか、伴にはもはや一塁まで走る体力が残されていなかった。きわどい一塁のクロスプレーは一度はアウトの宣告がなされるが、「にゃにおう!」という伴の気迫に押された線審の判定はセーフに覆る。ピンチランナーを起用する中日・水原、ベンチに引き上げろ!とナインに命令する巨人・川上。

そんな騒ぎの中、一徹はマウンドに向かう。そして息子、飛雄馬に言う。
「いま、おまえはパーフェクトにわしに勝ち、この父をのりこえた・・・・。
 わしら親子の勝負はおわった!!」


前回書いたように、一徹が飛雄馬に野球を仕込んだのは、かつて巨人軍を追放された遺恨から来るものではなく、亡き妻・春江さんの願いを実行するためだった。春江さんとしては、飛雄馬が野球をやることで父を理解し、父との堅い絆が生まれ、やがては現実社会で成功できると信じたのだろう。

そしてその切ない願いは叶った。
飛雄馬は、先天的な体格の不利を、父から受け継いだ武器と超人的な精神力、努力によって克服した。日本シリーズで対戦し、改良1号の前に敗れた阪急ブレーブスのスペンサーが思わず叫んだ言葉「小さな巨人!」。これを聞いたら春江さんも涙をこぼさずにはおれなかったことだろう。

飛雄馬は貧困からも脱出し、東京タワーがごく近くに見える豪華高層マンションで、姉の明子と「デラックスな生活」(本人談)を始めた。テレビの芸能番組に出演し、知り合ったアイドル歌手とのデートを重ねた。
改良1号に敵はなく、来シーズンは堀内や城之内、高橋一三を差し置いての巨人のエースの座は保証されたも同然だった。

まさかの父・一徹の、中日コーチ就任がなかったなら、だ・・・。

つづく


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。