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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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巨人の星 アームストロング・オズマ

悪魔のギブス

巨人vs阪急の日本シリーズで、花形流の攻略法をマスターしてきたスペンサーを破った時点で、大リーグボール1号は完成した。飛雄馬は文字通り、「巨人の星」となった。・・・はずだった。
ところがここで飛雄馬の前に立ちふさがったのが、二人三脚で「巨人の星」を目指したはずの父、一徹だ。

一徹は、飛雄馬が姉の明子を誘って都心のマンションで”デラックスな”生活を始めると、ふいに、子は親を乗り越えねばならない!と言い出して、中日ドラゴンズのコーチに就任する。
この時一徹が中日側に提示した条件はただ一つ、オフの日米野球で来日し、初見で大リーグボール1号を攻略しかけたカージナルスの新人選手、オズマの獲得だった。この狙いは、オズマを大きく育てたいカージナルス側の思惑と一致し、オズマは一年限定のレンタルで中日に入団する。

しかし、思えばそもそも飛雄馬が貧乏長屋からマンションに引っ越したり、アイドル歌手と付き合ったり、契約更改にごねたりを始めた原因は、このオズマにあった。
幼少時に貧しい両親からカージナルスに「売られた」オズマは、最新の科学技術で「野球ロボット」に育てられた。オズマは飛雄馬に同類のにおいを感じ、それを飛雄馬に問う。お前もおれも青春知らずの、同じ「野球ロボット」じゃないのか、と。

飛雄馬は「人間くさい」行動、つまりは目先の欲望に任せた行動をとることで「ロボット」であることを否定しようとした。
しかし、根っからの”戦前人間”である飛雄馬にとって、それらは全て「むなしい」ものだった。

そんな飛雄馬の前に現れたのが、宮崎県の山奥の過疎集落で看護婦を務める日高美奈さんだった。飛雄馬は美奈さんの気高い心(詳細は省く)にうたれ、生まれて初めて女性を愛した。飛雄馬に訪れた、本当の「青春」だった。
だが美奈さんは不治の病に冒されていた。美奈さんの死は、飛雄馬から生きる意味さえも奪ったが、やがて飛雄馬は立ち直り、美奈さんの面影を胸にマウンドに復帰する。

一方、中日に入団したオズマは、星コーチに「大リーグボール打倒ギブス」なるもので拘束され、「見えないスイング」の完成を目指していた。始めは星コーチを憎んだオズマだったが、いつしか二人の間には共通の目標を抱く男同士の”絆”が芽生えていた。
それは、貧困の底で夜空に輝く星を目指した、かつての一徹と飛雄馬の親子に似た、堅く結ばれた”師弟”の姿だった。オズマは一徹の、血の繋がらない息子になったのだった。

だから別れの日、心の兄弟になったオズマは飛雄馬に言う。自分はもう「野球ロボット」ではない、「ニンゲン」になれたのだと。飛雄馬も応える。「もう野球人形じゃない・・・つもりだ!」


もしも一徹の中日入団が、この一連の飛雄馬の青春の迷いを正し、真の「巨人の星」たらしめる教育的目的にあるのなら、この時点ですでに一徹の出番は終わっているはずだ。大リーグボール1号はオズマにしか打てず、しかも飛雄馬はすでに2号・消える魔球も完成させていた。
2号のほうは薄々、花形・左門には見破られつつあったとは言え、ならば今こそ魔送球生みの親として飛雄馬に協力し、その改良に手を貸してやるのが親というものだろう。

しかし一徹はそうはせず、子は親を乗り越えねばならない!と繰り返し、あまつさえ飛雄馬の親友、伴宙太を中日に引き抜いてまで息子を倒そうと執念を燃やした。
この一徹の鬼気迫る姿は、正直なところ、ぼくには常軌を逸したものに思える。
もしも一徹が、戦前的で封建的な思考をする人間だというのなら、親は慕い敬うものであって、直接戦って乗り越えるような存在ではないはずだ。それが儒教的な精神というものだろう。

そしてそんな一徹の挑戦を受けて立つ飛雄馬。
飛雄馬はそれがあたかも大人への登竜門であり、避けては通れない自立への道だと主張する。
しかしその結果はどうだ。
飛雄馬の左腕は回復不能なまでに破壊され、巨人軍という「輝ける星座」の一員でいられた期間はわずかに終わってしまった。

一体この親子はなぜ、そうまでして戦わなければならなかったのか。
この親子を突き動かし、悲劇的な結末へ向かわせた原動力とは何だったのか。


あるいはそれを、”戦前的なるもの”への鎮魂と見る向きもあるかもしれない。
確かにあの時代、すでに『巨人の星』は前時代の遺物として読まれたことは事実だ。リアルタイムでこの作品に触れた団塊世代は、『巨人の星』を笑い、『あしたのジョー』に自己を重ねた。

それはジョーが、一徹と同じように「戦後」をあざ笑いながら、飛雄馬のようにウロウロと迷うことなく、その最後まで”戦後的なるもの”を拒絶したその一貫した姿のせいもあるだろう。ジョーは「戦後」に侵入することなく、その生涯を「泪橋」のたもとで終えた。「戦後」から排除されたものとして、永遠の外部、よそ者としてジョーは完結した。

だが、そんな『巨人の星』の笑われ方に、鋭い反論を加える人もいる。
呉智英さんだ。

『巨人の星』は連載当時、圧倒的な人気にもかかわらず、これを高く評価する識者は見当たらなかったのだ。

マスコミもこれに近かった。・・・(中略)・・・星一徹、飛雄馬親子の熱血主義を揶揄するものや、根性主義のいかがわしさを批判するものや、果てはこの人気がファシズムに結びつくと論難するものばかりだった。

おそらく、リクツ好きの学生やシニカルなマスコミは、『巨人の星』の面白さが恐かったのだろう。

確かに、『巨人の星』は戦後の文化空間においては、あまりにも異質な作品であった。戦後民主主義の中で教えられてきた男女平等も、家父長否定も、平和主義も、福祉主義も、この作品にはなく、それと反対のものだけが激しい熱気とともに語られていた。そして、『巨人の星』が圧倒的な人気を誇っていたのは、その戦後民主主義が最も高揚した一九六〇年代後半のことであり、その高揚を支えた学生たちが競ってこれを読んでいたのである。
私は、これを戦後史の逆説と呼んでいる。
(いずれも出典は、講談社漫画文庫『巨人の星』第8巻の巻末解説より)



呉智英さんの解説からは、当時、読者である団塊世代そしてマスコミは、一種の怖いもの見たさで『巨人の星』を読んでいた、というような不思議な感触をぼくに与える。だから彼らは『巨人の星』を笑い飛ばした。オバケだって、大声で笑い飛ばせば怖くない。あるいは見て見ぬふりをすればいい。そんな印象さえ受ける。


『巨人の星』の面白さを恐れたという団塊の人々。
彼らはそこに、どんなオバケを見てしまったというのだろうか。

つづく

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