プロフィール

竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
一つの 「カテゴリ」 で一つの記事となってます(記事は古い順に並んでます)。同世代のおっさん向け。

カテゴリ
もくじ

全ての記事タイトルを表示する

月別アーカイブ
ブログ内検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

主要記事
リンク
応援中
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

フリーエリア
趣味 - シュミラン

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

海底軍艦 〜もう一人のゴジラ

海底軍艦

海底軍艦』(1963年)は、ちょうど『キングコング対ゴジラ』と『モスラ対ゴジラ』の間に製作された東宝正月映画だ。原作は、押川春浪『海島冐險奇譚 海底軍艦』ということになっているが、これは明治時代の小説で、映画との関連はほとんどないそうだ。関沢新一のオリジナルと見て、特に問題はないだろう。

『海底軍艦』のあらすじはこんなところになる。
まず、終戦時、海軍大佐だった神宮寺八郎は、まだ3才だった娘の真琴を上官の楠見少将に預けて、自分の部隊を引き連れて潜水艦で日本を脱出する。そのとき神宮寺らはムウ帝国人に襲われて潜水艦を放棄し、南太平洋の孤島で大日本帝国の再起を誓って海底軍艦「轟天号」の建造を始める。

20年が過ぎ、ムウ帝国の世界侵略が始まる。本拠が深海にあり、地中からの攻撃をもっぱらとするムウ帝国に、地上の人類は対抗することができない。世界の大都市が次々と破壊されていく。楠見は神宮寺の生存と轟天号の存在を知ると、神宮寺の娘、真琴とともに、南洋の秘密基地におもむく。ムウ帝国打倒のために轟天号の出撃を頼む楠見だったが、神宮寺はそれは日本の復活のために作ったもので、他国の危機など知ったことではないと断る。しかし真琴がムウ帝国に拉致され、神宮寺は出撃。ムウ帝国を滅ぼす・・・。


ムウ帝国について説明しておくと、およそ1万2千年前に南太平洋に存在したムウ大陸を中心にして、世界を支配した大帝国だったらしい。しかしムウ大陸は一夜にして沈没してしまい、生き残ったムウ帝国人は海底に移住して、再び地上世界を支配するための準備を続けてきたとか。

一方、元日本海軍大佐の神宮寺は、大東亜共栄圏の復活を目指して、南海の孤島で20年、轟天号の建造に励んでいた。要するに轟天号の威力で米英を打ち倒そうということだ。

このように作品では、このムウ帝国と神宮寺を「同類」として配置する。
神宮寺は20年ぶりに再会した娘に「お父様のお考えはムウ人と同じです」と言われ、愕然とする。
そしてムウ帝国人に娘を拉致されると考えを一転し、「考えてみると錆び付いた鎧を着ていたようです。脱いでみて、せいせいしました」と言う。


このような神宮寺の変節を、井上静という評論家は『アニメジェネレーション』という本のなかで、次のように書いている。

『海底軍艦』では、もう一つの己とも言える敵を倒すことで、自分の内部にある重荷を取り除く主人公が描かれている。そして後にヤマトにも通じる、ナショナリズムとグローバリズムの両立も主張されているのだ。

『海底軍艦』はこのことによって明確に戦後を肯定しているのだ。


『宇宙戦艦ヤマト』のどこに「ナショナリズムとグローバリズムの両立」が主張されているのか理解に苦しむところだが、とにかく旧日本軍軍人が、日本だけのためではなく世界平和のために働くことを宣言したことで、「戦後を肯定しているのだ」という結論になっているようだ。つまり『海底軍艦』は、戦前日本が戦後日本に屈服した映画であると。そして世界のためにというグローバリズムが、ひいては日本を守るナショナリズムに繋がることを神宮寺が知った映画であると。

この井上静という人はこの本を読む限り、いわゆる「左翼」の人のようだ。そういう視点から神宮寺の言動をみれば、彼の変節はまさにあるべき正答ということになるだろうし、グローバリズムがナショナリズムに勝利した結果は至極好ましいものになるだろう。
しかし、それは本当にそうなのか?
『海底軍艦』は、本当にそういうメッセージを込めた作品なのだろうか?


まず冒頭に近い部分。「光國海運」の専務である楠見とその秘書の真琴による、神宮寺についての会話。

「父はたった一人の子どもを残してまで、行かなければならなかったのでしょうか?」
「それが戦争だよ。国のためには私情を捨てて、命をも投げ出す・・・」
「国のため?」
「そうだ。愛国心だよ」
「愛国心?」


ここでは若い真琴が「愛国心」なんて言葉は、生まれてこのかた一度も聞いたことがないことが表されている。しかし、いくら戦後20年経つといっても、この真琴の人物設定は極端すぎるというものだ。明らかな強調表現であり、何かの伏線と見るべきだろう。

その後、楠見とともに神宮寺に再会した真琴は、父がいまだに大東亜共栄圏を夢見て行動し、世界の平和のために轟天号を使うことを拒否したことに失望する。神宮寺は、
「この20年間、お前をひとに預けてまで日本再建を考え続けてきたこの父の気持ちがわからんのか」
と諭そうとするが、真琴はこう反論する。
「戦争のために親と別れた子どもの気持ち、お考えになったことがありますか」
そして言う。
「お父様のお考えはムウ人と同じです」

戦後生れのぼくらはこのようなやりとりに慣れきっているが、神宮寺からすればおよそ想像を絶する真琴の反論だったはずだ。ここで神宮寺は「公」について話をしているのに対して、真琴は「私」について主張している。一体いつから「公」と「私」は同格になったのか。

もう一つの驚きは、真琴が、日本が戦争をせざるをえなかった理由について、全くの無知であるということだ。「ムウ人と同じ」では、まるで自分たちの欲望のためだけに日本が戦争を始めたと理解していることになる。しかもそれは、かつての上官であり、神宮寺の脱走を黙認してくれた楠見のもとにあってのことだ。

真琴はすでに立派な成人だ。
神宮寺はおそらく、わが娘に自分を理解してもらうことを諦めたのだろう。彼が決して真琴の言葉に動かされたわけではない証拠に、この親子の会話を見ていた旗中(同行してきたカメラマン)に「娘のことは頼む」と言って、20年間大切に身につけてきた3才の真琴とのツーショット写真を預けている。
神宮寺が「悠久の大義」と彼が言う信念を、まだ捨ててはいないことは明らかだ。

結局、その神宮寺が彼の信念を捨ててムウ帝国との戦いに参加したのは、ただムウ帝国人が真琴を拉致し、轟天号のドックを爆破したからだ。神宮寺は、すでに彼自身がのっぴきならない所までこの事件に巻き込まれてしまったことを知り、出撃した。

神宮寺は楠見には「錆び付いた鎧」を脱ぎ捨てて「せいせいした」と言うが、その象徴とも言える海軍の軍服を、彼は脱ごうとはしない。そして、救出された真琴を抱擁する時、神宮寺は真琴から目をそらしていたのだ。

果たしてそんな神宮寺は、「もう一つの己とも言える敵を倒すことで、自分の内部にある重荷を取り除く主人公」なのだろうか?
ぼくには、神宮寺はただただ、何かを諦めたのだとしか思えない。

「世界は変わったんだ」という楠見に、神宮寺は「だから海底軍艦でまた変えます」と言い放つ。神宮寺の頑固さに呆れた楠見は「ばかな・・・世迷いごとを・・・」と嘆くが、神宮寺は
「祖国を愛する心を、世迷いごとと言うのですか!」
と怒りをあらわにする。楠見も「世界的見地に立てと言っとるんだ!」とやり返す。

が、その「世界的見地」とはどういうものだっただろう。まさか他国の言い成りになって、ODA等でいい金づる扱いされる日本ではないだろうし、大義なき戦争に派兵させられて無用の遺恨を持たれたりする日本ではないだろう。しかし、自国民の利益を考えず、ただグローバルだ国際貢献だと踊らされれば、そういう日本になってしまう危険は大いにあるだろう。


神宮寺が諦めたこと。それは楠見のいう「世界が変わった」ことではない。それなら轟天号でまた変えてみせると豪語している。変わってしまったのは、彼が20年間守ろうとしてきた日本人のほうだ。

「国のため?」「愛国心?」
神宮寺は、彼の愛した守るべき祖国「日本」がすでに存在していないことを知ってしまった。轟天号の威力をもってしても、人の心までは変えられないということだろう。


ところで、この南洋で日本の再興を願い続けた神宮寺は、まさしく戦時中の日本の亡霊だと見ることができるだろう。実際、映画の中でも神宮寺は終戦時に死んでいることになっていた。
しかし神宮寺は生きていて、いまなお、あの戦争を続けていた。

この姿はぼくには、神宮寺がもう一人のゴジラであったようにも思える。原爆の、東京大空襲の、つまりはあの戦争のメタファーとしてゴジラは現れた。川本三郎さんの言葉を借りるなら「死者を忘れるな」とゴジラは荒れ狂った。それは、神宮寺に「少将」と軍役時代の階級で呼ばれた時の楠見が言ったように、日本人の「古傷」をえぐり出すようなことだった。

しかし神宮寺は諦めた。
ならばゴジラもそろそろ潮時なのではないか。
名古屋を襲撃したものの往年の迫力はなく、何かうつろに見えた『モスラ対ゴジラ』のゴジラ。彼もまた、何かを諦め、何かを悟ったのかもしれない。意味もなく徘徊し、海に帰っていくゴジラは、「ゴジラじしんの意味」を見失いつつあったように、ぼくには思える。

つづく


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。