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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
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宇宙戦艦ヤマト ~戦死者への鎮魂歌

日本の男の船

宇宙戦艦ヤマト』に被せられた”皮”のその2は、ヤマトが誰のための船なのかという点だろう。”皮”はもちろん「地球の全人類のために」という名目になる。

実際のところ、当時のスタッフには戦艦大和を持ち出すことへの微妙な抵抗感が、いつも心のどこかにはあったようだ。
原作者の一人である松本零士は『宇宙戦艦ヤマト伝説』(1999年・フットワーク出版社)という本のインタビューの中で、こんな話をしている。

それから、作品として自信がある無しじゃなくて、『ヤマト』を娯楽として漫画でお茶の間に送り込むということに、当時は重圧感を感じていたんです。肩の荷が重かった。戦艦「ヤマト」は3000人近くの戦死者を抱いて沈んだ船なんです。遺族もいるしその子供たちもいる。それで対極にスターシャを置いて、ヤマトは生存のために宇宙をおし渡る、大航海物語にしたんです


また、同じインタビューの中では、第2話のヤマト発進に際して「軍艦マーチ」が使われそうになった事に対して、現場の若いスタッフから「この映画には協力できません」という声が上がったというエピソードが語られている。放送局サイドからも「ここで軍艦マーチが流れるのなら、この番組はおしまいだ」とまで言われたそうな。

つまりは作り手は一様に、この「ヤマト」があの「大和」であることを強く自覚していた。
中でも松本零士は特にその傾向が強かったようで、氏が手がけた初期のコンテのなかには、「大和の外板を外すと中から戦死者の遺骨がたくさん出てくるシーンを描いておいた」そうだ。
そうすることで、氏にとっての『宇宙戦艦ヤマト』は「戦死者への鎮魂歌」となる、はずだった・・・・。


・・・はずだった、というのは、完成した映像からは「遺骨」のシーンが全部カットされたからだが、松本零士が「地球」やら「人類」やらを念頭に置いて『ヤマト』に関わったわけではないことは明らかだろう。戦艦大和とともに海に没した人々は日本人だけだし、『ヤマト』において鎮魂されるべき人も日本人だけだ。

などと書くと、またぞろ「あの愚かな戦争の犠牲になった全ての日本人・・・」やら「繰り返しません過ちは・・・」やらが脳裏をよぎってしまうのが戦後生まれの悪いクセだが、原爆や東京大空襲で殺された人や南方戦線で亡くなった人の魂までは、いくら『ヤマト』でも慰めることは出来ないだろう。

それに、そもそも「鎮魂」という言葉にはもっと強い意味があるように、ぼくには感じられる。戦艦大和と運命を共にしてしまった3000余人の人々が「まだ浮かばれていない、成仏していない」と思うからこそ、松本零士はその言葉を(意識してか無意識にかは分からないが)使ってきたんじゃないだろうか。

ならば、『ヤマト』の物語は「平和への願い」と言うような漠然としたものではないはずだ。なぜなら戦後日本は建前上は戦争を放棄したことになっており、見かけ上はずっと「平和」を維持してきた国だとされるからだ。戦艦大和の願いが「戦争をしない」というものであるのなら、彼らの願いはすでに成就されているんだから、今さら「鎮魂」される必要はどこにもない。
それでも人が戦艦大和を「鎮魂」したいというなら、それは戦艦大和の最期に「無念」を感じるからだろう。


ではそんな戦艦大和の最期は、劇中でどのように語られたものなのか。
それは第2話「号砲一発!!ヤマト始動!!
ここでは史実の戦艦大和の最期が、感情を交えないごく淡々とした言葉で説明されている。
が、その導入部にちょっと印象的なシーンが挟まれている。

霧深い洋上で小舟に揺られる漁師の親子の前を、山のように巨大な黒い影が通り過ぎていく。
父「大和だ・・・」
子「やまと?」
父「そうだ、よーく見ておけよ。あれが戦艦大和だ。日本の男の船だ。忘れないように、よーく見ておけ」

この短いやりとりに続いて史実の戦艦大和の最期が描かれていくわけだが、直前の会話の最後に「忘れないように、よーく見ておけ」と言われれば、視聴者の目は自然とその後の展開に釘付けにされてしまうだろう。おそらく、そのために用意されたのが、この親子の会話であったとぼくは思う(画調までがそれまでとは異なる)。

そしてこの親子で視聴者の注意を引きつけておいて、いよいよ戦艦大和の最期が語られていく。

「西暦1945年、押し寄せる300を超えるアメリカ艦隊に戦いを挑むべく、戦艦大和は護衛艦10隻を従え、日本海軍最後の艦隊として出撃していったのである。もはや一機の援護機の姿もなく、片道分の燃料だけを積んでの出撃は、まさに二度と帰らぬ覚悟をした決死の出撃であった」

といったナレーションに始まり、映像では、大和が孤軍奮闘するも敵の艦載機の集中攻撃を受けて、大火災の末に海底に沈没していくまでの様子が静かに描かれていく。
で、ここまでが「忘れないように、よく見ておけ」に含まれているとぼくは見る。


さて、それではここから『ヤマト』で「鎮魂」されねばならない戦艦大和の「無念」を上げるとしたら、次の二点になるだろう。
一つは、大和は「アメリカ艦隊に戦いを挑む」ために出撃したのに、目的を果たすことなく艦載機の空襲を受けて沈没してしまったこと。
もう一つが、大和が「二度と帰らぬ覚悟」を強いられ、実際に帰ってこなかったことだ(細かい事実誤認は気にしないものとする)。
『宇宙戦艦ヤマト』は、これら戦艦大和の「無念」をはらし、「鎮魂」せねばならない。

そうだとすれば、『ヤマト』における「鎮魂」は、現実の逆を以て行われなければならないだろう。
すなわち、戦艦大和に敵の大艦隊と雌雄を決するような大海戦をさせてあげること。
そしてその戦闘に勝利して、戦艦大和が無事に日本に帰ってくることだ。

つづく


※蛇足となりますが、上記に引用させていただいた『宇宙戦艦ヤマト伝説』という本は、表紙にわざわざ「原作●松本零士」とあるように一部に不公平な記述が見受けられます。『ヤマト』通の方なら問題ありません(むしろ楽しめます)が、『ヤマト』の入門書としては不適格だと思われますのでご注意ください。

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