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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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(補足)ヤマトは誰のための船か?

きのこ雲

宇宙戦艦ヤマトが日本のための船であり、沖田艦長や古代進の言う「地球のため」「人類のため」が『ヤマト』に被せられた”皮”でしかないことは、他の部分からも察することができる。

やはり第2話「号砲一発!! 宇宙戦艦ヤマト始動!!」。
地球移住を狙うガミラス帝国は、冥王星前線基地から地球に向けて継続的に「遊星爆弾」なる兵器を撃ち込み、その攻撃の影響で地球の海は干上がり、地表は放射能が充満していた。地表に住めなくなった人類は地下生活を余儀なくされていたが、次第にその地中へも放射能は浸透を始め、人類はいよいよ絶滅の危機を迎えていたのだった。

というようなナレーションに続き、地球防衛軍の日本基地内の様子が映し出される。

ニューヨーク交信不能、エネルギーが尽きた模様。パリ、正午より沈黙。ケニア、パニック状態に陥っています。モスクワ、さよならを打ち続けています。北京、リオデジャネイロ、出力低下、電波キャッチ不能・・・

・・・交信不能。

これが、ヤマトがイスカンダルに向けて出発する以前の世界の状況だった。
ヤマトのクルーにしてみれば、もはや日本以外の国々の状態は、人間の生死を含めて全くの不明であり、彼らが言う「人類」は、ヒトという種以外のものを指しようがなかった。また、同じように「地球」というのも、彼らが唯一把握できている日本に住むヒトの生活の場としての意味しか持ちようがなかった。

要するに「地球」だ「人類」だと騒いだところで、その内容を具体的に吟味してみれば、そこには日本人の姿しか見えてこない。ここに、前回触れたような制作者サイドの思いを掛け合わせてみれば、ヤマトが日本人を救済しようとする日本人のための船であることは明白すぎると言えるだろう。
『ヤマト』は極めて民族主義的な物語であり、本音のところでは制作サイドもそれを否定してはいなかった、ということだ。


なお、次の第3話(「ヤマト発進!! 29万6千光年への挑戦!!」)では、沖田艦長が「ヤマト発進のために全世界から寄付が集まっている」と古代らクルーに話すシーンもあるが、これは今まさにヤマトが出航のためのエネルギーを充填している最中のセリフであり、今さら取って付けた感が否めないと思う。出発直前に現金をもらっても使いようがないし、第一そのことをどうやって通信してきたかも分からない。
これまたちょっと考えれば無意味かつ不可能な行為であり、結局は『ヤマト』を過度にナショナリスティックに見せないための飾り、”皮”の一部といった評価が正当であるような気がする。


ちなみに、というか、これはぼくの勝手な見方だが、『ヤマト』に限らず子ども番組一般を検討する際には、まず第一に作品で使われる「地球」とか「人類」とか言ったアバウトな表現を、全面的に取り去ってみることが求められると思っている。
これらは大抵の場合、ナショナリスティックな表現を許されない戦後日本が置かれた立場から作品を保護するために、便宜的な方便として使われていたものだろう。
簡単にいえば、サヨク的な批判に巻き込まれないための言い訳だ。

実際、ぼくの見るところではウルトラマンは「地球」やら「人類」を守るために現れたわけじゃないし、マジンガーZはずっと日本の領海内だけで戦っていた。ジャイアントロボは日本だけが保有すればいい、というのも、建前はともかく本音では「地球」も「人類」もまず日本があってのことだという心理が働いてのことだろう。

むろん、なかなかストーレートには愛国的な表現が許されなかった時代のことでもあり、少なくともその是非を問われるようなことじゃない。むしろ、作品を観ていくとき、その作品がどうやって民族主義を隠蔽しているかを探すのも、「通」な見方なんじゃないかと思う。


話がそれたが、実は上述した第2話には、『ヤマト』を観る上での重要なヒントが隠されているとぼくは考えている。
沖田艦長や古代らは「人類」「地球」と言うが、その実、彼らは日本以外の状況を全く把握していなかった。つまり、彼らが頭の中でイメージしているものと実際の現実世界は、同じものではない。

これを拡大したことが、『宇宙戦艦ヤマト』では全編を通して展開された。
『ヤマト』のなかで、ぼくら視聴者が観ていたものと、古代らクルーたちが見ていたものは、実は同じものではなかった。

つづく

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