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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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ボルテスV その3 最終回:崩れゆく邪悪の塔!!

狂ったザンバジル

超電磁マシーン ボルテスV』(1977)は、基本的には地球を侵略する異星人を巨大ロボに乗り込んだ若者たちが撃退する、というストーリーだが、もちろんそれだけではない。そこでは、ボアザン星人のラ・ゴールと地球人の剛光代のあいだに生まれた3人の息子たちが、父・剛健太郎(ラ・ゴール)を探し求める物語がサブストーリーとして展開された。

ボアザン星随一の天才科学者にして王位継承の筆頭だったラ・ゴールは、ボアザン貴族の証しである「角」を持たずに生まれたことをライバルに暴露されて全てを失い、地球へと逃亡してきた。彼を追った新皇帝ザンバジルが宇宙征服の野望を持つことを知るラ・ゴールは、ボアザンと地球の平和のために、わずかな理解者たちと協力してボルテスメカ等を建造する。だが、彼らの息子たちがまだ幼いうちに、ラ・ゴールは地球を去らねばならなくなった・・・。

こうした父不在の物語はアニメだけではなく『人造人間キカイダー』等の特撮ヒーロー番組にも見られるものだが、それらに登場してくるロボやメカが表すものこそが、いわゆる「父性」と言われるものだろう。Wikipediaから引用すれば「子供を社会化していくように作動する能力と機能」であり「子供に我慢・規範を教え、責任主体とし、理想を示すもの」が「父性」だ。
『ボルテスV』でいえば、ラ・ゴールの息子たちにとってはボルテスメカの存在自体がラ・ゴールの意思そのものであって、彼らがそれに乗り込むことで彼らはラ・ゴールの願いを実現する。

実はこのあたりは、ヒーロー番組としての『宇宙戦艦ヤマト』では少々物足りなかったとぼくが感じている点だ。
『ヤマト』においては、基本的なメカを作ったのは旧日本海軍だし、クルーたちの「父」としては沖田艦長が存在した。それで重複を避けたのかもしれないが、あの物語で実際に「父性」を示していたのは実はイスカンダルのスターシャだった。スターシャが地球人に波動エネルギー技術を与えたのは、それによって地球人が「自分の力で」生き抜いていくため・・・。

要するにあの偉大な沖田艦長だって、スターシャの巨大な「父性愛」によって試練を与えられ、鍛え上げられた一人だったということだ。ただ、いかんせんスターシャが妙齢の美女だったもんで、どちらかと言うとイスカンダルには「母性」的な印象が残ってしまう。「母性」を同じくWikipediaから引用すれば「子供の欲求を受け止め満たして子供を包み込んでいくことを指す」。スターシャは優しい容貌をしてはいるが、善悪を問わずに全てを包み込んでくれるかといえば甚だ疑問と言わざるを得ない・・・。

という具合で、『ヤマト』においては「父性」の有りどころが今ひとつ整理されていない印象があって、それがメインテーマを見えにくくしている結果に繋がっているように、ぼくには思えるのだった。つまりは、たった一話のうちの、それもわずかな時間だけしか展開されなかった「愛」をもってテーマに思わせてしまう、などだ。


まぁ以上はぼくの個人的な印象に過ぎないような気もするし、それによって『ヤマト』の価値がいささかなりとも毀損するものではないことは念のため。後発の『ボルテスV』のほうが、いろいろな面で整理されているとぼくが感じているだけのことだろう。

例えば「母性」。
正妻ロザリアを失ったラ・ゴールは、逃亡先の地球で剛光代博士と再婚して3人の息子を授かったわけだが、第2話「苦闘への前進」で息子たちのピンチに直面した光代さんは、彼らを守るために戦闘機で出撃すると敵ロボットに特攻をかけて爆死してしまう。これはまさに「母性」の発揮しうる究極の形といえるものだろう。


さて『ボルテスV』のサブストーリーが、ラ・ゴールの3人の息子が「父」を探す物語であることはすでに書いたが、この作品はそれほど単純なものではなかった。ボアザン貴族にして、地球征服軍司令プリンス・ハイネルの物語もまた、「父」を探していた。皇族でありながらハイネルは「父」を知らず、その裏返しの感情として、ハイネルは異常なまでに「貴族」という血統に執着し、自己の拠り所としていた。「貴族」でない者への差別意識は誰よりも強かった。

そうして意気揚々と地球侵略をはじめたハイネルだったが、ラ・ゴールが設計したボルテスの反撃にあって作戦はことごとく失敗に終わり、ついには司令から解任されてしまう。失意のハイネルは、それでもボアザンへの忠誠心は揺らぐことはない。ラ・ゴールに率いられた労奴解放軍とボルテスチームの協力で陥落寸前のボアザン帝の首都・黄金城にあって、我先に逃亡を図ろうとする貴族たちを叱咤したのはハイネルだけだった。ハイネルだけが滅びゆくボアザンにあって、最後までボアザン貴族の名誉と誇りを守り抜こうとした。

そして最後の最後、ハイネルはラ・ゴールの息子、宿敵・剛健一との一騎打ちに撃って出る。
しかしその時、ついにハイネルの出生の秘密が明らかになった。ハイネルは実は、ラ・ゴールの前妻ロザリアが、その命と引き換えに産み落としたラ・ゴールの長男だった。ハイネルこそが、ボアザンの真の王位継承者だったのだ。

するとそこへ現皇帝ザンバジルが、抱えきれないほどの財宝とともにフラフラと現れる。その昔、謀略によってラ・ゴールから王位を奪ったザンバジルは、そのとき恐怖のあまり気が狂っていた。彼はハイネルの姿を認めると「悪いのはハイネルだ」と騒ぎ出す。ハイネルは「余はこんなウジ虫のために戦っていたのか」と絶望し、ザンバジルを殺害する。その時、ザンバジルが持っていた爆弾が爆発し、ハイネルを紅蓮の炎が包む。

「兄さん!」と手を差し伸べる健一に、ハイネルは静かに首を振る。そしてつぶやく。「父さん・・・」と。
ハイネルが炎の中に消えていき、長い長い戦いが幕を閉じる。労奴は解放され、ラ・ゴールによるボアザンの復興が始められる・・・。


ボアザンのうち、「悪いアメリカ」の先兵であったプリンス・ハイネルもまた、失われた「父」を求めていた。だが、ハイネルは、自分の「父」が(「良いアメリカ」を暗喩する)ラ・ゴールであると知ったとき、自らの滅亡を選択した。自らの死をもって、「悪いアメリカ」を完全に葬り去る道をハイネルは選んだ。それなくして真に「良いアメリカ」の復興はない、とハイネルは悟ったのだろう。

『宇宙戦艦ヤマト』そして『ボルテスV』が制作された1970年代といえば、最強を誇ったアメリカ合衆国に次々と綻びが見えだしてきた時代だ。「ニクソンショック」「ベトナム敗戦」「オイルショック」なんてのは、アメリカの強さの裏付けであった「ドル」「軍事」「石油」がもはや絶対ではないことを雄弁に物語る事件だった。
経済や国防をアメリカに依存している我が国にとっても、それは他人事ではない。「父」なるアメリカの衰弱は、「子」である日本の即死にも繋がりかねない。

70年代ヒーロー番組に見られる「父」探しの物語の底には、そういったアメリカ弱体化という不安の影が落とされていたんじゃないかと、ぼくは推測する。だからこそヤマトもボルテスチームも「悪いアメリカ」を打ち倒しに出かけたし、プリンス・ハイネルは「悪いアメリカ」である自己の消滅を選んだ。

しかし、繰り返しになるが「良いアメリカ」なんてのは、それに一方的に依存している日本人の願望でしかない。アメリカに古き良き寛容精神を求めるのは日本人の身勝手であって、アメリカにはアメリカの都合があるだろう。日本人には「悪いアメリカ」に見えているものが、その実アメリカ自身の正直な本音の願望の結実である可能性だって否定はできないのだ。

つまり、もしも「良いアメリカ」なんてものが、とっくに死んでしまっているものだとしたらどうだろう・・・。
願望を捨てて現実を直視してみたとき、蘇ってしまったヤマトの居場所はどこにあると言うのだろう?

つづく

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