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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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さらば宇宙戦艦ヤマト ~ヤマトの現実

拡散波動砲の末路

地球侵略を狙うガミラスを滅ぼして人類の危機を救ったヤマトが直面した「現実」は、不当なまでの「冷遇」だった。

さらば宇宙戦艦ヤマト』(1978)は、ヤマトがイスカンダルから放射能除去装置を持ち帰ってから約1年後の物語だ。すでに地球は完全に復活し、青い海と緑の大地は蘇った。人類は「地球連邦政府」として一つにまとまり、太陽系の資源をフルに利用して文明社会を再建させていた。

しかしその社会では人類の救世主であるはずのヤマトクルーたちは、地球防衛軍の要職に就くのでもなければ恩給生活を楽しむわけでもなく、末端の現場労働者として働いていた。資源輸送船団の護衛や惑星基地の守備などが、彼らに与えられた任務だった。

そんな任務の折り、護衛艦艦長だった古代進は宇宙のどこからか送られてくる謎の信号をキャッチした。それは宇宙に新たな脅威が生まれていることを告げていた。古代はその脅威の調査を防衛会議に提案するが、まるで相手にされない。ちょうどその頃、最新鋭の戦艦アンドロメダを完成させていた地球防衛軍は、そんな脅威なんかアンドロメダを中心にした地球艦隊で一蹴できる、と考えていた。

でも古代は納得できない。アンドロメダの進水式で地球連邦の初代大統領はこう言った。
「宇宙の平和、それをもたらし、それを守るリーダーとなるのは我が地球であります」
だったらリーダーらしく、地球の安全を考えるだけではなく、宇宙の脅威について調べにいくべきだろう、と古代は言うわけだ。

続いて古代たちを襲った衝撃は、ヤマトが廃艦され、記念艦として安置されるという決定だった。
ヤマトを用無し扱いされた元クルーたちは激しく憤慨する。古代らは、ヤマトが遙かなイスカンダルまで旅をした理由は「こんな堕落した地球を作るためではなかったはず」だと言い、ついにはヤマトに乗り込むと、謎の信号の発信元めざして勝手に出撃した。

そしてヤマトは銀河系のはずれのテレザート星でテレサという女性に会い、「白色彗星帝国」という侵略者の存在を知らされる。白色彗星帝国は宇宙を移動しながら次々と文明を侵略していたが、次に狙っているのが地球だと聞いて、ヤマトもあわてて地球に戻ろうとする。

しかしヤマトが戻った時にはすでに戦端は開かれてしまっていた。旗艦アンドロメダを中心にした地球艦隊は、拡散波動砲という最新技術で白色彗星帝国の艦隊を撃滅するが、本体である彗星には手も足も出ずに全滅させられてしまう。残ったのは、戦場に遅れてやってきたヤマト、ただ一隻だった・・・。


さて、以上の流れから逆算して分かることは、ヤマトのイスカンダルまでの航海を「地球のため」「人類のため」だと考えることのナンセンスさだろう。見てのとおりで(「地球」は感謝しているかもしれないが)「人類」はヤマトを評価はしていない。むしろ目障りな存在として、クルーともども遠ざけられていたのが実際のところだ。

要するにヤマトの先の航海はあくまで「日本のため」だったということだ。日本を救うために出発したヤマトは、「結果的に」人類を救ってしまっただけで、あくまでその動機はナショナリスティックなもの。おそらくこの動機の一種の不純さが、ヤマトとそのクルーへの冷遇を日本人が受け入れざるを得なかった背景にあるだろう。

つまりここでは徹頭徹尾、日本=ヤマトの等式が強調されているようにぼくには思える。
遠ざけられているのはヤマトとそのクルーだけではない。「日本」そのものが、この「地球連邦」世界においては厄介者、邪魔者なのだと。

それが明確に現れているのが、ヤマトの技術を応用・発展して製造されたアンドロメダを始めとする地球艦隊全滅後のシーンだろう。スクリーンに映された絶望的な映像を前にして、人々は口々に言う。
「われわれにはまだヤマトがある!」

ヤマトファンなら誰もが溜飲の下がったシーンだ・・・。
所詮、ヤマトをパクっただけのアンドロメダなんかじゃダメなんだよ! ガミラスとの実戦で鍛え抜かれたヤマトにしか、波動砲の真の力は引き出せないんだ! そして宇宙の友人を持っているのもヤマトだけだ! 今こそデスラーに教えてもらった彗星の弱点を突くときが来たんだ!

・・・と少年だったぼくなどは大いに興奮したもんだが、今思えば、物の見事に制作側の意図にはめられている微笑ましい光景だったのだろう。散々持ち上げておいて、あっさりヤラレてしまったアンドロメダなんぞは気の毒な噛ませ犬でしかない。本当のヒーローは遅れてやってくる、というのもプロットの常套手段のひとつだ。

だが、改めて考えてみれば、このシーンというのはいささか執拗過ぎるようにもぼくには思える。
何しろ「地球艦隊」は一隻残らず全滅してしまったのだ。普通のヒーローものなら、手負いのアンドロメダがヤマトを認め、協力して敵に当たるなんてシナリオになるんだろうが、生き残ったのはヤマトだけだった。当然この後のストーリーは、ヤマトVS白色彗星の一騎打ちしかない。

となると、ここまでの間、物語の中核を成していたと思われるヤマトとそのクルーの冷遇問題はどこへいってしまったのか? もはや地球のために戦う者がヤマトしか残っていない状況で、なおかつヤマトを遠ざけ、退けようとする動きが、「堕落した地球」にあるというのだろうか?

もちろん、あるはずはない。人類は再び、ヤマトに全てを託すしかない。

つまりぼくが言いたいのは、『さらば宇宙戦艦ヤマト』の物語においては、この瞬間にヤマトの勝利が確定したんじゃないか、ということだ。ヤマトとそのクルーは、彼らが置かれた悲しい現状を自力ではねのけて、いま再び人々の希望と期待を一心に集めて復活した。
「ヤマトは生きている。地球を救うために。俺たちのヤマトを死なしてはならない」
という古代の思いは実を結んだ。
これを勝利と言わずして何といえばいいのだろう。

しかしそうなると訳が分からない点がひとつ出てくる。
一体ヤマトは誰に対して勝利したのか、ということだ。

つづく


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