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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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機動戦士ガンダム 復讐のシャア

2大ヒーロー

このカテゴリの始めの方で書いた通り、ぼくは『機動戦士ガンダム』は昭和ヒーローの二つの類型を同時に登場させ、互いに争わせたヒーロー番組だと思っている。

類型の一つは、横山光輝の『鉄人28号』から永井豪の『マジンガーZ』を経て大流行した”正義のロボット”もの。心を持たないロボットを、「正義」の心を持つ少年が操って「悪」を倒す。言うまでもなく『ガンダム」ではアムロ・レイ。

そしてもう一つが、石ノ森正太郎が得意とした”復讐のヒーロー”。『サイボーグ009』『仮面ライダー』『変身忍者嵐』『人造人間キカイダー』・・・。「悪」から生まれたヒーローが、「正義」の心でその「悪」を討つ。
こちらは『ガンダム』では、ジオン軍にありながらザビ家に復讐を誓うシャア・アズナブル。

ところが、このうちの前者が『ガンダム』の中で「連邦の盾」だと看破されたことは、ここまで見てきた通り。”正義のロボット”番組は、アメリカは存在しないと「嘘」をつくか、あるいはアメリカの「盾」となるか、いずれかを選ばないことにはその立脚点を失う物語群だった。

それでは後者、”復讐のヒーロー”は『ガンダム』においてどのように語られたか。
これはもう、多くの説明は必要ないだろう。

アムロ「本当の敵は、ザビ家ではないのか!
シャア「わたしにとっては、違うな!」(「めぐりあい宇宙編」)

その理由はこれだ。
ザビ家を連邦が倒すだけでは、人類の真の平和は得られないと悟ったのだ」(第38話「再会、シャアとセイラ」)

これは要するに、仮面ライダーがショッカーを倒しただけでは人類の真の平和は来ないと、本郷猛が言っているようなものだろう。
が、全くもって正論だと思う。
なぜなら仮面ライダーが行っている「正義」とは、結局のところ現実世界が「平和」で「正しい」ことを前提にして、その維持を図ることに他ならないからだ。仮面ライダーがショッカーに勝ったところで、世の中が何か良くなるわけじゃない。そして実際には1970年代前半の世界は、「平和」でもなければ「正しい」わけでもなかった。

ならば仮面ライダーの「正義」の根拠は一体どこに求めることができるのか?
おそらくそれは、そもそもが反語的にしか存在しないようにぼくは思う。
つまり、彼が戦っている相手が「悪」だから、彼は「正義」なんだと。

そしてその「悪」について、『機動戦士ガンダム』はひとつの示唆をぼくらに与えているようにぼくは思う。
すなわち、当初のジオンがそうであったように、「悪」とは大日本帝国を表してるのではないかというイメージだ。ショッカーにせよ、ダークにせよ、地下帝国にせよ、その立ち位置はジオンとほぼ同じ。ストーリーを共有している(詳しくは当ブログの他の記事を探してください)。

だとすれば、逆に「正義」の在処もボンヤリと見えてくるんじゃないか。
それは、大日本帝国を「悪」とみなし、滅ぼしたものの「正義」であるはずだ。そしてその「正義」を維持するため、仮面ライダーたちは、大日本帝国の復活を阻止している・・・。

これが以前ぼくが書いた”借り物の正義”の構図だ。
大日本帝国が本当に「悪」ならそれで問題ないが、そうではない以上、ぼくら日本人が仮面ライダーの「正義」を応援するのは、ぼくらでない他の誰かの「正義」を応援することだろう。誰かからこれが「正義」だよと教えられ、そのまま信じて疑わないだけのことだろう。

”復讐のヒーロー”シャア・アズナブルは、この構図に気がついたのだとぼくは思う。
すなわち、”復讐のヒーロー”ですら、「連邦の盾」であるという事実に。


ここで少々話が飛躍するが、『ガンダム』における「連邦」とは世界政府のことだ。
いわゆるサヨクの人たちは常々国家というものを否定したがる。「地方主権」だとか「東アジア共同体」だとか、何とかして「国」という形を壊そうとして躍起になっているようだ。

だがいくら「国」を壊そうと、何らかの統治組織は存在するのだろう。
それを至って彼ら好みに考えていけば、結論は世界政府にしかないようにぼくには思える。人種差別も国家間格差も多国籍企業も、世界政府のもとでは消滅するだろうからだ。

あの時代にそんな理想が大いに語られたのかどうかは、まだハナ垂れ小僧だったぼくには定かでないが、『さらば宇宙戦艦ヤマト』にせよ『機動戦士ガンダム』にせよ、世界政府は人類の当然の帰結点として、その作品世界に存在した。宇宙時代に国家もあるまいという判断だったのかもしれない。

が・・・。
ここでぼくが注目したいことは、それらの世界政府は決して手放しで素晴らしいものだとは描かれなかった点だ。
そこには新たな階級が生まれ、支配と差別と排除の構造が生まれたことが描かれていた。

一握りのエリートが宇宙にまで膨れ上がった地球連邦を支配して五十余年、宇宙に住む我々が自由を要求して何度連邦に踏みにじられたかを思いおこすがいい。ジオン公国の掲げる人類一人一人の自由の為の戦いを、神が見捨てる訳はない
地球連邦は聖なる唯一の地球を穢して生き残ろうとしている。我々はその愚かしさを地球連邦のエリートどもに教えねばならんのだ

有名な「ギレンの演説」から抜粋してみた。
ギレンが嫌いな人も多いだろうので、サヨクが好みそうな虐げられた弱者のセリフも一つ。

今度地球へ帰ったらわしは絶対に動かんよ。ジオンの奴らが攻めてきたって、地球連邦の偉いさんが強制退去を命令したって、わしは地球で骨をうずめるんだ」(第5話「大気圏突入」)

この老人は言っている。ジオンと連邦の偉いさんは、彼を抑圧するという意味において、同じなのだと。
さらに続編の『機動戦士Zガンダム』にはシャアのこんなセリフもあったな。

地球連邦が第二のザビ家になろうとしているのが、わからないのか」(第7話「サイド1の脱出」)

シャアのいうように、ザビ家を倒したあとの「連邦」は、結局その内部からティターンズを産み出してしまった。ジオン軍を誕生させたのは、ザビ家の野望だけにあったわけじゃなかった。「連邦」そのものに、何度でもジオン軍を産み出す土壌があったというわけだ。

まあその土壌が何であるかは、ガンダムシリーズを観ながらおのおのが考えるべきことだとは思うが、とにかく世界政府が決して人類の理想ではないことをシリーズが訴えていることだけは事実だろう。そしてそれが、”復讐のヒーロー”シャア・アズナブルにとっての、本当の「悪」であったことも忘れてはならないことだと思う。


だらだらと長文になってしまったので無理矢理まとめれば、かくして、昭和を席巻したテレビヒーローの二大類型は、『機動戦士ガンダム』の登場によっていずれも根底から解体されてしまった。”正義のヒーロー”も”復讐のヒーロー”も、これからは自分の力で本当の「悪」を探さなければならない。もはやそこに、大人の「嘘」は許される余地はない。

いまや、『鉄人28号』に始まり『マジンガーZ』で開花した”正義のロボット”ものも、『サイボーグ009』に始まる石ノ森ヒーローものも、すべては「ガンガム以前」のワクに括られてしまったのだった。


・・・だが、それでは『ガンダム』を作った張本人たちは今後どうすればいいのだろう?
いまさら自分たちで壊してしまったフォーマットに戻れるはずはない。

道はふたつある。
一つは、自分で自分の亜流を作ること。これは『機動戦士Zガンダム』がそれだ。
そしてもう一つは、さらなる解体を続けること。

手塚治虫という巨人が、まだ残っている。

つづく


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