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竹波エーイチ

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手塚治虫のテーマ「生命の尊厳」

ぼくのマンガ人生

いつまでも脱線していてもキリがないので、ざっくばらんに行きたい。
ぼくは劇場版『銀河鉄道999』における「テーマ」だと言われる「限りある命の尊さ」は、松本零士にとっての心情的なテーマとも表現的なテーマとも別に、それらの上に半ばムリヤリ載せられた言葉なんじゃないかと考えた。要は、お飾りというやつだ。

それでは、松本零士ご本人は、その点についてどうお考えになっているのか。

「私は機械化したい人間がいれば機械化すればいいし、生身で生きたいならそれはそれでいいのではないかと思う。どっちが幸福であるかは、その人の人生が終わってみなければわからない」(『完全版 銀河鉄道999 PERFECT BOOK』(宝島社/2006年)


と、まあ見てのとおりで、そんなもんはどうでもいいと氏は考えているようだ。
少なくとも、氏にとっての『999』のテーマはそんなところにはない。ぼくには、そう聞こえる。

じゃあ誰が、『999』に原作者ですら意図していないような「テーマ」を与えたのか。
常識的に考えれば、そんな権限がある人間はただ一人だろう。監督の、りんたろう氏だ。

・・・といった辺りで、古くからのアニメファンであれば、この先の話は容易に想像がついてしまうだろう(笑)。
アニメ監督としてのりんたろう氏のキャリアは、手塚治虫率いる虫プロダクションからスタートした。氏が虫プロ時代に手がけた作品としては『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』『ムーミン』などがあげられる。とWikipediaにはある。

で、今からは想像もつかない話だが、『アトム』や『ジャングル大帝』の時代、アニメはPTAやマスコミからひどく害悪視されていたそうだ。

『鉄腕アトム』がテレビ放送された当時は、新聞でよく叩かれました。子どもに悪影響を与えると(笑)。サブカルチャーの端っこにいましたよ。でも、子どもには世間の批判など関係ないわけで、それは今でも同じだよね。世間の良識とは断ち切れたところに子どもたちはいて、自由に観ていたと思う。当時批判していた連中は手のひらを返したように日本のアニメーションは素晴らしいと言っている(笑)(『よなよなペンギン』りんたろう監督単独インタビュー/紀伊國屋書店Forest Plus)


ざっくばらんに行きたい。
1986~88年に手塚治虫が行った講演をまとめた『ぼくのマンガ人生』(岩波新書)のなかで、手塚治虫は再三に渡って”『生命の尊厳』がぼくのテーマ”だと語っている。それは「ぼくの信念」であり、「根本的」なテーマなのだと。

おそらくこうした手塚の主張は、マンガやアニメを取り巻く批判の逆風に立ち向かうべく、統一されたものなのだろう。たしかにマンガやアニメには暴力シーンも破壊シーンもあれば、人も死ぬ。だが、それらは、そうした描写を通じて子どもたちに「生命の尊厳」を伝えるための方便なのだ。と言えば、だいぶ聞こえが良くなる。

もちろんこの間の手塚の苦悩、苦労を、りんたろう氏が知らないはずはない。
「生命の尊厳」と「限りある命の尊さ」・・・。ざっくばらんに言って、非常に似ている・・・。

手塚の努力が実ったか、1979年にもなるとアニメもようやく市民権を得るようになった。りんたろう監督の『銀河鉄道999』は、その年の邦画興行成績の第1位という偉業を成し遂げた。
だが、ぼくに言わせれば同じような主張と世界観を持っているはずの、『わが青春のアルカディア』は惨敗した。アニメ史を語るような本をみても、今ではそのタイトルが出てくることすら稀だ。

ぼくにはこの両者の差は、「宣伝」や「看板」の差にもあったように思える。
ざっくばらんに言えば、そこに手塚的テーマの「生命の尊厳」があるかないか。それは『999』にはあって、『アルカディア』にはなかった。

そんな手塚的テーマを、人は「手塚ヒューマニズム」とも呼んだ。

話がぜんぜん進まないが、つづく

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