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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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風の谷のナウシカ(1) 宮崎駿と左翼思想

nausicaa

コミック版『風の谷のナウシカ』は、ナウシカがシュワの墓所を破壊するところで幕を閉じる。
あそこで壊されたものはいったい何だったのか・・・。

えー今さらナウシカかよ!と言われそうなのでスピード重視で話を進めれば、それは要するに「左翼思想の理想」のようなもんで、それを宮崎駿が破壊したのがあのラスト・・・かも知れないねーというのが今回の記事。

たしかに自分でも今さら目新しさのない話題だと思うわけだが、簡単に陳腐化させるべきではないし、折にふれて語られる意義がある話題だと思うので、あえて記してみたい。

※むかし読んだけど忘れちゃったよーという方は、こちらのサイトが大変よくまとまっていてお勧めできる。
ナウシカの深層

さて、一口に左翼というが、宮崎駿の場合は「心情的左翼」だとご本人が述べている。
左翼的な運動や活動をするわけじゃないが、心の底でその価値を信じて応援している・・・団塊世代以上に珍しくない、ありきたりのメンタリティーだろう。『風が帰る場所』という本の1990年11月のインタビューの中で、聞き手の渋谷陽一に「宮崎さんにとってはやっぱり左翼的な理想主義みたいなものは、いまだに非常に重要な要素を持ってますか」と問われ、

僕はコミュニズムが掲げた理想というのは、やっぱり現実の社会主義が上手くいってなくても、要するに人間はより高くありたいとかより高貴でありたいっていう、人から屈辱を受けたくないとか、そういうことでね、その価値は少しも消えてないと思うんです!


と答えている。コミュニズムの掲げた理想の価値は少しも消えていない、という主張だ。
ところがその後の92年のインタビューではこんな発言(『時代の風音』)。

自分自身がものを考えるようになったときに、左翼になろうかと心情的に思いました。実際は『資本論』も読めなかった人間ですが。いまでもちょっとそうです。
 伝統的なものすべてが戦争に日本人を運びこんだ犯人であって、それを「古い上着よさようなら」と脱ぐしかないんだと。だから礼儀作法も敬語もあえて覚えない。そうするしか、残念ながら自分を確認するよりどころが見つからなかったんです。


「いまでもちょっと」・・・かなりのトーンダウンだ。ちなみに90年というと『ナウシカ』本篇では5巻の後半あたりを描いている時期で、92年だと『ナウシカ』を6巻まで描き上げて中断中、『紅の豚』を制作している時期にあたる。
そしてついに最終回まで完結させた暁にはこんな発言だ。

「ナウシカ」を終わらせようという時期に、ある人間にとっては転向と見えるのじゃないかというような考え方を僕はしました。マルクス主義ははっきり捨てましたからね。捨てざるをえなかったというか、これは間違いだ、唯物史観も間違いだ、それでものを見ていてはいけないというふうに決めましたから、これはちょっとしんどいんです。前のままの方が楽だって、今でも時々思います。
(「よむ」岩波書店 1994年6月号)


ぼくらオッサン連中はテレビでリアルタイムで見たので説明不要だが、若い人向けに一応書いておくと、89年ぐらいから「東側」とか「共産圏」とかいわれた世界が次々と崩壊していったわけです。中共の天安門事件とか東欧革命とかベルリンの壁崩壊とかソ連解体とか・・・。

上掲の発言を時系列順にみれば、宮崎駿が左翼への心情的共感を、徐々に失っていった過程がよく分かると思う。そして宮崎は「転向」した。

92年に公開された『紅の豚』は、要するに「アカの俺」を意味しているらしく、「『おれは最後の赤になるぞ』っていう感じで、一匹だけで飛んでる豚になっちゃった(笑)」と宮崎は笑うものの、まさにこの期間に「転向」が行われた。『ナウシカ』でいえば、6巻と7巻の間には22ヶ月ものブランクがあるが、その期間だ。

・・・むむむ、22ヶ月のブランクの中での「転向」。
するとここには、一つの疑問の源泉があるような気がする。
それはつまり、6巻までの『ナウシカ』と7巻の『ナウシカ』は、別の思想で描かれた別の物語なんじゃないか、ってことだ。

実際、『ナウシカ』のラストについて宮崎駿は特にこれといったアイデアを持たず、いい意味で行き当たりばったりだったらしい。

しかし、連載のほうで映画と同じ力が発揮できるかなあ(笑)。なにしろ、膨大なストーリーでね。これから土鬼の国をさんざん歩きまわって、僧院の奥深くに入りこんで、神聖皇帝は出るし。次にトルメキアへ行って、滅亡に瀕している老大国の中の権力争いにまきこまれて、それで生きながらえて、風の谷に帰ってくるんだけど・・・・・・帰って来れるんですかね!?(笑)
(ロマンアルバム「風の谷のナウシカ」徳間書店 1984年)


これは劇場版『風の谷のナウシカ』制作のすぐ後のインタビュー。

 実は『豚』の制作直後すなわち『ナウシカ』連載再開の直前に行われたインタビューには「ナウシカが沢山子どもを産もうと決心する。そういう終わり方ができたらいいなぁと考えています」「ナウシカに『お前、子ども産めよ』っていう人がいてね、『うん』と答えるところで終わりたいと思ってるんです」という発言が見られる。
(「ぴあ」関東版92年7月23日号と、「MANBOW」92年9月号より)


これは『宮崎駿の仕事』(久美薫)から引用。

 自分で書いていて気がついたのですが、ナウシカの役割は、実際にリーダーになっていくとか、人々を導くとか、そういうものではない。代表して物事を見つめ続けるという、一種巫女みたいな役割なんです。
 そしてナウシカを信頼する人間たちが、実際の事を動かしていくというような構造でしたから、普通の物語の組み立てからいうと、筋になってない。そういうことも悩みはしました。
(「よむ」岩波書店 1994年6月)


これは連載終了直後のインタビュー。直接ストーリーを語っているわけではないが、非常に興味深い発言だと思うので引用。以下も引用。

「青き清浄の地」というのは突然浮かんできたからそのまま使ってしまった言葉にすぎないんです。
(中略)
僕は初めから「青き清浄の地」に赴こうと思ってやっていたわけではないんです。何かそういう所があるんだ。「障気」(ママ)というものに脅かされずに生きる場所があるんだというふうな願いを込めた言葉が「青き清浄の地」に行くという意味なんだろうというぐらいで始めたんです。
(『ナウシカ解読』1996年)

渋谷 もっとヨーロッパ的な世界観で終わるはずでしたよね
宮崎 ええ、そうです。たぶんそういうふうになるはずでした。むしろもっとごまかしてね、例えば『2001年宇宙の旅』とか『AKIRA』の最後みたいになんか訳のわかんないとこに行ってね、その後作品が作れなくなるっていう(笑)、そういうことになりかねないっていうね」
(『風の帰る場所』 2001年のインタビュー)

これで最後ファンタジーに逃げるんだったら、王蟲が一斉に成虫に変わってね、宇宙に向かって飛び立つところを呆然と見送ってね、終わらしちゃうんですけど、それは手塚さんの『来るべき世界』の終わり方と同じですからね(笑)。だから、そういうふうにしてこうハシゴ外しちゃうこともできるんでしょうけど、それは絶対にしたくないって」
(『風の帰る場所』2001年のインタビュー)



引用ばかりで長くなったので一旦まとめると、要点はふたつ。
第一が、宮崎駿は『ナウシカ』の6巻と7巻の間に思想転向した(心情左翼をやめた)。
第二が、コミック版『ナウシカ』はゴールを定めずに描かれ、実際に描かれたエンディングにも宮崎はこだわりを持っていなかった(っぽい)。

ならば、こういう考えが頭をよぎっても、それは有りじゃなかろうか。
すなわち、もしかしたら『ナウシカ』には「まぼろしの7巻」が存在したのかも知れない、と・・・。

長いので続く

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