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竹波エーイチ

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1967年生まれのおっさん。
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怪獣総進撃(1968年東宝) ~なぜ小笠原か

ラドンとイルカ2

怪獣総進撃』(1968年・東宝)の舞台は20世紀末の地球、ということになっている。そこでは「国連科学委員会」が硫黄島に宇宙空港を作るかたわら、
「小笠原諸島周辺を利用して、一大海底牧場を建設。あらゆる魚類の養殖を始め、陸上には世界の恐怖であった怪獣を集め、怪獣ランドとしてその研究が進められていた」
このとき「怪獣ランド」に集められた怪獣は10体。ゴジラ、ミニラ、ラドン、モスラ、バラン、マンダ、アンギラス、バラゴン、ゴロザウルス、クモンガ。
彼らはここで管理され、飼育されていたのだった。

この「怪獣ランド」がある時「キラアク星人」に占拠されてしまう。キラアク星人は怪獣たちを操縦して世界の都市を襲わせ、攻撃を止めさせたければキラアク星人の地球での居住権を認めろと脅迫してくる。これに対し「国連科学委員会」は月にあるキラアク星人の拠点を破壊して、怪獣たちの操縦権を取り返す。地球人に操縦された怪獣たちが伊豆にあるキラアク星人の基地に向かうと、キラアク星人はキングギドラを差し向けて対抗してくる。しかし多勢に無勢で、キングギドラはゴジラたちに殺されてしまう。するとキラアク星人は今度は自分たちのUFOで、「怪獣ランド」のコントロールセンターを破壊する。怪獣たちのコントロールが全て解除される。しかし主人公・山辺が「動物の本能で敵がちゃんとわかるんだ」と言うとおり、ゴジラたちは自分の意思でキラアク星人の基地を襲い、それを倒した。怪獣たちが再び「怪獣ランド」で生活している様子を映し出して、『怪獣総進撃』は終幕する・・・。


「怪獣ランド」はなぜ小笠原にあるのか?
この答えには、歴史的な意味と、地理的な意味の2つが考えられるだろう。
このうち歴史的な側面については、あれこれ詮索する必要など全くない。『怪獣総進撃』の公開は1968年8月だが、サンフランシスコ講和条約以来、アメリカ海軍の軍政下にあった小笠原諸島が日本に返還されたのは、同年6月26日のことだった。『怪獣総進撃』に、果たして小笠原諸島の返還を記念する意図があったかどうかは知らないが、少なくともこの歴史的な事実がなければ、小笠原諸島を舞台にした映画が作れたはずはない。ゴジラが米軍と同居していることになってしまうからだ。

問題となるのは、小笠原の地理的な意味だ。

『怪獣総進撃』に至る東宝怪獣映画シリーズとは何だったのか。特に、関沢新一が描いてきた「怪獣」とは何だったのか。作品名で言えば『大怪獣バラン』『モスラ』『キングコング対ゴジラ』『海底軍艦』『モスラ対ゴジラ』『三大怪獣 地球最大の決戦』で描かれた「怪獣」とは何か。
それはアニミズム的な「神」だった。

さらに関沢新一は、他の作家が作り出したゴジラやラドンにも、手駒であるモスラを使うことで同じ「神」のイメージを付け加えていった。蝦夷の神バラン、熊襲の神ラドンは本土の神。さらには先の戦争で日本人が大いに関与し、また日本民族のルーツの一つでもある南洋の神としてモスラとマンダ。
ゴジラは何だろう。ゴジラには作品を通じて、それが太平洋に散った戦没者の霊魂であることが示唆された。ならばゴジラは東京の靖国神社に祀られるべき神だろう。
こうした日本にまつわる神々の復活こそが、東宝怪獣シリーズだったとぼくは思う。

こうして復活した日本の神々が集められたのが小笠原の「怪獣ランド」だった。
このとき計画の主導者として「国連科学委員会」という名称が出されるが、これは一種の煙幕だと言っていい。なぜならキラアク星人に操られたゴジラが真っ先に襲撃したのは、まさしくニューヨークの国連本部ビルだったからだ。ゴジラはわざわざアメリカ東海岸まで回り込んで、そこだけを狙って現れた。
国連本部がなくても「怪獣ランド」は機能する。「怪獣ランド」と「国連科学委員会」は実は何の関係もないことが劇中ですでに表されている。


それでは各地から集められた怪獣たちは、小笠原でいったい何をしているのか。日本にまつわる神々は何のために小笠原に終結しているのか。
主人公、山辺は言った。
「動物の本能で敵がちゃんとわかるんだ」
山辺がこう言うまでの怪獣たちは、キラアク星人か地球人かのいずれかの操縦によって行動させられていた。しかしその操縦が解かれた瞬間、怪獣たちは即座にキラアク星人を「敵」と判断し、自主的に攻撃を開始した。
ここで注意すべきことは、ゴジラたちは地球人を「敵」だとは見なさなかったということだ。もしも彼らが「操縦された」こと自体を不服としていたなら、ゴジラたちはキラアク星人の次は地球人を攻撃すべきだった。

しかしゴジラたちはキラアク星人だけを「敵」とした。となると、ゴジラと地球人は、侵略者から地球を守るという点において、その意思が一致しているということになる。同じ「敵」を共有していることになる。
しかし「怪獣ランド」が実際のところ「国連」とは無関係なように、ゴジラたちが守るべきは「日本」であって、それ以外の地域ではない。
そしてここで思い出すのは、ゴジラが元は「原爆」や「東京大空襲」のメタファーでもあったということだ。ゴジラは「戦没者の英霊」でありながら「日本の戦争被災の象徴」でもある矛盾した存在だった。
しかし、だからこそゴジラは知っていたはずだ。日本を守るために散っていった戦没者として、日本に「原爆」や「東京大空襲」をもたらした「敵」のいる場所を・・・。

それはマリアナだ。
グアム、サイパンが陥落した時点で、日本本土はB29の攻撃圏内におさまってしまった。「原爆」も「東京大空襲」も、マリアナからやってきたものだった。
だからもしもゴジラが「ゴジラじしんの意味」を日本守護に見出したのなら、ゴジラはマリアナに向かわなければならない。二度とB29が飛ばないように、マリアナを監視しなければならない。
そして日本の領土内で一番マリアナに近い場所、それが小笠原諸島だった。

『怪獣大戦争』『南海の大決闘』『ゴジラの息子』で眠り続けたゴジラは、この日をずっと待っていたようにぼくには思える。小笠原の返還によって、ゴジラはついに「ゴジラじしんの意味」を取り戻した。水爆にすら耐えたゴジラは、いまや「水爆そのもの」となって小笠原からマリアナににらみを利かせている。
ゴジラは靖国に安穏と納まっていてはいけなかった。同じくバランは北上を、ラドンは阿蘇を出なくてはいけなかった。

小笠原へ。

そこは彼らの「動物の本能」が示す「敵」に、もっとも近い最前線だった。


・・・が、これでもまだゴジラたちの物語は完結しなかった。
いや、正確にはモスラ、ラドン、バラン、マンダの物語は完結した。ゴジラもほぼ、ゴジラ自身の物語自体は語り尽くした。しかしあと一点、ゴジラにはゴジラ自身が乗り越えなくてはならない問題が残されていた。
さらに、神々による日本守護という点では、明らかに不足しているピースがあった。
そして、これまで全く語られることがなかった「神」の物語も残されていた。

アンギラスだ。

つづく

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