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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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『はだしのゲン』の歴史認識 〜南京大虐殺/従軍慰安婦

gen

反日マンガの世界』(2007年・晋遊舎)というムックで、反日まんがの二大巨頭みたいにあげられてるのが『はだしのゲン』と『美味しんぼ』だ。ぼくらの世代だと『美味しんぼ』は十分成長してから読んだので無害だったが、『はだしのゲン』のおかげで東京裁判史観に洗脳された過去を持つ人は大勢いるはずだ。

はだしのゲンがいた風景』(2006年・梓出版社)などを読むと、あの時代、このマンガがいかにして学級文庫や図書室を席巻していったかが、詳しく書いてある。ちなみにぼくは小学生の時に、親が共産党員をやってる友人から(むりやり)渡されて読んだ口だ。

ところがそんな『はだしのゲン』、あらためて読んでみると、マンガとしてはスゲー面白い。原爆やら反戦やらを抜きにして、ゲンと人々が織りなすドラマは一級品だと思う。中公文庫コミック版の7巻の巻末では、「封建主義者」として名高い評論家の呉智英さんが『はだしのゲン』を絶賛しているが、こんな感じだ。

『はだしのゲン』の中には、しばしば政治的な言葉が、しかも稚拙な政治的言葉が出てくる。これを作者の訴えと単純に解釈してはならない。そのように読めば、『はだしのゲン』は稚拙な政治的マンガということになってしまう。そうではなく、この作品は不条理な運命に抗う民衆の記録なのだ。稚拙な政治的言葉しか持ちえなくても、それでも巨大な災厄に立ち向かおうとする人々の軌跡なのだ。

呉智英さんの「人間を描けているか、人を感動させるかが、作品を評価する基準になるのだ」という意見はごもっともで、何も異論はない。ぼくもこのブログでいろんな作品にケチをつけているが、そもそもつまらない作品は話の俎上にも上らないもんだ。ゲンがわめき散らす悪態だって、天皇陛下だけじゃなく、軍部にも財界にも、もちろんアメリカにも向けられているんだから、こどもの戯れ言として見逃してやってもいいのかもしれない。

が、それでも『はだしのゲン』には大きな問題があって、大人が「人間ドラマ」として楽しむならともかく、無垢な子どもに読ませるのは、かなりマズイとぼくは思う。というかむしろ、『はだしのゲン』を支援する政党や団体にとっての方が、この作品はマズイだろう。もちろんそれは、ゲンが叫ぶ「稚拙な政治的言葉」のせいでだ。
簡単に言ってしまえば、そこで何が描かれ、何が描かれなかったのか、ということが問題になる。

手元の中公文庫7巻には、卒業式の君が代斉唱を拒否したゲンが、こんなセリフを吐くシーンがある。

わしゃ日本が三光作戦という、殺しつくし、奪いつくし、焼きつくすで、ありとあらゆる残酷なことを同じアジア人にやってきた事実を知ったときは、ヘドが出たわい

三光作戦・・・?。
こんな単語を知ってる人が、世の中にどれほどいるんだろうか?

戦術としてよく知られた呼称が中国語であることなどから「三光作戦は中国側のプロパガンダだ」と言われ、また「三光作戦」に言及することが「左派系のプロパガンダ」とされることも多く、これらの行為の実態はその有無も含めて議論がある。

Wikipediaにはこんな説明があるが、戦後、「三光作戦」という用語を使って旧日本軍を糾弾してきたのは中国共産党だったらしい。ところがいつの間にか中共側もこの主張は引っ込めてしまい、かつてライバルだった国民党(中華民国)が使ってきた単語に乗り換えた経緯があるそうな。
その単語とは、言わずと知れた「南京大虐殺」だ。

※参照動画「2/3【討論!】南京の虚構を暴く![桜H24/3/17]

つまり、ゲンというか中沢啓治は『はだしのゲン』の中で、あの「南京大虐殺」に全く言及していなくて、触れられたのは中共ですら引っ込めてしまったプロパガンダの「三光作戦」なんですよ・・・。

『はだしのゲン』の連載が始まったのは1973年で、本多勝一の『中国の旅』はその前年に刊行済み。ましてや中公文庫の7巻目が描かれた80年代なら、日本軍の残虐を訴えるために選べるカードは「南京大虐殺」でも「三光作戦」でも良かったはずだ。だが、中沢啓治が引いたのはプロパガンダの方(三光)だった・・・。

・・・これ、もう一方(つまり南京)がプロパガンダじゃない保証って、ほんとにあるのか?


『はだしのゲン』で言及されなかった「日本軍の蛮行」はまだある。
「軍の強制による従軍慰安婦」だ。

朝鮮人の労働力としての徴用は第1巻から出てくるが、いわゆる「従軍慰安婦」についての言及は実は皆無。
慰安婦に「軍の強制」があったとする吉田清治の偽書(創作)が世に出たのは1977年だから、雑誌掲載時の「激動編」以降ならマンガに描けたことを考えると、言及がない理由は中沢が「知らなかった」「聞いたことがなかった」「信じなかった」などネガティブなのものにならざるを得ないだろう。

念のため書いておくが、マンガ完結後になって中沢啓治が「南京大虐殺」や「(強制連行)従軍慰安婦」について発言したとしても、そこに意味はない。反戦平和の教典のような『はだしのゲン』で、リアルタイムにはそれらが描かれていないことが問題なのだ。

「右」からすれば、「三光作戦」や「強制連行」のようなデタラメのせいで子供に見せられない。一方、「左」からすれば、「南京」も「慰安婦」も抜けているから子供に見せられない。
お互い、つくづく扱いに困るマンガというわけだ(笑)。


ところで以前、コメント欄で「人は何故サヨクになるのか?」が話題になったことがある。
「サヨク」って何? を一応書いておくと、共産主義や社会主義に興味はないが、無自覚にその思想的影響下におかれてる人、ってとこか。反戦平和や人権や平等といった価値観を絶対のものと感じていて、自虐史観(東京裁判史観)に呪縛されていることが多い。

で、今回『はだしのゲン』を取り上げたのは、人がサヨクになる原因のひとつには「間違った歴史認識」があると思うからだ。あの中沢啓治でさえ「間違っていた」。ならば、マンガで反戦を訴えることもない普通の一般人が、自分だけは間違っていないと言い切れる根拠など、どこにあるんだということだ。

実はぼくの親しい友人にも、最近になるまで「南京大虐殺」の実在を疑ってないおっさんがいた。それはかなりの問題なので、次回からはしばらくの間、そんなおっさんに向けた記事でいこうと思う。とりあえずは、おっさんに人気の「リベラル」作家、司馬遼太郎のこんな発言から。

たとえば私は戦争の末期、旧日本軍の兵士でした。戦後になって日本がほうぼうで悪いことをしたというのを初めて知るんですけども。私はそんなの目撃したこともないし、もちろんやったことなどなんにもない。満州でもない。中国の人ともうまくいってました。(『時代の風音』1992年)


つづく