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竹波エーイチ

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『日中戦争 戦争を望んだ中国 望まなかった日本』

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前回の記事で引用した『日中戦争 戦争を望んだ中国 望まなかった日本』(北村稔・林思雲 PHP研究所)を使って、もう少々お勉強タイムを続けたい。
そもそも「侵略戦争」とは何か?

<侵略戦争>と訳される英語の agressive war の agressive は、「先に手を出す、進んで仕掛ける、先制攻撃をする」の意であり、戦争の開始状況を形容するだけで、戦争自体に<侵略、征服>という倫理判断に基づく「悪」の性格を付与する言葉ではなかった。

だから、1944年9月末の戦争犯罪委員会の答申の多数意見は、「侵略戦争は戦争犯罪ではない」というものだった。それが逆転したのが、委員会での審議による国際法理論の発展によるものではなく、ナチスの強制収容所の実態が判明したためだったことは前回も引用した。

”ナチスドイツがユダヤ人にしたこと”が戦争犯罪で、通常の戦闘行為が戦争犯罪でないのは、東京裁判以降、どの国もその件では裁かれていないことからも明らかだろう。朝鮮戦争にもベトナム戦争にも湾岸戦争にも、「戦争犯罪」は存在しない(ということになる)。

と、基本を押さえて先に進む。
この本の第二章「日中戦争と中国」は、南京大学を卒業した中国人の林思雲氏の執筆による。そこで展開されたのは、「日中戦争開始前の中国では日本に対する主戦論が圧倒的に優勢で、農民を除く都市の住民は日本との戦争を熱望し、勝利を確信していた」という事実だ。

 実際には当時の日本は、決して戦争の方向をコントロールしていなかった。中国側において自発的に日本と戦おうとする意思が高まっている状況では、たとえ日本が拡大したくなくとも、中国側は日本と全面戦争を開始したであろう。
 事実として、日中間の大規模な戦争が開始された本当の発端は、1937年の8月13日に発生した第二次上海事変である。そしてこの戦闘は、正しく中国側から仕掛けたのである(この日、蒋介石は上海に駐屯していた五千人余りの日本海軍特別陸戦隊に対する総攻撃を命令した)。
 日中戦争が拡大した真の原因を言うとすれば、それは世論に煽動された双方の民衆の仇敵意識であると言わねばならない。1937年7月29日には、通州事件が発生した(日本の傀儡政権である冀東防共自治政府の中国人保安隊が反乱を起こし、首都の通州にいた二百数十人の日本の民間人を惨殺した)。


・・・どうみても、中国の態度は(ユダヤ人のような)憐れで気の毒な弱者って感じではないな。やる気満々だったとしか読めない。
実際、客観的に経過を追えば、盧溝橋事件で明らかなように、挑発してくるのはいつも中国側で、それにズルズル引きずられていくのが日本側。
世界的に有名な「通州事件」以外にも、「中山水兵射殺事件」「成都事件」「北海事件」など吹き荒れる抗日テロの嵐では民間人も殺される。向こうに「抗日」の空気あれば、こっちには「懲中」(中国を懲らしめる)の空気ありだ。
これではナチスとユダヤ人の関係を、日本と中国に当てはめるのは無理があると言わざるを得ない。語源である agressive からすれば、どっちが「侵略」しているのか分からなくなる。


当時の中国が、「憐れで気の毒な弱者」ではなかったことは、別の本からも分かる。
日中戦争はドイツが仕組んだ 上海戦とドイツ軍事顧問団のナゾ』(阿羅健一 2008年 小学館)にはタイトルのとおり、中国軍に武器を供与して訓練を指導してきたドイツ軍事顧問団の詳細が記されている。1936年の統計によると、ドイツの武器輸出先の第一位は中国で、57.5%だそうだ(2位はブルガリアで10.5%)。ドイツは中国のタングステンなどの原材料が欲しく、中国はドイツの武器が欲しいというバーター貿易で、日本は当然ドイツに抗議を入れるが聞き入れられない。

要は、ドイツにとっては日独防共協定よりも中国との貿易が重要で、武器のサービスの軍事教練で強化された中国軍に日本人が何人殺されようが、何とも思ってないってことだ。戦後よく言われた「つぎはイタリア抜きで」なんてジョークは、マヌケな日本人へのリップサービスでしかないのだろう。『宇宙戦艦ヤマト』でヤマトはナチスドイツをモデルにしたガミラス軍と戦うが、日中戦争の復讐だと考えれば筋が通る。

既にこのとき、これまで練度の低かった中国軍は、大きな変身を遂げていた。彼らは、ドイツ製の鉄帽を被り、ドイツ製のモーゼルM98歩兵銃を手にしていた。同歩兵銃は、日本の口径6.5ミリの三八式歩兵銃と違って、7.92ミリもある。さらに、当時世界一といわれたチェコ製の軽機関銃も持っていた。火力においては日本軍をはるかに上回っていた。

この中国のやる気はどうだ。
そしてその最新鋭の火力で、自信満々の「先制攻撃」をしてきたのが第二次上海事変というわけだ。

・・・それにしても、ナチスが日本より中国を重視していた事実があまり有名ではないのは不思議だが、その件についての北村先生の説はこうだ。

 この理由を考えてみると、「日本のファシズム」を抗日戦争により打倒したと主張する国民党には、「日本のファシズム」の盟友で「歴史の罪人」となったナチス・ドイツとの親密な関係は、第二次大戦後には触れてはいけない過去なのである。
 さらにまた、日本における日中戦争研究では、「日本の侵略戦争」を批判することが大前提である。そしてこの大前提に立つ限り、「日本の侵略戦争」と戦った中国の国民政府がナチス・ドイツの軍需産業の発展に大きな貢献を行い、この軍需産業がナチス・ドイツのヨーロッパ侵攻の原動力となった事実は、説明できない歴史の皮肉であった。

ナチス=日本ではない。ナチス=中国が実態だったというわけか。


おまけとして、ドイツの戦時賠償について、こんな一文を引用しておく。

 はっきり言おう。ドイツが潤沢な戦時賠償金を支払い、日本が渋ってきたという、韓国や中国、そして一部の日本人の主張は、まったく正しくない。賠償金を律儀に払ったのは日本で、ドイツは払ってない。ドイツが払ったのは、絶滅収容所で強制労働をさせた人、あるいは生体実験に使った人など、つまり、ナチ特有の「ホロコースト」の犠牲者に対しての賠償であり、ドイツはこれを、道義的な義務感から払ったと主張している。国家間の条約で決めて履行する戦時賠償とは別物だ。都市の破壊や村ごとの虐殺など、ドイツの正規軍が働いた不正に対する戦時賠償は、ドイツは一切支払っていない。(『日本はもうドイツに学ばない?』(川口マーン恵美 徳間書店 2009年)



以上、引用ばかりでろくな説明もない記事だが、詳しくは本を買って読んで下さい。
それにしても、国民の「仇敵意識」を煽り、さかんに「挑発」してくる中国って、今となんも変わらんな。

つづく

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