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竹波エーイチ

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映画『大日本帝国』(1982)ー左翼がはじめた戦争

tojo

しばしウルトラで和んだ後は、お勉強タイムの再開だ。

1982年に公開された映画『大日本帝国』は、さすがは東映の配給といった感じの左翼くさい映画だが、日米開戦のあたりは割りと公平な印象がある。まず、首相になって昭和天皇の大御心(おおみごころ)を知った東條英機が、戦争強硬派から和平論者にかわったことが描かれている。さらに、日本に先制攻撃をさせる方法に苦慮するルーズベルト大統領が登場し、「ハルノート」の過酷さにも触れている。

その上で、開戦決定の御前会議にはこんなナレーションが入る。
「戦前の旧帝国憲法では御前会議での天皇の発言を禁じており、この日も内閣の決議事項に対して天皇は一言の発言もなく裁可した」
その夜、昭和天皇の大御心に沿えなかった東條は、自宅でひとり、むせび泣くのだった・・・。


・・・映画からは、東條が昭和天皇の意思を現すべく、和平論者へ転身したことが分かる。御前会議には天皇の発言権がないことも分かる。
ならば、あの戦争を始めた張本人、真の「戦争責任」があるのは一体誰なんだ??
2010年に復刊された「幻の奇書」、『近衛文麿の戦争責任』(中川八洋 PHP研究所)はその犯人を、ずばり近衛文麿だと断じている。

中川先生はまず、戦後、左翼勢力によって広められた「15年戦争」という考えを明確に否定する。
「満洲事変と満洲国の建国とは、アジアの平和に無限に貢献する」が、支那事変から日本の敗戦にいたる8年は、「アジアの平和にとって弊害おびたたしい」。つまり、支那事変を分岐点にして、日本は本来の国家目標から逸れてしまい、破滅の道に突き進んだというのが先生の説だ。

本の年表をみると、たしかに「北支四ヶ師団派兵」で支那事変(日中戦争)を本格化させたのも近衛だし、「蒋介石を対手とせず」で和平交渉を自ら封印し、「新東亜秩序」声明で日中戦争の永久化を宣言したのも近衛。
「大東亜共栄圏」で英米を刺激し、「日独伊三国同盟」で将来の対英米戦を広言、背後の安全のためにと「日ソ中立条約」を結ぶと、1941年7月の御前会議で「対英米戦を辞さず」「ソ連に侵攻せず」を取り決め、「南部仏印進駐」で実質的な開戦に踏み切り、9月6日の御前会議で「対英米戦を決意」して辞職・・・。

中川先生が「東條英機は、近衛が敷いたレールの上を走った、近衛文麿の影武者に過ぎなかった」と書かれているように、たしかに近衛首相の行動は、日本を日中戦争の泥沼から抜け出せないようにしつつ、英米と戦わせようとしているように思えてくる。
しかし近衛家といえば五摂家筆頭の家柄で、皇室との関係は深い。近衛文麿自身、後陽成天皇の12世孫に当たるというじゃないか。
そんな人が、どうして日本を裏切らなくてはならないんだ?

それは、近衛文麿が熱烈な共産主義者だったから、らしい。
近衛はそれを、わざわざ再受験して入学した京都帝大(法科)で、『貧乏物語』で有名な「当代随一の共産主義者の河上肇」から学んだそうだ。在学中に発表した論文では、「私有財産制の否定」と「社会主義の実現」を熱弁しているとか。

そういえば、2003年に公開された映画『スパイ・ゾルゲ』(監督・篠田正浩)のなかで、朝日新聞の尾崎秀美西園寺公一犬養健の手引きで近衛文麿の側近になっていくシーンがあったが、近衛をのぞく3人は後に「ゾルゲ事件」で全員逮捕されている。映画とは関係ないが、近衛の政策研究団体の「昭和研究会」の有力メンバーが、左翼活動の嫌疑で逮捕された「企画院事件」というのもある。こんだけ周囲にマルキスト、コミュニストがいて、近衛だけが違うってのも、ちょっと考えにくい。

ま、その真偽はさておいて話を進めると、近衛グループが日米開戦に向けて日本を動かした理由は三つだ。
①ソ連の防衛
②英米をアジアから追放
③日本の共産化

実のところ、敗戦というショックドクトリンによって日本を共産化しようとする近衛の意思は、すでに一部が達成されていた。1938年の「国家総動員法」と1940年の「大政翼賛会」は、要は「計画経済」と「一党独裁」のひな形で、前者については「電力国家管理法」と合わせてスターリンの「第一次五カ年計画」の模倣だと、この本には書いてある。

一説によると「太平洋戦争」の勝者はアメリカではない、という話もあるそうだが、たしかに戦後のアジアには、それまでは存在していなかった社会主義・共産主義の国がたくさん誕生した。それが日本が明治以来の国家目標である対ロシア戦「北進」をやめ、日中戦争「南進」に拘泥したからだとすれば、日本は我知らずのうちにソビエトの勝利に加担したことになる。国民党政府を弱体化させ、敗戦時には中国共産党に大量の武器を残していったのも日本だ。

日本の共産主義者がはじめた戦争は、その目的の大半を成し遂げたということか。
だが残念ながら、東京裁判を怖れた近衛は自殺したので、真相は永遠に謎のままだ。


余談になるが、Wikipediaによると『大日本帝国』は公開当時「右翼映画」と言われたそうな。
80年代が、今では考えられないほどセンターラインが「左より」だった絶好の証拠になるな。

つづく


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