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竹波エーイチ

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アンギラスとバラゴン 〜なぜシベリアか

アンギラスとバラゴン

怪獣総進撃』(1968)で一応の完結をみた関沢ゴジラシリーズだったが、『怪獣総進撃』自体は実は関沢新一の脚本ではなかった。それを書いたのは、関沢新一と並んで東宝特撮映画シリーズの脚本を手がけてきた馬淵薫(木村武)だ。馬淵薫は東宝では主に『地球防衛軍』『ガス人間第一号』『妖星ゴラス』『マタンゴ』といったSF作品を扱ってきた人だが、その前歴は日本共産党の幹部だったそうだ。

関西大学を中退し、1930年に日本共産党の社会主義運動を起こし、約10年間入獄したのち、日本共産党の佐賀委員長を勤める。1950年に離党し1951年から八住利雄に師事し脚本家になる。東宝のネガティブ、アプローチ路線の映画を多数執筆(Wikipedia)


その経歴のせいか、馬淵薫の怪獣観はきわめて「唯物史観」的だ。
『空の大怪獣ラドン』のラドンは、2万年前のプテラノドンの生き残りだった。ラドンはエサを求めて飛び回り、牛や馬どころか人間まで食ってしまった。
『キングコングの逆襲』のゴロザウルスも、実在の恐竜アロサウルスの子孫ということであって、それ以上の意味はない単なるキングコングのやられ役。
『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』のバラゴンにも、これといった意味のようなものは見つからない。秋田県から現れたことでバラン同様の「蝦夷」を考えたくなるところだが、バラゴンは出身地にまったくこだわることなく地中を掘り進んで日本アルプスまでやってくると、やはり家畜や人間を食った。

このように馬淵薫が描く怪獣はどこまでいっても「動物」であって、香山滋や関沢新一が与えたような、怪獣の「神性」と言えるようなものはない。『怪獣総進撃』で主人公の山辺が言ったセリフ、「動物の本能で敵がちゃんとわかるんだ」は、そんな馬淵薫の考える「怪獣」というものの率直な表れとみていいだろう。

そして『怪獣総進撃』とはそうしてみると、馬淵薫と関沢新一という東宝特撮映画の二枚看板がそれぞれの怪獣観をぶつけあった作品という意味でも、ひとつの集大成と言えるものだった(馬淵陣営からはラドン、バラゴン、ゴロザウルス。関沢陣営からはモスラ、バラン、マンダ)。
しかしここに一頭、いずれの陣営にも属さず、突然の復活を遂げた怪獣がいる。

アンギラスだ。


ゴジラの逆襲』で太平洋は岩戸島に現れたアンギラスは、一般的に「シベリア出身」とされている。
が、『ゴジラの逆襲』の劇中で、アンギラスがどこから来たのかについての説明は一切されていない。Wikipediaをみても

『ゴジラの逆襲』のビデオジャケットにはアンギラスがシベリア出身と表記されている


とあるだけで、一体いつからアンギラスがシベリア出身ということになったのかについての具体的な出典は示されていない。

強いて根拠を求めるならアンギラスが「アンキロサウルスが水爆実験の影響で目覚めたもの」と劇中で説明された点になるかもしれないが、当時のソ連が水爆実験を行ったのはカザフスタンと北極海であって、シベリアではない。

ではなぜ、アンギラスはシベリア出身なのだろう?

それが具体的に劇中で表されたのは、実は『怪獣総進撃』から6年後の『ゴジラ対メカゴジラ』の中でだった。ゴジラシリーズの最後の最後に、ようやくアンギラスはシベリアの地に生息していることが確認できたというわけだ。
それまで間の『ゴジラ対ガイガン』『ゴジラ対メガロ』では、アンギラスは「怪獣島」でゴジラとともに暮らしていた。
この「怪獣島」が「怪獣ランド」と同じものかどうかは劇中でははっきりとは分からない。ナレーションでは怪獣たちは「怪獣島に住み着いている」といわれているが、「住み着いている」と「管理・飼育されている」というのは微妙にニュアンスが違う気がする。しかし「怪獣島コントロールセンター」が怪獣を「監視している」ことも確かなことなので、おそらく同じものなのだろう。
いずれにしても、「怪獣島」に同居するゴジラとアンギラスはいつしかコンビを組むようになり、協力してガイガンやメガロ、メカゴジラと戦った。

ゴジラとアンギラスのタッグチーム。
この組み合わせはアンギラスをシベリア出身に特定することによって、不思議な効果を生み出すことになった。それは、アンギラスとは「シベリア抑留」の犠牲となった人々の象徴なのではないか、というイメージだ。

もちろん『ゴジラの逆襲』からもそれ以後の作品からも、アンギラスとシベリア抑留者を結びつけるような表現は何もない。それはただ、ゴジラのもつ「南洋の戦没者」というイメージとの対比によって、アンギラスが極寒地の戦没者であってもおかしくはないと思わせているだけのことだ。
つまりここでは、バラン=ラドン、あるいはモスラ=ゴジラで行われた意味の拡大が、同じように行われているとみることができる。
『ゴジラ対ガイガン』『ゴジラ対メガロ』『ゴジラ対メカゴジラ』、いずれも関沢新一の関わった作品だ。


それにしてもなぜシベリアなのか?
戦没者や引揚者ということであれば、南洋やシベリアよりも大陸方面の方がはるかに多い。それにも関わらず、中国や朝鮮出身の怪獣はいないのは何故なのか?
おそらくそれは、関沢ゴジラシリーズの怪獣たちが、縄文的なアニミズムの「神」だからだとぼくは思う。

われわれ日本人はどこから来たのか。
2001年に放送されたNHKスペシャル『日本人はるかな旅』では、縄文人の人骨から採取されたDNAをアジア各地の現代人と比較した結果、それがシベリア(バイカル湖近辺)の「ブリヤート人」のDNAと酷似していることをつきとめている。このとき現在のブリヤート人が多数映像に出てくるが、驚くほどぼくら日本人と似ていることに気付かされる。これはつまり、日本列島に最初に定住したのは、20000年前にシベリアから流入してきた人々だったということだ。
ここに12000年前ごろ、南から黒潮に乗ってやってきた人々が合流し、縄文人が形成されていく。そして8000年前の対馬暖流の誕生を契機に、一気に縄文文化が花開いていったそうだ。

日本人のルーツはシベリアと南洋にあった。
NHKは言う。
「この(縄文)時代に生まれた森の文化こそ、日本の文化の原点だと言われています」

その「日本の文化の原点」には、縄文的なアニミズムも含まれることだろう。だからこそ『モスラ』のなかで、日本人とインファント島民の間には、太古の祖先を同じくする心の交流が生まれたのだろう。

そして『大怪獣バラン』にもその痕跡はあった。
劇中でバランの住む北上川上流にある湖からは、シベリアにしか生息しないはずの「蝶」が発見されている。このことはバランの住む湖とシベリアが、実は地下洞窟か何かでつながっている可能性があることを表しているように思える。バランはもしかしたら、「蝦夷」とシベリアを行き来する怪獣だったのかもしれない。

そして日本には、いまなお縄文的なアニミズムをそのまま残している地域がある。
土着の「神」を、わが家の守護神として大切に残している地域がある。

沖縄だ。

つづく

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