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竹波エーイチ

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映画『226』(1989)ー右翼と左翼

226
最近、新しく「ネトウヨ」なんて左翼用語が誕生したようだが、日本では「右翼」と「保守」は一致しない概念だ(「左翼」と「革新」は一致する)。
前回の記事でも引用した『近衛文麿の戦争責任』(中川八洋 PHP研究所)から言葉を借りて、そこらへんを簡単に整理しておきたい。

戦後日本で「右翼」のイメージというと、天皇・愛国・軍服・日の丸・・・といった感じで、要は「昭和維新」を叫んで過激なテロが行われた「血盟団事件」とか「五・一五事件」「二・二六事件」、あるいは『国家改造』の北一輝や「日本主義」の大川周明といったイデオローグ、そんなとこだろう。
ではその思想とは如何なるものだったか。

1989年に公開された映画『226』(松竹)で、決起した陸軍青年将校はこう主張する。
天皇陛下ご親政のもとに(略)国民がこぞって公正平等の発展を遂げる
そのためには「側近政治の打倒」「財閥の解体」「農地解放」が必要だ、と。

これについての中川先生の解説はこうだ。

マルクス・レーニン主義の描く理想社会としての共産社会をもって、日本古代の理想上の、天皇を戴く「私有のない」平等で、和合一致の農民中心の共産社会が存在していたと空想し理念化してこれにおき替えれば、「一君万民」の社会とその体制としての「国体」が理想郷となる。


要するに、「昭和維新」やら「日本主義」やら「二・二六事件」の中味ってのは、言うなれば「天皇制社会主義」とか「天皇制共産主義」という感じで、バリバリの「左翼」というわけだ。共産党との違いは、皇室を廃止するかどうかだけ。

二・二六事件で死刑になった北一輝の『日本改造法案大綱』では、次のような「過激なる共産化革命」が主張されてるそうな。

華族制の廃止/天皇財産の国家下附(めしあげ)/私有財産限度(一家族百万円を上限、違反者の厳罰)/私有地限度(一家族時価額十万円を限度)/都市の土地市有制(私有の完全廃止)/私人生産業(=私企業)限度(資本金壱千万円を上限、すなわち大企業の全面国有化)/・・・・・・。


また、「日本社会主義研究所を設立」した大川周明については「日本共産党との相違は、日本という国家を重視して、ロシア共産党の支配を受けることやロシア共産党に奉仕することを拒否する点だけしかなかった」とのことだ。

これは当時のドイツも全く同じで、ナチス党とは「国家社会主義労働党」のことで、英米の自由主義経済とまっこう対立する社会主義政党だ。ドイツ共産党とナチスの違いは、ナチスはユートピアを「ドイツ千年王国」という純血ドイツ民族からなるコミューンにおき、共産党は共産主義者からなるコミューンにおくことにしかない、と本には書いてある。
毛沢東やホー・チ・ミン、チトー等に表れているように、民族主義と「左翼」の親和性は、実は高いとも。


もちろん、現在の感覚で、当時の農村出身の青年将校の抱いた政治の夢を批判するのは間違いだ。天皇のもとの万民平等だって、それでホントに平和にやっていけるなら悪くはない気もする。何しろ、まだマルクス主義の結果が答えとして出ていない時代なのだ。
問題は、それが後世に「ウソ」で語られていることだ。
 

戦後の日本は、左翼マスコミや左翼大学人らによる、戦争責任のすべてをかつての「共犯者」軍部に転嫁するための巨大な嘘宣伝(プロパガンダ)に洗脳されすぎて、社会主義者であるが故に当時すでに革新将校と呼ばれた彼らを、ありのままに正しく”左翼”とせず、「右翼」だと逆さにレッテル貼りする情報洗脳からいまだに洗浄されていない。
(※本では陸軍上層部の「共犯者」、共産主義者グループへの言及があるが、長くなるので割愛した)


「保守」と「革新」は対立する概念だが、「右翼」と「左翼」はそうではない。「右翼」は天皇ありの社会主義、「左翼」は天皇なしの社会主義で、いずれも根っ子は同じ。「左翼」のなかの「右」と「左」でしかない。
ゆえに「ネット右翼」を正確に定義するなら、ネット上で過激な愛国的発言をする皇室容認の左翼、ということになり、意味が分からん。いつものイメージ戦略で、むりやり「保守」を暴力と結びつけようとしているだけのことだろう。日本の「右傾化」・・・何それ?

なお、映画『226』は、豪華キャスト・豪華セットの割りには見所のない作品。二・二六関係なら高倉健の『動乱』の方が面白いと思う(記事タイトルに使ったので、一応感想らしきものを書いておかねば)。


つづく


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