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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
一つの 「カテゴリ」 で一つの記事となってます(記事は古い順に並んでます)。同世代のおっさん向け。

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アニメ『ジパング』 〜米内光政の自虐史観

ジパングの米内

このブログで今やってることは、ぼくら世代のおっさんから自虐史観を排除するための作業。そのため歴史通の方には「今さら」で、若い人には無意味に感じられる記事ばかりだが、十分自覚して書いてるので、ほっといてください(笑)。

さて、2004年から2005年にかけて、TBS系で放映されたアニメに、かわぐちかいじ原作の『ジパング』がある。
ストーリーはご存じの通り、太平洋上で姿を消したイージス艦「みらい」が1942年6月にタイムスリップする話。『戦国自衛隊』の海自バージョンのようなかんじだ。米空母ワスプをトマホークの一撃で撃沈するシーンとか、名場面多数。
そんな数々の死闘を乗り越え、満身創痍の「みらい」がようやく横須賀に寄港してくるのが第25話「帰還」。そこでクルーを単身出迎えたのが、元海軍大臣で海軍大将の米内光政だった。

米内光政を知らん人はいないと思うが、鎮守府司令長官、連合艦隊司令長官、海軍大臣、内閣総理大臣などを歴任した、トンデモなく偉い人。井上成美、山本五十六とともに海軍内のリベラル派として知られ、三国同盟に反対。「みらい」艦内随一の歴史オタク、柳一曹がいうように「終戦の処理と海軍の幕引きに尽力した」。

そんな米内は、みらいに乗り込んで艦長の梅津と面会してみらい側の要求を聞くと、続いてこんな趣旨の発言をはじめる。
「日本人が帝国主義などと、100年早いとぼくは思っている」
「日本国100年の計にとって、この戦争、勝ってはならんのです。どれほどの犠牲を払ってでも」
「敗戦という現実でしか、その目は醒めないとぼくは思う」
「残念ながら日本人は、我が手で我が身を切り裂き、血を流してでも膿を出し切れるほど強くはない。だからこそ外圧という力をいつの時代も利用してきたのです」



・・・むむ、これって相当な「自虐史観」だぞ。
負けて膿を出せと。そのためには、どんな犠牲も払うしかないと。
それは日本人が、心の「弱い」民族だから仕方ないんだと。

実は劇中のこれらの発言には、その直前に柳一曹が「終戦に尽力した」人物だと2回も言うおかげで、米内にはそう言うだけの資格があり、尚かつそれは正しい道なのだと誘導しようという意思が感じられる。なぜなら、戦争を終わらせたのが米内なら、戦争を始めたのも米内だという事実のうちの、後者だけがスルーされているからだ。
中川八洋先生の『山本五十六の大罪』(2008年 弓立社)から、米内光政が海軍大臣としてとった行動を列挙してみる。

・1937年の閣議で、閣僚ではじめて「南京占領」を口にし、外務大臣や陸軍大臣の反対を押し切って上海戦を推進した(日中戦争を本格化させた)。

・「蒋介石を対手とせず」の発表に際し、反対する陸軍参謀次長を「内閣総辞職」で恫喝して黙らせ、中国側との交渉を決裂させた(日中戦争の永久化)。

・事実上の対英米宣戦布告を意味する「海南島占領」を、五相会議の場で国策にする。

・1945年4月まで残存艦艇の実数を隠蔽し、米国との早期講和論を封じた。

・神風特攻隊、人間魚雷、人間爆弾を推進。

・・・何なの?この人。
前々回の記事では、同じく中川先生の『近衛文麿の戦争責任』から、大東亜戦争の戦争責任者を近衛文麿だとする説を引用したが、こっちの本だと、それを実際に実行した軍人は米内光政だと読むしかない。

たしかに、アニメでの米内の自虐的発言は「創作」だ。
だが、そう言わせるだけの元ネタがある。敗戦間際の8月12日、米内は腹心の高木少将にこんなことを言ったそうだ。

私は言葉は不適当と思うが、原子爆弾やソ連の参戦は、或る意味では天佑だ。国内情勢で戦をやめるということを出さなくて済む。

(『米内光政と山本五十六は愚将だった』三村文男 テーミス より引用)

三村氏はかつての東郷大将の例をあげて、「天佑」とは「軍人ならば大敵を仆した時に、神への感謝の気持ちから発する」言葉であり、日本の大敗を目前とした時期に使うことは「明瞭に売国奴の言葉である」と断じている。広島や長崎に行って、同じことを言ってみろと。

米内の発言を聞いて、もしかしたら思い起こす人もあるかも知れないのが、2005年に大ヒットした映画『男たちの大和/YAMATO』(東映)の中で、長嶋一茂演じる臼淵磐大尉のこのセリフだ。
「破れて目覚める、それ以外に日本が救われる道はない。俺たちは日本が生まれ変わるために、その先駆けとして散る。まさに本望じゃないか」。

敗北を受け入れ、そこからの再起に賭けるという意味では、臼淵と米内の発言は似ている。だがその立場は、片や死にゆく者の願い、片や死に追いやった者の傲慢であって、180度異なる。自分で開戦のトリガーを引いておいて、「終戦の処理」がそんなに偉いのか。その手で多くの若い命を犠牲にしておいて、未来に賭ける資格がどこにあるんだよ。

東京裁判史観に支配される戦後日本では、沈黙を守るしかない陸軍を尻目に「海軍善玉論」が大いに吹聴されたそうな。その代表格の阿川弘之氏の名を取って「阿川史観」とも言うそうな。海軍は自由でリベラルで平和主義でかっこいい。陸軍はその反対でダサい。簡単に言えばそんなとこだろうが、それは所詮はイメージでしかない。韓国人や中国人の歴史認識を笑う前に、ぼくらも自分の国の歴史を洗い直す必要があるのかも知れない。

つづく

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