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竹波エーイチ

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『誰が殺した?日本国憲法!』

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今回も憲法の話題ということで、引き続き田中英道先生の本からOSSについてアレコレ引用してみようかと思ったが、専門家を目指すわけでもないオッサンには話が煩雑に過ぎる気がしてきた。そこで、別の本からになるが、現行憲法と左翼思想の関わりについて、端的に書いてある文章を引用することにする(ごく常識的な内容だが、念のため)。

日本国憲法制定の主役のケージスやホイットニーとは何者でしょうか。その正体は「ニューディーラー」と呼ばれる社会主義者です。(中略)彼らは本国では絶対にできない徹底的な改革を占領地日本で行ったのです。敗戦日本は社会主義の実験場にされたのでした。日本国憲法もその一環だったのでした。(『誰が殺した?日本国憲法!』(倉山満 講談社・2011年)


ところでこんな風にざっと読むと、ケージスやホイットニーがまるでレーニンやらスターリンやらのような思想を持っていたかに思う向きもあるかも知れないが、それは違うらしい。田中英道先生の本によれば、彼らの思想のベースにあるのは「フランクフルト学派」と呼ばれる集団の思想で、特にその内の「批判理論」とやらが重要だとか。

 社会からの疎外を否定するといえば、文化の主な要素を完全否定する批評と言うことになる。その批判対象は《キリスト教、資本主義、権威、家族、家父長制、階級制、道徳、性的節度、忠誠心、愛国心、国家主義、相続、自民族中心主義、因習、保守主義、何から何まで》という。これをやさしく言えば、「批判理論」は、社会のすべての現象を批判することになる。よく考えると、キリスト教を除き、日本人が戦後批判してきたすべてがここに含まれる。つまり、この理論こそが、戦後のアメリカと日本が共有するひとつの思想であったことになる。(『戦後日本を狂わせたOSS『日本計画』 ー 二段階革命理論と憲法』(田中英道 展転社・2011年)


引用が先走ったが、この思想の元祖みたいなルカーチという人は、ロシア以外で労働者革命が成功しなかった原因を「人民の伝統文化の存在」のせいだと考えたそうな。そこで彼らは、ふつうの中産階級が革命を起こす方向に切り替え、その変革を狙った。要は、昔からあるものは全部ダメと言い続けることで社会基盤そのものを揺るがし、やがては正解としての共産主義に導く・・・って感じだろうか。

で、中産階級を「洗脳」するんだから、当然のこととして主戦場はマスメディア(宣伝)ということになる。マスコミが何となく反体制で、「反戦運動、差別撤回、フェミニズム、ジェンダー」などに共感的なのは、みな無意識のうちに「批判理論」に洗脳されているから、というのが田中先生の説だ。
んで、日本で一番その学派の影響を受けたのは、「全共闘世代とか団塊の世代といわれる人々である」とか。

 長髪で髭を生やし、ギターを奏でるヒッピー世代の反戦運動が生じたのもこの頃である。学校では《試験やテストは暴力の一種、体育の強制も苦手の者や不安な者にとっては暴力と同じ。生徒は許可もなく廊下にでてはいけないという規則も暴力なら、無理やり授業を聞かされるのも、自習室での勉強を強制されるのも暴力》ということになる。放任、登校拒否も自由ということになり、学級崩壊も当然のこととなる。そのために「ゆとり」教育も生まれる。(同上)


まぁくどくど書かなくても理解されると思うが、戦後日本に蔓延する個人主義や自由主義というものは、実は「フランクフルト学派」と言われる人々の「批判理論」から生まれた左翼思想に過ぎず、決して日本人自ら発明したものじゃないってことだ。それはあくまで、中産階級向けに姿を変えたマルクス主義でしかない・・・。

ならば源流を同じくする「日本国憲法」も、実は根底にマルクス主義があるんじゃないか?
田中先生は、9条、12条、14条、15条、18条、20条、24条、25条、26条などに、唯物史観や階級闘争史観の影響があると書かれているが、興味がある人は本を買って読んで下さい。


さて「批判理論」がベースにあると思われる日本国憲法に、日本の戦前と戦後を分断する作用があるのは明らかなことだが、実は別の側面から同じ仕事を果たした人がいるそうだ。
それは、東大法学部の宮沢俊義教授。

 宮沢教授が日本国憲法の正当化にひねりだした理屈が、「昭和20年8月15日に革命が起きていた」という詭弁です。(中略)宮沢学説によれば「革命とは主権の変更であり、戦前の天皇主権は、新憲法で国民主権になった。だからこれは革命である。この革命は、昭和20年8月15日のポツダム宣言受諾で発生していた」とのことです。宮沢教授は、これを「八月革命説」と名づけました。(『誰が殺した?日本国憲法!』倉山満 講談社・2011年)



宮沢教授は東大法学部のドンなんだから、学者はむろんのこと、政治家だって官僚だって、エリート中のエリートほどその影響を受けることになる。で、そんな宮沢憲法学のコアは「人権」だそうだ。

 東大憲法学では、「憲法の目的は人権です。国家も政府も統治も、すべてその手段です! 国家や政府の権力は制限されることが目的です!」と、最初に徹底的に叩きこみます。ここで「人権尊重は国家統治の手段では?」などと疑問を持ったら最後、袋小路に迷い込みます。確かに普通の国の憲法では、人権尊重は国家を安定的に統治する手段であり、目的ではありません。しかし日本国憲法学はそうしません。人権こそ絶対の目的です。(同上)


ま、詳しいことは倉山さんの本を読んでもらうとして、引用した二点が、それぞれ「自虐史観」と「戦後民主主義」と一致することは容易に理解されることだと思う。「批判理論」がマスメディアからの日本人洗脳だとすれば、こちらはアカデミズム、さらには教育の現場での洗脳。
まさに手を変え品を変えで、とても逃げおおせるもんじゃない。

まとめていえば、日本国憲法の根底には、日本の歴史を分断し、国家の上に個人を置く、左翼思想が存在している。だから戦後の日本人が何となく「サヨク」であるのは当然だし、また、だからこそ自主憲法制定の必要がある。

 しかし、憲法とはその国の歴史・文化・伝統そのものです。その中で、あえて文字にした部分が憲法典です。歴史・文化・伝統に反する憲法典を制定すればおかしなことになります。これを難しい専門用語で言えば「憲法違反の憲法典」となります。日本国憲法は、日本の歴史・文化・伝統に反する憲法典だという疑いを解消しない限り、「これで良いのだ」とは言えないのです。(同上)


憲法の話題はさらにつづく


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