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竹波エーイチ

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風立ちぬ(3)〜『青春の夢いまいづこ』『腰抜け愛国談義』

VHS

話はようやく映画『風立ちぬ』に辿り着いた。

と言っても、ここで今さら『風立ちぬ』の感想をクドクドと言いたいわけではない。
宮崎駿の「現在地」という観点から、いろいろ引用したり、引用したり、引用したりして、ついでに多少は自分の考えも述べてみようかと思うところだ。

はっきり言って、『風立ちぬ』の論評なんかはその道のプロに任せておけばいいんだ(笑)。
岡田斗司夫さんの「『風立ちぬ』を語る」(光文社新書・2013年)を読めば、『風立ちぬ』とはどんな映画だったかの大半が理解できるんだから。

岡田さんはまず、『風立ちぬ』を「薄情者の恋愛の話」だと言う。そしてまた、「赦し」の話でもあると言う。岡田さんは『On your Mark』を引き合いに出したうえで、宮崎駿と劇中の堀越二郎を重ねていく。

この2作に共通するのは、最後に「赦し」があることです。赦されるのは「アニメを作っている自分(宮崎駿)」や「零戦を作ってしまった自分(二郎)」です。

 若くて綺麗で、すぐ死んでしまうような人と結婚をして、おまけにアニメばかり作ったとしても、「いいのよ、あなたは家庭をないがしろにしていて」と最後には赦してくれるという宮崎駿監督自身の妄想が、『風立ちぬ』には重ねられています。

『風立ちぬ』は美しいものを追ってしまう、人間の「罪」を描いた映画ですが、「罰」は描いていません。ただ、二郎、そして宮崎駿監督にも後ろめたさがあります。だからこそ、死んだ菜穂子に「生きて」と、赦しのセリフを言わせたのです。


前回の記事に引用したように、宮崎駿は『パンダコパンダ』の昔から「人間の暗部や愚かな面」を半ば無視するように、「肯定的な部分とか善いものだけ」を描き続けてきた。それはつまり、人間の美しさだけを描いてきたことになるわけで、そういう歴史を知る識者なら、堀越二郎=宮崎駿、の等式は容易に思いつくことになる。

たとえば評論家の渋谷陽一氏は『CUT』(327号)の対談の中で、『風立ちぬ』は「初めて宮崎駿が自分を主人公にした」作品だと、本人に向かって言っている。だから「自分が意識しない形で自分を反映してる場面」や「自分の作品の持っている、無意識の自分を揺らす局面」で涙が出てくるのだと。

しかし、この「堀越二郎=宮崎駿」の等式について、宮崎駿の反応は冷たい。照れもあるのかもしれないが、本気で嫌悪している印象もある。いわく「堀越二郎がどういうふうに生きたかっていうのはね、どういう姿勢で自分の仕事に取り組むかってことにあてはめて、理解できますよ。そういう形でしか理解できないんだ」と一応は説明するものの、対談の最後では、『男たちの大和/YAMATO』の撮影現場で海軍役のエキストラがデブばかりだったことに憤慨しつつ、こう叫んでいる。

どうかしてる。映画ってもう少し、世界に肉薄するものだったんじゃなかったか。プロパガンダのためにやるもんじゃないって、僕は思いますよ。だからね、『風立ちぬ』で自分のことを描いたって言われるとイヤなのは、それです! 僕は自分のことを描いたんじゃない、堀越二郎を描いたんだ。二郎を取り戻したんです。僕流に取り戻したんです。


・・・これだけムキになられると、逆に図星かと勘ぐりたくなるが、とりあえず「堀越二郎=宮崎駿」説は否定されたことにしておこう。それにそもそも『風立ちぬ』の堀越二郎は、設計技師の堀越二郎と、小説家の堀辰雄との合体ロボだったはずで、そっちの堀さんの方はどうなったのよ、という話にもなる。

するとここに一つ面白い話があって、実は『風立ちぬ』の堀辰雄パーツには、宮崎駿と非常に縁の深い人物の実話が投影されているらしい。半藤一利との対談本『腰抜け愛国談義』(文春ジブリ文庫/2013年)には、宮崎のこんな発言が収められている。

親父にはおふくろとの結婚の前に最初の奥さんがいたということが、はじめてわかった。しかも学生結婚なんです。聞いてみたら、生きるの死ぬのと大騒ぎして結婚して、一年もたたないうちに相手が結核で亡くなっちゃった。「あんなに大恋愛の末の結婚だったから、大丈夫だろうか」ってまわりはずいぶん気を揉んだそうです。(中略)父は自分の結核が伝染したんだって言ってました。父も結核を患っていますから。


かくしてぼくらは、再び宮崎駿の親父さんに向き合うことになる。
この対談、相手の半藤が11才も年上という安心感もあってか、ふだんは隙のない宮崎も終始リラックスした様子で、自由奔放に語ってる印象がある。そしてそこでズバリ、劇中の「堀越二郎」は、実在の堀越二郎と堀辰雄に加えて、宮崎の「親父」が混ざっていると発言している。

だけど、ぼくは堀越さんの評伝をつくるわけではありませんから、いいやって(笑)。その上、堀辰雄が混ざっているからややこしい。おまけに、享楽主義の親父が若干混ざり込んでおりまして(笑)。(中略)若いころは、衝突やらなにやらいろいろありましたけど、このごろようやく、やっぱり親父を好きだな、と思うようになりました。

主人公の堀越二郎は、時代の生臭さをニュースで聞いて知ってはいる。しかし、名古屋にいる一飛行技師にとって、それは肉眼で見たものではない。(中略)世界がいろいろ動いていてもあまり関心をもっていない日本人。つまり、自分の親父です。あのミルクホールの給仕の娘がかわいいとか、今度封切りされた映画が面白いとか言っていた人たちが生きていた世界。


半藤は言う。
「その時代を生きたお父さんお母さんを何とか理解してみようとされたのですね」
「宮崎さんはもしかしたら、零戦ではなく、堀越の生きた昭和史を描こうとされたのではないか」
宮崎は応える。
「ぼくはやっぱり親父が生きた昭和を描かなきゃいけないと思いました」

ひとつ、裏付けになりそうな話がある。
今回取り上げた『熱風』でも『CUT』でも『腰抜け愛国談義』でも、必ず話題になる一本の映画がある。1932年公開の小津安二郎監督作品『青春の夢いまいづこ』だ。

父が死んでしばらくして、小津安二郎の『青春の夢いまいづこ』という映画を見て呆然としました。主人公の青年が父とそっくりなんです。この映画を見て、親父は真似したんじゃないかと思うくらい(笑)。アナーキーで、享楽的で、権威は大嫌い。デカダンスな昭和のモダン・ボーイです。映画は早稲田大学が舞台なんですが、親父も早稲田でした。


そこまで言われたら見るしかねーと中古のVHSビデオを買ってみたが、宮崎が言うほどアナーキーで享楽的で権威が嫌いでデカダンスでモダンボーイな主人公かと言うと、実はぼくにはそうとも思えなかった。でもサイレント映画を見慣れてないせいかもなー、と諦めて寝落ちしかけたとき、ふいに主人公の名前が引っかかってきた。

堀野哲夫」・・・。

3人目の「堀」だ。

風立ちぬ(4)へつづく


※おまけの引用

若いころから、おやじを反面教師だと思っていました。でも、どうも僕は似ていますね。おやじのアナーキーな気分や、矛盾を抱えて平気なところなんか、受け継いでいる。(『おやじの背中』朝日新聞 1995年9月4日付)



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