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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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趣味 - シュミラン

『小さき勇者たち〜ガメラ〜』(2006年)

相沢透

今のところ、ガメラシリーズ最後の映画が『小さき勇者たち〜ガメラ〜』(2006年)。
大人も楽しめる本格怪獣映画だった「平成3部作」とは異なり、小さな子供向けに作られた「ジュブナイル作品」だ。

あらすじは簡単。
ガメラのたまごを拾った少年は、生まれた子亀を「トト」と名付けて可愛がる。トトはすぐに大きく育ち、少年の前から姿を消す。少年の町が怪獣ジーダスに襲われると、8mほどに成長したトトが現れて撃退。力尽きたトトは、名古屋の研究所に連れて行かれる。

トトを追ってジーダスが名古屋を襲い、第2ラウンド開始。苦戦するトトには、たまごの台座として置かれていた「赤い石」が必要だと知った子供達は、逃げ惑う大人たちの流れに逆らって「赤い石」のバトンリレーを始める。最後に少年から「赤い石」を受け取って、ついに完全体となったトトはジーダスに圧勝する。

再び力尽きたトトを自衛隊が捕獲しようとするが、子供達に制止される。飛び去っていくトトに、少年が「さよなら、ガメラ」と言って、終幕。

前回の記事では、局面から「自然に」現れてくる日本人の美意識や美徳として、「自己犠牲の精神」を挙げてみたが、今回はどうだろう。凶悪な怪獣から人間を守るために戦ってくれるガメラが「赤い石」を必要としたとき、危険を顧みることなく走った子供達。

それを一言でいえば、「相互扶助の精神」だろう。要は、助け合いだ。

『小さき勇者たち〜ガメラ〜』で特筆されるべきは、それがひとりトトの飼い主の少年によるものではなくて、見ず知らずの子供達の協力によって成し遂げられたことだろう。前回も書いたが、3・11という最悪の局面で、それが「自然に」顕れてくる日本人の美意識・美徳であることを、ぼくらは目の当たりにできた。

・・・が、ここに一つ、それを真っ向から否定する存在がある。

前回の記事では、「自己犠牲の精神」に対抗する思潮として、「戦後民主主義」を挙げた。
戦後民主主義では、他の何よりも「自分」という個人が大事だとされるんだから、犠牲になるのは自分以外でなければならない。

だがそれは、実際には日本人の感覚や感性にはあっていないとぼくは思う。そりゃ当然で、そんなのはGHQが戦後に広めた、たかだか70年の歴史しかないシロモノだ。敗戦前に亡くなった日本人は、その存在すら知らないのだ。

さてでは今回の「相互扶助の精神」を否定しようとする存在とは何か。
日本国憲法」だ。
戦後民主主義の生みの親だ。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。(『日本国憲法』前文)


例えば、クラスに中国くんという極悪のいじめっ子がいて、そいつはすでにチベットくんやウイグルくんを奴隷として扱い、横暴を極めてるとしよう。最近ではフィリピンくんが、中国くんをナチ呼ばわりして怖がってるとしよう。この時、他のクラスメートにできることは、一致団結して中国くんの暴力に対抗することだろう。フィリピンくんをいじめるなら、他の全員が相手だと思えと。

しかしそんな「相互扶助の精神」を、「違憲」だというのが「日本国憲法」だ。
でもそれって、日本人の自然な感覚から言って、かなーり「不自然」じゃないか?
しかも、いわゆる「護憲派」の連中は、自衛隊の存在は違憲じゃないと言うし、個別的自衛権も違憲じゃないと言う。
つまりは「自分は守るが、他人は助けない」のが「日本国憲法」の精神だということだ。

空軍少佐、じゃなくて3等空佐で退役後、評論家として活躍されている潮匡人さんは、『ウソが栄えりゃ、国が滅びる 間違いだらけの集団的自衛権報道』(KKベストセラーズ/2014年)という本のなかで、朝日新聞やNHKを始めとした護憲派メディアを「人類史上、最も不潔で破廉恥な意見を掲げながら安倍政権を非難している。じつに破廉恥な連中だ」と罵倒されている。実に痛快だ。こんな過疎ブログで時事問題を扱っても意味はないんだが、せっかくなので潮さんの本から集団的自衛権について、おさらいしてみたい。

まず集団的自衛権の定義だが、昭和56年の政府答弁書では「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもつて阻止する権利」とされているそうな。ポイントは「阻止する権利」で、集団的自衛権には「反撃する権利」などはない。それは国際法違反だし、国連憲章でも「復仇権の留保を認めていない」そうだ。要するに、アメリカと一緒になって反撃する権利、などは悪質なミスリードということだ。

さらに、集団的自衛権の行使によって、アメリカと一緒に戦争させられる(巻き込まれる)もウソだ。

 同夜放送のNHKスペシャル「集団的自衛権 行使容認は何をもたらすのか」でも、集団的自衛権を「反撃する権利」と国際法を無視し、勝手に定義したうえ、アフガン派遣で犠牲を出したドイツの例を挙げ、「犠牲者を生むリスクが高まる」と間接話法で指摘した。
 だが、その例は番組が報じたとおり「国連の枠組みの下」の活動である。つまり集団的自衛権の行使ではなく、集団安全保障のケースである。両者は似て非なる概念であり、水と油の関係とも説明される。


ついでに、自衛官不足が招く徴兵制もウソだ(潮さんのご息女は防衛大の学生さんだ)。
みんなで協力して守れば、軍事力は少なくて済む。

 現に日本以外のすべての国が集団的自衛権を行使できる。限定容認どころか、最初から容認されているが、英米その他、先進国で徴兵制を採る例は少ない。他方、中立政策のため集団的自衛権を行使しないスイスは国民皆兵(徴兵制)である。

最後に、潮さんの本から適当に〆の言葉をお借りすれば、こうか。

 護憲リベラル派は、特定秘密保護法案でも、自衛隊イラク派遣でも、防衛庁の防衛省昇格でも大騒ぎした。自衛隊が初めて国連PKOに参加した際も大騒ぎしたが、彼らの懸念はすべて回避された。イラク派遣も同様である。それどころか、世界中から称賛された。



つづく