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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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ONE PIECE「ビンクスの酒」

ブルックとラブーン
ONE PIECE』には、以前取り上げた劇場版『冬に咲く、奇跡の桜』(2008年)を始めとして、いわゆる「いい話」がやたら多い。人によって好みは別れようが、ぼくは音楽家ブルックとクジラのラブーンのエピソード、「ビンクスの酒」が好きだ。

主人公ルフィーに8人目の仲間として「麦わらの一味」に勧誘されたブルックは、仲間との約束を果たさなければ男が立たない、と言って申し出を断る。それは50年以上前に「双子岬」に残してきたクジラの子、ラブーンとの、再開の約束だった。

ラブーンと別れた後、ブルックが所属する海賊団は全滅したが、「ヨミヨミの実」の能力者のブルックだけは骸骨となって生き残った。ブルックは、団員たち最後の合唱となった「ビンクスの酒」を録音したトーンダイヤルを、ラブーンに聞かせる夢を持っていた。

その話を聞いたルフィーは、旅の途中でラブーンに会ったことをブルックに教える。ラブーンは今も、50年以上昔に交わした約束を信じて、双子岬でブルックたちの帰りを待っていると。ブルックの眼窩から、涙がとめどなく溢れ出る・・・。

前回、前々回の記事に続く、日本人の「自然な」美意識や美徳シリーズ第3弾は、「約束を守る」ことの大切さだ。

世界には国同士で交わした条約を無視して平気な民族もいるが、日本人は日露戦争の借金を80年以上かけてでも完済するような国民だ。約束を守ること、約束を信じることの大切さを描いた作品は、なんぼでも存在する。

・・・が、ここでもまた、例によってそんな日本人の「自然な」美意識・美徳と、全く合わない存在がある。
もちろん(笑)「日本国憲法」がそれだ。

自民党の石橋ゲル、じゃなくて石破茂さんが、20歳若い評論家の宇野常寛さんと対談した本に『こんな日本をつくりたい』(太田出版・2012年)がある。雇用、社会保障、地方行政、安全保障、憲法、歴史など、多岐に渡る分野における石破氏の思想を知る絶好の本だが、まぁ大抵の場合、物わかりの良い(フリをした?)おじさんが、若者の意見をハイハイとにこやかに聞いてる印象の本でもある。

ところが、宇野さんが靖国問題について、「共同追悼施設」をつくるしかない、靖国神社への国会議員や政府関係者の参拝は禁止して、A級戦犯は分祀するしかない、と言ったところ、石破氏は明快に反論する。

うーん。私はそうは思わないな。戦前において、日本国と兵士たちの約束は、「戦争で散華(戦死の婉曲的な表現)した者はすべて靖国神社に祀られる」「天皇陛下が必ずご親拝くださる」という二つの内容でした。昭和天皇は1975年の11月を最後にご親拝されていませんし、今上陛下も同様です。いわゆる「A級戦犯」が合祀されたから、という説が有力ですが、とにかく天皇陛下にご親拝いただくように努めることが政治の仕事だ、と私は思っているのです。


実際には、天皇陛下の靖国ご親拝が途絶えたのは、当時の社会党(現在の民主党+社民党)議員たちが「憲法20条第3項」に違反していると訴えた事件がきっかけだそうだが、その点の詳細は、専門のブログ様へパスしておこう(「正しい歴史認識、国営重視の外交、核武装の実現」)

とにかくここで石破氏が言ってるのは、昔の人たちが交わした約束を、今の人たちの勝手な都合で変えてしまってはいけない、ということだ。例えば青山繁晴さんによると、硫黄島のコンクリートの下には今も成仏できない英霊の魂が存在しているそうで、「靖国で会おう」と交わされた約束は、まだすべてが果たされたわけじゃないのだ。

なのに、その約束を無効だとするのが日本国憲法だ。
と言っても、もちろん「日本国憲法」という憲法典にそう書いてあるわけじゃない。
それの解釈を生業とする憲法学者さまの手で、それの正当性の根拠として、約束は無効にされたのだ。
八月革命説」だ。

1945年8月、日本国は「革命」によって新しく生まれた国家だ。
そう言って憲法学者は、「日本国憲法」が抱える諸問題を乗り越えようとした。その結果、例えば東大法学部においては、日本は戦前と戦後に分断された。

ならば戦前に交わされた約束に効力はない・・・。
と、1978年生まれの宇野さんが考えての発言とは思わないが、「A級戦犯」という単語の前に「いわゆる」をつける石破氏と、何もつけない宇野さんでは、昔の人たちがいまだ果たせぬ約束への思いの軽重を感じざるを得ない。

言うまでもなく、数度の国会決議によって日本にもう「戦犯」は存在しない。民主党の元総理大臣、野田佳彦氏も「『A級戦犯』と呼ばれた人たちは戦争犯罪人ではない」と国会で発言している。


というわけで、ひとしきり石破氏アゲをしてみたぼくであるが、もちろん、氏への不満もある。
よく指摘される、南京事件についての見解には納得できない。

南京大虐殺と言われる事件にしても、1937年12月時点の南京で日本軍の軍紀が非常に乱れていたこと、東京から監察官のような者まで現地に入ったこと、南京陥落の四日後に南京入りした中支方面軍司令官の松井石根大将が、日本兵による略奪、暴行、強姦事件の報告を受けて「南京攻略に成功し皇威を輝かせたのに、兵の暴行によって一挙に貶められた」と泣いて怒ったことなどを考え合わせれば、規模はともかくとして虐殺があったことは事実を言わざるを得ない。

石破氏はこう言うが、事実誤認がある。
早坂隆さんの『松井石根と南京事件の真実』(文春新書・2011年)によると、松井大将が「涙の訓示」を行ったのは1938年の2月7日、すなわち南京入城から3ヶ月近く後のことだ。
訓示を直接聞いた飯沼参謀長の日記には、要旨としてこう書かれているそうだ。

南京入城の時は誇らしき気持ちにて其翌日の慰霊祭亦其気分なりしも本日は悲しみの気持ちのみなり。其れはこの50日間に幾多の忌まわしき事件を起こし、戦没将士の樹てたる功を半減するに至りたればなり、何を以て、この英霊に見えんやと言うに在り


松井大将が嘆いているのは、50日がたっても「自分が思い描く水準に達しない軍紀」に対してであって、入城当時の話ではない。大将は、南京陥落当時のことは「誇らしき気持ち」だと言ってるじゃないか。他の誰よりも中国人民を愛していたと言われる大将自身が。

石破氏には一度、早坂隆さんから南京事件についてのレクチャーを受けていただきたいと願う。
その一点を除けば、安倍総理に万が一の時は、石破総理で大丈夫なんじゃないかと思える。

つづく

【2017年5/28追記】
石破氏の「自虐史観」は修正不能なレベルであることが分かったので、「石破総理」は御免被る、と訂正します。


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