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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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シン・ゴジラと昭和のゴジラ

ゴジラと井浜原子力発電所
1954年の第一作の『ゴジラ』から始まる「昭和ゴジラシリーズ」でゴジラがどう描かれ、どう語られたかについては、当ブログの「ゴジラ」カテゴリで延々と書いたので、ここではザクッとまとめて話したい。

まず全ての始まりである『ゴジラ』(1954)で、ゴジラとは、200万年前から海底洞窟か何かで生き延びてきた恐竜が、たび重なる水爆実験で生活環境を破壊され、日本近海に現れたもの、と語られた。
水爆の影響で怪獣化したゴジラは東京に2度上陸すると放射能をまき散らし、破壊の限りを尽くしたが、「オキシジェン・デストロイヤー」なる化学物質によって液状化させられて死滅した。

当時のポスターに「水爆大怪獣映画」と謳われているように、『ゴジラ』のテーマは「水爆に対する恐怖」であって、原爆被爆国日本から発せられた、反核兵器のメッセージでもあった・・・。

ところが時間が経つにつれ、ゴジラには似て非なる別の物語が付与されていく。
それは、ゴジラの進撃ルートが「東京大空襲」と同じであるという発見から生まれた、ゴジラはB29の大編隊のメタファーではないか?という見方だ。
本来、何の関係もないはずの水爆怪獣が、9年前に終わった戦争と結びついた瞬間だ。

それは東京大空襲の再現(リプレイ)だったはずです。

東京大空襲であるならこう撮るはずだという仮説を立てて映像を見ていくと、その仮説通りに見える。
『ゴジラ映画はいかに演出されたか』木原浩勝/『文藝別冊 円谷英二』)


こうした見方が生まれてくる根源は、おそらく「水爆実験の被害者」と言われたゴジラが、なぜアメリカではなく日本を襲ったのかについての理由が劇中で説明されなかったことにあるだろう。ゴジラは何故、東京を襲ったのか。

ゴジラの破壊に「怒り」を見、ゴジラの最期に「哀しみ」を感じる心は、その答えをこう出した。

そしてこのとき『ゴジラ』は「戦災映画」「戦渦映画」である以上に、第二次世界大戦で死んでいった死者、とりわけ海で死んでいった兵士たちへの「鎮魂歌」ではないのかと思いあたる。”海へ消えていった”ゴジラは、戦没兵士たちの象徴ではないか。

東京の人間たちがあれほどゴジラを恐怖したのは、単にゴジラが怪獣であるからという以上に、ゴジラが”海からよみがえってきた”戦死者の亡霊だったからではないか。
「ゴジラはなぜ『暗い』のか」川本三郎/『今ひとたびの戦後日本映画』)


ゴジラに戦没者の魂が込められている・・・という感覚は、川本三郎さん一人のものではなかったのだろう。続く『ゴジラの逆襲』『キングコング対ゴジラ』『モスラ対ゴジラ』では依然、恐怖の破壊者として日本中で暴れ狂ったゴジラだったが、『三大怪獣 地球最大の決戦』(1964)で宇宙からの侵略者、キングギドラと出会うと、本来あるべき姿へと戻っていった。

すなわち、南洋で散った戦没者に代わって日本を守る、守護神ゴジラの誕生だ。

この後のゴジラは、小笠原が返還されれば小笠原で戦い、沖縄が返還されたら沖縄で戦った。もしも北方領土や台湾が返還されたらそこでも戦ったことだろう。日本の国土と人々を守るために・・・。

てな具合で昭和のゴジラは、元々は水爆実験で怪獣化した爬虫類が東京で暴れまくって駆除されただけの話だったが、観る側がそこに「戦争」を見たり、「戦没者」を見たりしてその「物語」が膨らんでいき、あたかもそれに応えるかのごとく、ゴジラ自身もその意味を変容させていったのだった。
最後の敵が、アメリカナイズされた自分自身、メカゴジラだというのも、昭和シリーズのフィナーレには相応しい。


以上で昭和シリーズは終わり。
続いて平成ゴジラシリーズでは、何が描かれ、何が語られたのか。

1984年公開の『ゴジラ』では、ゴジラは30年ぶりに現れたとされている。
要は、昭和2作目の『ゴジラの逆襲』以降をなかったことにして、1954年に退治したゴジラと同種の生物が、伊豆諸島の火山活動で覚醒してしまったとした。

30年も巻き戻したんだから、このゴジラには破壊者から守護者となった歴史は刻まれていない。
このゴジラは、動物としての必要からソビエトの原子力潜水艦を襲い、静岡県の「井浜原子力発電所」を襲った。言うまでもない、「エサ」である放射性物質をいただくためだ。

この時、米ソ両国が戦術核を使ったゴジラの駆除をなかば脅迫してくるが、三田村総理(小林桂樹)はこう言って突っぱねる。
もしあなた方の国、アメリカとソ連にゴジラが現れたら、その時あなた方は、首都ワシントンやモスクワで、ためらわずに核兵器が使える勇気がありますか」と。

この時は、両首脳はこれで矛を収めることとなった。

そして(例によって理由不明の)ゴジラ東京上陸が始まり、自衛隊は「カドミウム弾」を使ってのゴジラ冷却作戦に打って出る。しかし対ゴジラで政府に協力している林田教授(夏木陽介)は「ゴジラは原子炉ではない」と言って作戦を否定する。

実はこの時、ゴジラとは別の恐怖が東京に迫っていた。ゴジラ殲滅のためにソビエトが準備していた戦術核ミサイルが、不幸な事故のせいで東京に向けて発射されてしまったのだ。

たしか公開同時に読んだ雑誌には、東京のビル群よりゴジラの背が低くなってしまったことが特集されていたもんだが、ここでも、ゴジラの放射能とは比較にならないほど巨大な核の脅威が、現実に存在することが描かれている。

こうして、何となく小さく描かれたゴジラは、林田教授に動物の持つ帰巣本能を利用されるかたちで伊豆大島まで誘導され、火山の噴火口に落とされた。だがこのゴジラは死んだわけではないので、ここから1995年にかけて全7作の平成シリーズが始まった。

映画を観てない友人向けの記事なので粗筋ばかりになってしまったが、まとめると1984年版で描かれたゴジラは放射性物質をエサとする巨大生物で、林田教授によれば「核兵器のようなもの」ではあるが「原子炉」ではない。ゴジラが東京に上陸した理由は不明だが、そのことによって、米ソの戦術核を東京に呼び寄せる結果となった・・・ってところか。

つづく