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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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趣味 - シュミラン

シン・ゴジラと平成ゴジラ

ゴジラのメルトダウン
平成ゴジラの第二作は『ゴジラvsビオランテ』。
注目すべきはその公開日で、1989年12月16日。それは日経平均株価が史上最高値38,957円に達する13日前のことだ。
まさにバブル経済のピークで作られた映画で、ゴジラはどう描かれ、どう語られたのだろうか・・・。

いや、先に言ってしまうと、実は今回ゴジラ自身はそれほど大した役回りではなかった。ゴジラは、前回東京で暴れた際にバラまいてしまった「G細胞」から人間が作ったビオランテをぶっ殺しに芦ノ湖まで出かけたり、戦闘で腹が減ったのでメシを食いに若狭湾の原発銀座に出かけたりしただけだ。

興味深いのは、ゴジラに対応する人間側のストーリーだ。

前作で、あれほど話題の中心にあった米ソの戦術核が、今回はまったくお呼びが掛からないのは何故なのか。
理由はいたって簡単で、すでに日本人は「ゴジラの体内の核物質を食べるバクテリアを利用した抗核エネルギーバクテリア」の開発を進めていたのだ。

要するに、核の無力化だ。
ゴジラの駆除を名目(口実?)に、米ソの核兵器をも無意味化しようという壮大な目論みは、ほんとバブリーだ。さすがは『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の時代だ。
そんな時代にあって、もはや日本の防衛をゴジラに任せる必要は全然ない。平成ゴジラが昭和ゴジラのように守護神化しなかったのは、当時の日本人のそんなバブリーな意識が根底にあったのかも知れない。

というのも続く『ゴジラvsキングギドラ』(1991)では、21世紀に世界一の経済大国になって南米やアフリカを買収し、22世紀末には米露中を凌ぐ世界最大の国家に成長する日本の未来が、23世紀からタイムマシンでやってきた未来人の口から語られるのだ(今となっては空しい妄想だが、当時は欧米の不動産とかバンバン買ってたわけでw)。

んで未来人はそんな日本をまだ弱いうちに叩いてしまうことを計画し、まず1945年、南太平洋で「ゴジラザウルス」なる恐竜の状態で生きていたゴジラを、ベーリング海の海底に移送する。これで怪獣ゴジラの誕生を阻止したうえで、キングギドラを使って1992年の日本の破壊を開始した(てことは、彼らはゴジラがゴジラでいた場合、キングギドラと戦って結果的に日本を守ってしまうことを知ってたんだろうね、なぜかは知らねど)。

ところがこの世には「定め」というものがあって、ビキニ環礁を遠く離れた北極近くのベーリング海で眠っていたゴジラザウルスのごく間近で、なんとソビエトの原子力潜水艦が火災を起こし、沈没したことがあったらしい。ソ連は口では回収したした言うけれど、まぁ放置されるのが普通だ。
つまり、平成シリーズのゴジラは、アメリカの水爆実験とは丸っきり関係ないままに、ソ連製の核燃料の影響で、恐竜が怪獣になってしまったものだというわけだ。しかも当のソ連がすでに崩壊していたため、だれを恨んだらいいものやら。

さてこのゴジラ、本当なら亡くなったソ連の潜水艦クルーの魂を宿してウラジオストックでも襲うのが正しいように思えるが、彼は一心不乱に東京を目指す。もちろん、その理由がゴジラの口から直接語られることはないが、ドラマが一つの可能性を示唆していた。

新宿の高層ビルの最上階で、ひとりゴジラを待つ新堂靖明は、1945年、南太平洋の戦場でまだ恐竜だったゴジラザウルスに命を救われたことのある男だった。ゴジラザウルスのおかげで生き残った新堂は、帰国後「帝洋グループ」を興し、今では「戦後日本経済を立て直した男」として経済界に君臨していた。

新堂はゴジラザウルスを「救世主」と呼び、怪獣のゴジラもそうだと考えた。ゴジラも、彼のためにキングギドラと戦ってくれるのだと思っていた。しかし実態は、ゴジラは新堂らが営々として築き上げてきた「この国の繁栄を壊しにきた」だけだった。ゴジラと目が合った新堂は、何かを悟ったように数回うなずき、次の瞬間、ゴジラの吐く熱線で消滅した。

この展開、このドラマが示唆するものは、ゴジラ(ザウルス)は新堂が作りあげたと自負している戦後日本の繁栄、バブルに踊る東京を、新堂もろとも消し去りにやってきた、ということだろう。俺はこんなもののために、お前を助けたわけじゃないのだとばかりに。
そしてそれが、ゴジラが東京を目指した理由であると。

この時、新堂を通して語られているゴジラは、『風の谷のナウシカ』に登場する「巨神兵」のような存在だとぼくは思う。
つまり物事の善悪・可否を決める、裁定者だ。

平成ゴジラの最終回は『ゴジラvsデストロイア』。
公開は1995年12月なので、テレビ東京でひっそりと『新世紀エヴァンゲリオン』の放送が始まった少しあとに当たる。
エヴァについては、バブル崩壊後のダークな日本社会の反映として語られることが多かった記憶があるが、平成ゴジラの最期も異様なものだった。

一言でいえば、ゴジラは動く原子力発電所だった。

この回、何をとち狂ったか、返還間近の香港で大暴れしたゴジラは、身体は真っ赤に発光してるわ、白煙はもうもうと上がっているわで、もう爆発寸前の危うさ。そんな状態でさらにメシを食おうと伊方原発に近寄ったりするので、危なくて仕方がない。

結局いろいろあって、最期は、晴海の臨海副都心でメルトダウンを開始。
溶けた皮膚の裂け目から閃光を発し、放射能を撒き散らしながらドロドロに溶けていって、東京を誰も住めない死の街にしてしまったとさ。


長くなってきたので早口で言うと、ミレニアムシリーズ(1999〜2004年に全6作)は、昭和シリーズや平成シリーズのような続き物ではない。それゆえかゴジラのイメージが拡大されることがなかったが、『ゴジラxメカゴジラ』(2002)と『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』(2003)の連作には触れておきたい。

ここで政府が極秘裏に建造したメカゴジラ(機龍)は、実は昭和29年に海中で薬殺された初代ゴジラの骨格をそのまま使っていた。
八景島に上陸したゴジラを相手に優勢に戦いを進める機龍だったが、ゴジラの苦しげな咆哮を聞くと反応し、操作不能に陥ってしまう。この隙にゴジラはあたふたと海に逃げのび、残された機龍が代わって横浜市金沢区の破壊を始めるのだった・・・。

ということで、昭和・平成・ミレニアム各シリーズで描かれた、語られたゴジラについて、急ぎ足で紹介してみた。
これらを踏まえた上で、次回ようやく本題に入りたい。

つづく