プロフィール

竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
一つの 「カテゴリ」 で一つの記事となってます(記事は古い順に並んでます)。同世代のおっさん向け。

カテゴリ
もくじ

全ての記事タイトルを表示する

月別アーカイブ
ブログ内検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

主要記事
リンク
応援中
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

フリーエリア
趣味 - シュミラン

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

地上破壊工作vs怪獣殿下 <テレスドン>

怪獣殿下

ここでもう一度、ウルトラマンとハヤタのなれそめについて確認しておきたい。
第1話「ウルトラ作戦第一号」。
まず「M78星雲の宇宙人」が「遠い宇宙からベムラーを宇宙の墓場に運ぶ途中、ベムラーに逃げだされて、それを追って地球に来た」。ところがM78星雲人は、パトロール中の科特隊隊員ハヤタと衝突し、ハヤタを殺してしまう。M78星雲人は「申し訳ないことをした、ハヤタ隊員。その代わり、私の命を君にあげよう」といい「君はどうなるんだ」と聞くハヤタに「君と一心同体になるのだ。そして地球の平和のために働きたい」と言った・・・。

ここには『ウルトラマン』における重要な設定が、少なくとも2点ある。
一つは、ウルトラマンは地球の平和を守るためにやってきたわけではない、ということ。詳しいことは分からないが、ウルトラマンは死刑囚を護送する警官のような仕事をしていたらしい。しかし囚人ベムラーに脱走されて、それを追って地球に来た。

もう一つは、ウルトラマンは地球の平和を守るためにハヤタと一心同体になったわけではない、ということ。ウルトラマンには地球を守る動機も理由もない。ただ、殺してしまったハヤタに命を与えたところ、そのハヤタが地球の平和を願っていたので、その手助けをすることにした。
要は、ウルトラマンはM78星雲からハヤタの分の「命」が届くまでの間、ハヤタの意思や願望の発現として、地球上で怪獣退治に携わることになったということだ。

地球を守りたかったのはウルトラマンではない。地球人、ハヤタだ。
これが『ウルトラマン』の物語の「肝」だとぼくは思う。なぜならこの一点があるからこそ、『ウルトラマン』は人間の戦いの延長にあることになるからだ。

ということを念頭において観たとき、次のエピソードはどのように思えるだろうか。
実相寺昭雄脚本、監督作品の『ウルトラマン』第22話「地上破壊工作」。

この回、地上侵略を目論む「地底人」の手でハヤタは拉致されてしまう。地底人は怪獣テレスドンを地上に送り込んで東京の破壊を進めつつ、ハヤタに催眠術をかける。彼らはハヤタを操縦することで、ウルトラマンをも我がものにしようとしたのだった。術にかけられたハヤタの手がベータカプセルに伸びる。フラッシュビームが焚かれる。すると、

ウルトラマンは光の子である。宇宙のかなたM78星雲からの正義の使者ウルトラマンは、たとえハヤタが意識を失っていようとも、光の国のスーパーマンだったのである(ナレーション)

ウルトラマンは登場の際の閃光で地底人を滅ぼすと、地上で暴れるテレスドンと戦い、これを始末した・・・。

・・・ハヤタが意識を失っていても、ウルトラマンは自発的に怪獣テレスドンと戦った・・・。
これはもはや「ウルトラ破壊工作」とも呼べる、恐るべき陰謀と言っていいだろう。ウルトラマンが自分の意思で怪獣を倒し地球を守っているというなら、そこに人間の戦いはない。ウルトラマンは理由もなく人間に肩入れして怪獣を殺戮する、戦闘代行人だ。そしてハヤタは、困った時にウルトラマンを「呼ぶ」だけの人間ということになるだろう。
この瞬間、人間は戦闘をウルトラマンに依存する、哀れな存在に成り果てた。


ウルトラマンに対する子どもの”夢”。
それは果たして、ウルトラマンを「呼ぶ」ことだっただろうか。後の『ウルトラマンタロウ』にはこんな歌詞がある。
力が欲しいと願うとき腕のバッジが輝いて
ウルトラマンは「なる」ものだと、この歌詞は言っているようにぼくには思える。ハヤタを殺したM78星雲人には地球を守る理由なんて存在しない。ただ、ハヤタの強烈なまでの平和への思い、願い、巨大な敵と戦おうとする勇気、それがあるからハヤタはウルトラマンに「なる」。
そして子どもたちは鉛筆か木の枝を空に差し出し、ウルトラマンに「なる」ことを夢見る。

ただ、監督陣の末端にいてはっきりいえることは、これを見る対象としての子供のことなど、わたしは何も考えていなかった、ということだ。ほかの監督さんのことは知らない。少なくともわたしは、子供に”夢”を与えたいということは、全く思わなかった。(「今日の夢・ウルトラの夢」実相寺昭雄)

実相寺昭雄の手で、ウルトラマンと人間ハヤタは分離させられた。ハヤタは困ったときにベータカプセルのスイッチを押し、ウルトラマンを「呼ぶ」だけの人になった。

それへの反撃か、金城哲夫は第26話「怪獣殿下・前編」で、ハヤタ以外の人間にベータカプセルのスイッチを押させている。怪獣ゴモラとウルトラマンの戦闘を見物していた鈴木治少年(怪獣殿下)の目の前に、なぜかベータカプセルが転がり落ちてくる。戦闘が終わって飛び去るウルトラマン。それを見送った少年は、子どもらしい無意味さでベータカプセルのスイッチを連打する。もちろん、何も起こらない。

ここでは、少なくともハヤタ以外の人間がベータカプセルを使っても、ウルトラマンが現れることがないことだけは示されてはいる。が、もう全ては手遅れだろう。
ハヤタの意思とは関係なくウルトラマンが人間社会を守るために怪獣を殺した、というストーリーはもう放映されてしまっているのだ。今さら、ハヤタはあのとき実は催眠術にかかっていなくて・・・なんて、ますます子どもたちの心を裏切る結果にしかならない。


それにしても、実相寺昭雄というのは本当に恐るべき人物だ。
実相寺が1972年に書いた「くたばれ!ウルトラマン!」という文章の中に、次のような一説がある。

そして、現在の怪獣ブームの最大の特質は、実は怪獣が全く姿を消していることにあるのではないだろうか(中略)現在の英雄たちが相手にしているのは、殆どが宇宙から来た侵略者であり、怪獣めいた異形が宇宙人に伴われてやって来ても、彼等はもはや昔日の怪獣ではない。仮想敵国としての侵略側の番犬、または、兵器の一環としてその姿をおどろおどろしく飾っているだけなのである。いわば現在のブラウン管を彩っている英雄たちの相手は、怪獣もどきであって怪獣ではないのだ

おそらく『ウルトラマンA』の侵略者ヤプールとその手先の超獣のことを言っているのだろうと思うが、どうやら実相寺は72年当時の怪獣のありようを嘆いているようだ。最近の怪獣は「番犬」「兵器」「怪獣もどき」であって、彼がウルトラで作り出した本当の「怪獣」とは異なるものだと。

では、『ウルトラマン』で一番初めに登場した「番犬」「兵器」「怪獣もどき」とは何だったか。
・・・テレスドンだ。
実相寺が脚本も監督も担当した「地上破壊工作」の怪獣テレスドンだ。
何のことはない。実相寺こそが率先して、怪獣を侵略者の「番犬」にしていったのだ。

つづく

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。