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竹波エーイチ

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1967年生まれのおっさん。
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小さな英雄/さらばウルトラマン(最終回)

ジェロニモン

ぼくは約25年ぶりにオタク趣味を再開したおっさんなので詳しい顛末については知らないが、1980年代のウルトラファンの間では「ウルトラマン=安保構造」という説があったようだ。今ぼくの手元にある本では『ヒーローの修辞学』(平松洋)『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(佐藤健志)がそういった議論を展開している。いずれも発刊は1992年。

このウルトラマン=安保構造説を簡単に言うと以下の通り。

怪獣=テロや災害
宇宙人=ソ連・北朝鮮
科特隊=自衛隊
ウルトラマン=在日米軍

つまりは国防や治安維持を米軍に依存している日本人の甘え意識が『ウルトラマン』世界と一致したため、平均視聴率30%以上というあれだけの大ヒット作となったのだ、という理屈だ。
なるほど、それならアメリカやヨーロッパで『ウルトラマン』がヒットしなかった理由の説明にもなり、かなりの説得力がある・・・というような気がするが、実のところ金城哲夫はそんなことにはとっくに気がついていたようだ。

第37話「小さな英雄
最終回を2話後に控えたこの回は、多々良島でレッドキングに殺されたピグモンが復活して、日本の危機を伝えるためにはるばる来日してきたことから始まる。
ピグモンは言う。
「科学特捜隊とウルトラマンに倒された怪獣たちがジェロニモンの力で命を復活して、科学特捜隊に復讐するため総攻撃をかける。あと5時間で世界各地から60匹以上の怪獣が日本に終結する。今のうちにジェロニモンを倒せ。ジェロニモンは怪獣の酋長で、超能力を持っている。注意せよ」

ここで語られている最も重要な点とは何か。
それは怪獣たちが知性を持ち、明確な目的を持って行動し始めた、ということだ。これは明らかに『ウルトラQ』や初期の『ウルトラマン』に見られた、八百万の神としての怪獣というものの自己否定と言えるだろう。怪獣はついに侵略者となった。

ではその怪獣たちから見たウルトラマンとは何か。
第7話「バラージの青い石」では、ウルトラマンも怪獣と同じく「神」だと表現された。ここには怪獣=悪、ウルトラマン=善という単純な勧善懲悪を嫌った金城の感覚が見てとれる。ウルトラマンと怪獣には上下はない。ただウルトラマンは、人間ハヤタの意志の実現として怪獣と戦うのだということだろう。

しかし怪獣が組織的な侵略者になってしまえば事情は異なる。ウルトラマンはここでも怪獣対人間の戦いに割り込んでくる第三者のM78星雲人でしかない。
こうして金城哲夫自らの手で『ウルトラマン』の世界は完全に崩壊させられた。

そしてその理由こそが、上記ウルトラマン=安保構造説に金城自身が気がついていたからだとぼくは思う。
怪獣酋長ジェロニモン。
この名前が、北米大陸の先住民、インディアン・アパッチ族のジェロニモに由来していることは疑いがない。だからわざわざ怪獣の「王」ではなく「酋長」と呼んでいる。そしてかつてジェロニモが戦った相手と現在ジェロニモンが復讐を誓う相手をだぶらせている。
つまりウルトラマンは「アメリカ」だと、金城は言っているのだ。

沖縄出身であの沖縄戦を実体験した金城にとって、『ウルトラマン』が内在してしまったこの構造はあってはならないものだったことだろう。また、子どもたちが無邪気にウルトラマンをヒーローとして喝采することも許されざることだっただろう。それでは子どもたちは、当時なおも沖縄を占領し続けているアメリカ軍を応援していることになってしまう。

かくして最終回「さらばウルトラマン」では金城の手によるウルトラ殺しが実行された。
そしてウルトラマンを見送るムラマツ隊長は言う。
「地球の平和はわれわれ科学特捜隊の手で守り抜いていこう」



と言うと、なんだか不安に満ちてはいるが人類が自立していく船出の日、といった印象があるかもしれないが、実は金城自身はそうは思っていなかったようだ。果たして人類にとって、本当にウルトラマンとは必要な存在だったのか? 金城はそうではないと言っているようにぼくには思える。以下に最終回「さらばウルトラマン」で交わされたゾフィーとウルトラマンの対話を引用する。

「わたしはM78星雲の宇宙警備隊ゾフィー。さあ、わたしと一緒に光の国に帰ろう、ウルトラマン」
「ゾフィー、わたしのからだはわたしだけのものではない。わたしが帰ったら、一人の地球人が死んでしまうのだ」
「ウルトラマン、お前はもう十分に地球のために尽くしたのだ。地球人は許してくれるだろう」
「ハヤタは立派な人間だ。犠牲にはできない。わたしは地球に残る」
「地球の平和は人間の手でつかみとることに価値がある。ウルトラマン、いつまでも地球にいてはいかん」
「ゾフィー、それならばわたしの命をハヤタにあげて地球を去りたい」
「お前は死んでもいいのか?」
「構わない。わたしはもう2万年も生きたのだ。地球人の命は非常に短い。それにハヤタはまだ若い。彼を犠牲にはできない」
「ウルトラマン、そんなに地球人が好きになったのか。よろしい、わたしは命をふたつ持ってきた。そのひとつをハヤタにやろう」
「ありがとうゾフィー」
「じゃ、ハヤタと君のからだを分離するぞ」


この対話からは、仮にも「宇宙警備隊」を自称するゾフィーが、地球を警備する気など全くないことがはっきりと見てとれる。そしてゾフィーはまた、ウルトラマンが地球に残りたがっている理由を「そんなに地球人が好きになった」だけだと見ていることもわかる。要するに警備のプロフェッショナルであるゾフィーから見て、地球人には特別ウルトラマンの手助けは必要ないということだ。だから余計なおせっかいはやめろと、ゾフィーは言っているのだ。

ここで「ウルトラマン」を「在日米軍」と言いかえると、金城の真意がうかがえるようで思わず笑いがこみ上げてきてしまうが、それはさておき、実際のところ「怪獣酋長」などと何やら最強を臭わせるジェロニモンを倒したのはイデ隊員だったし、ウルトラマンを敗ったゼットンを倒したのも科特隊の新兵器だった。たしかにウルトラマンがいてくれれば科特隊の被害は最小で済むだろう。しかし絶対に必要かといえば実はそうでもない。そういったあたりが妥当な位置だろうとぼくは思う。

もしかしたら2万年もの間、怪獣墓場とM78星雲を往復してきたウルトラマンは、今の生活に飽き飽きしていたのかもしれない。それが誤って殺してしまったハヤタの残留思念に触れたとき、若き日のあの燃えたぎるような情熱を思い出したのかもしれない。よし、この若者に力を貸してやろう。
案外そんなところが、ウルトラマンが地球にとどまった理由だったのかもしれない。

と言うのも、続く『ウルトラセブン』がまさにそういったひとりの宇宙人と、人間たちとの友情を描いた物語だったからだ。

つづく

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