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竹波エーイチ

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1967年生まれのおっさん。
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超兵器R1号/セブン暗殺計画

ポール星人

人類(実際には日本人)を保護し、その国防と治安維持を代行したウルトラマンは、のちに在日アメリカ軍のメタファーだと指摘された。そして金城哲夫自身にも、その隠された構造を自覚していたフシがあった(※参考記事)。
が、『ウルトラセブン』にはそういったネガティブな構造は存在しなかった。
それは、日本人が「核」を持てる世界の話だったからだ。

第26話「超兵器R1号」(脚本:若槻文三)
日本人、瀬川博士と前野博士は、新型水爆8000個の爆発力を誇る惑星攻撃用ミサイル「R1号」を完成させた。彼らは半年に及ぶ調査を経て、その実験対象に生物の存在しないギエロン星を選んだ。
ダンは「地球を守るためなら何をしてもいいのですか」と実験の中止を進言しようとする。核による惑星間戦争の抑止力については
「血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ」
と嘆く。結局実験は行われ、ダンはさらに嘆く。
「ぼくは絶対にR1号の実験を妨害すべきだった、本当に地球のことを愛していたのなら・・・地球防衛という目的のために・・・。それができたのは、ぼくだけだったのに・・・」
実験は成功し、ギエロン星は宇宙から消滅した。しかし事前調査には誤りがあって、ギエロン星には生物がいた。その「ギエロン星獣」は復讐のために地球に飛来する。ギエロン星獣が異常に強いのも困りものだったが、問題はそれが被爆による核汚染を受けていたことだった。ギエロン星獣は放射能をまき散らしながら東京を目指すのだった。


このエピソードが当時の米ソの軍拡を強烈に批判したものであることは確かだろう。
が、貧国北朝鮮までが核兵器を保有している現在に、そんな点を議論していても意味はない。核を持たぬ日本に、軍拡による悲しいマラソンもへったくれもない。

注目すべきは、ダン=セブンが(保護者・庇護者でなく)協力者・助言者というスタンスを維持できた背景には、地球人(実際には日本人)の自衛力があるという点だろう。
同じく若槻脚本の「ダークゾーン」では、地球人は宇宙最高レベルの科学力で建設されたペガッサ市を易々と破壊した。セブンを一度は敗ったキングジョーを爆破したのも、防衛センターが開発した新兵器だった。

『ウルトラセブン』では、こうした地球人類(実際には日本人)の強大な自衛力の存在によって、ダン=セブンを保護者や庇護者の立場から解放した。そこに『ウルトラマン』で指摘されたような、安保依存の構造はない。
それどころか、人間にとって本当にウルトラセブンは必要なのか? といったエピソードも存在した。

第25話「零下140度の対決」(脚本:金城哲夫)
ポール星人による地球第三氷河時代作戦が始まった。彼らは手始めに地球防衛軍基地を氷結させたが、パトロール中だったダンは雪にはばまれ基地に戻れない。低温に弱いM78星雲人の体は次第に衰弱していく。基地では多くの凍死者を出しながら粘り強く復興作業を続け、あわや完全撤退かというところでついに原子炉の回復にこぎつける。怪獣ガンダーを倒したセブンにポール星人は言う。
「ウルトラセブン、どうやら我々の負けらしい。第三氷河時代は諦めることにする。しかし我々が敗北したのはセブン、君に対してではない。地球人の忍耐だ。人間のもつ使命感だ。そのことをよく知っておくがいい」
実際ダンは話のほとんどを雪上に落としてしまったウルトラアイを探すことに費やしていて、基地の復興には何も貢献していない。

第39話、第40話「セブン暗殺計画」(脚本:藤川桂介)
地球人を降伏させるにはセブンを倒してしまうのが先決だと考えたガッツ星人は、怪獣アロンを使ってセブンの能力を徹底的に研究し、見事セブンを捕獲することに成功する。ガッツ星人は夜明けとともにセブンを処刑すると防衛軍に通告してくる。タケナカ参謀は言う。
「やつらはわれわれの目前でセブンを処刑し、地球人に心の拠り所を失わせようとしているのかもしれない。そうすることによって地球人は彼らと戦う勇気を失い、服従を認めてしまうようになるだろう」
しかしそれは杞憂だった。ウルトラ警備隊は誰一人諦めることなく最後の最後まで行動し、ついに囚われの身となっていたセブンを救出したのだった。


こちらのエピソードでは、ウルトラセブンという大き過ぎる存在が、人間にとってはむしろ急所になってしまっていることが描かれている。これは、シェーンという存在が人々の抗争をより一層深刻にしてしまった『シェーン』の展開と同じものだ。
そして、当時0才だったぼくには知る由もないが、当時の大人たちにはいよいよ『ウルトラセブン』の物語が終末に近づいていることを感じることができたに違いない。
『ウルトラセブン』が『シェーン』であるなら、シェーン自身を狙ってくる敵の登場の次に来るものは、第一に許されざる男女の愛。そして男たちの悲しいまでに深い友情。

もちろん『ウルトラセブン』最終回「史上最大の侵略」にはそのどちらもある。

が、それをみる前に、このブログのテーマである「ヒーロー番組に仕込まれた自虐史観」が『ウルトラセブン』にも存在するのかを検討しておく必要があるだろう。

つづく


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