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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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ウルトラマン夕陽に死す/ウルトラの星光る時

ウルトラマン獄門のうえ市中引き回しの刑

例によってダラダラと雑談のような話が続いているが、いま問題にしているのは、ぼくたちが幼児期に熱中した『帰ってきたウルトラマン』のテーマとは何だったのかということだ。
それでAmazon等で入手できる範囲内で書籍にあたり、インターネットでもあれこれ検索してみたところ、『帰ってきたウルトラマン』といえば「人間ウルトラマン」であり、第33話「怪獣使いと少年」に見られる沖縄人上原正三の怨念や差別の告発を中心に語られているということがわかった。

しかしぼくがそういった言説を認めながらも受け容れがたいのは、23歳の成人男性の苦悩や成長、あるいは被差別民の怨念を、当時まだ幼児や児童だったぼくらに見せて、いったい何になるんだという疑問があるからだ。そんなものは大人になるにつれて勝手に理解していけばいいことで、頭の柔軟な幼児期にむりやり押しつけるようなことではない。

「怪獣使いと少年」を「深い」などと言う人もいるが、民族差別の告発であれば『絞死刑』(大島渚/佐々木守)でも観た方がよっぽど深刻で心に迫るわけで、実はそこには(ウルトラマンにしては・・・)とか(ウルトラマンのくせに・・・)といったカッコ書きがついているような気がしてならない。要は「怪獣使いと少年」ばかりを取り上げることは、内心ではウルトラマンをバカにしていることの裏返しの現れである可能性だってあるのだ。

『帰ってきたウルトラマン』は所詮は「ジャリ番」だ。そこから大人の視聴に耐える作品を探そうなんてのは、どだい無茶な話だろう。しかしぼくらは確かに子どもの頃にこの番組に熱中し、何かを受け取った。だから、いま大人の目でこの作品を見直すなら、個々の作品の優劣とかではなく、作品全体からぼくらが何を受け取ったのか、あるいは受け取るべきだったのかを見つめることが求められるようにぼくは思う。

と言ったところで、それでは『帰ってきたウルトラマン』のテーマとは何だったのか。
テーマというのは、要は繰り返し繰り返し強調して語られるものを言う。『帰ってきたウルトラマン』でいえば、それはウルトラマンが大事なところで怪獣に負けてしまったり、MATがやたらと解散を迫られたり、何かと東京ばかりが大惨事に見舞われることなどが上げられるだろう。ならばそれらが「全体として」伝えようとしていることこそが、『帰ってきたウルトラマン』のテーマだと考えていいはずだ。


現在発売されているDVD『帰ってきたウルトラマン』第9巻のライナーノーツには、すっかりおじいちゃんになった上原正三のインタビューが掲載されている。
副題はズバリ「子どもたちに伝えたかった『本当』のテーマ」だ。

「『帰ってきたウルトラマン』でひとつ言えるのは、子供たちに『自分で考えて行動しなくちゃいけないんだ』ということを伝えたかったんですね」
「親に言われたことを、先生に言われたことをそのまま鵜呑みにするんじゃなくて、自分の価値観で反芻して、自分の足で立って、自分の目で見ることができるような子供になって欲しいという思いがありました」

以上、本文中から「子供」が含まれる文章を引用させていただいた。
さて、それではこれからあげる作品を通して、上原正三は当時の子供だったぼくらに何を自分の頭で考えて欲しかったのだろう。そして、どう行動して欲しかったのだろう。

第37話「ウルトラマン 夕陽に死す
地球侵略を狙うナックル星人は、郷秀樹の心理をかく乱することで、ウルトラマンの精神状態にも悪影響を与えられると考えた。そこで郷の恋人である坂田アキをクルマで誘拐し、それを制止しようとした坂田健をはね飛ばして殺し、逃げようとしたアキもそのまま引きずり回して殺害してしまった。このナックル星人の計略は的中し、怒り狂う郷の心理の影響を受けたウルトラマンは冷静さを失い、ついには怪獣ブラックキングの前に敗れ去る。ナックル星人はUFOを呼び寄せるとウルトラマンをはりつけにし、東京上空を引き回す。多くの都民が、そして次郎くんが、この無惨な光景を目撃した。ウルトラマンは完全に敗北し、いま宇宙の処刑場に連行されようとしている。

さらに続く第38話「ウルトラの星 光る時
ウルトラマンを連れ去ったナックル星人は、MATに対し「12時間以内に無条件降伏せよ」と通達してくる。それに対しMATはナックル星人の地上基地を襲撃しようとするが、罠にはまった隊員たちは次々にナックル星人に捕まってしまい、そのリモートコントロールを受けてしまう。ウルトラマンに続いて、今度はMATまで敵の手に落ちてしまったのだった・・・。


東京都民が、政府部会が、そして地球防衛庁が願った「MAT解散」はこうして実現した。
しかしナックル星人の侵略はこれからだ。その大船団は刻一刻と地球に近づいてきているのだ。さあ、急いでアメリカMATに救援を頼むんだ! ぼくらを救ってくれるのはアメリカMATしかいない!!
早く来てくれ、正義のヒーロー、アメリカMATよ!!!


・・・・・・来るわけがない。
アメリカMATは、アメリカを守るためのMATだ。アメリカだって侵略の危機にさらされている時、どこに本国を差し置いてヨソの国を守るバカがいるものか。在日米軍だって第7艦隊だって、あわてて帰国の途についているに決まっているじゃないか。
だから加藤隊長は、どんなに罵倒されても、嘲笑されても、ひたすら屈辱をこらえてMAT解散に抵抗した。唇をかみしめて、MAT存続を主張した。最後の最後まで日本を守るために戦えるのは、結局のところ日本人しかいないのだ。

そう考え直したとき、ここに『帰ってきたウルトラマン』の根本問題が姿を現す。

それは、そもそも何故ウルトラマンは帰ってきたのか、ということだ。

長いのでつづく


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