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竹波エーイチ

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1967年生まれのおっさん。
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ウルトラ5つの誓い ~『帰ってきたウルトラマン』最終回

ウルトラ5つの誓い

『帰ってきたウルトラマン』第51話「ウルトラ5つの誓い」(脚本:上原正三 監督:本多猪四郎)

バット星人による「ウルトラ抹殺計画」が発動した。M78星雲に総攻撃をかけるバット星の大艦隊が発進する。
その一方、東京にはバット星人に連れられた宇宙怪獣ゼットンが出現する。バット星人はゼットンにMATの注意を引きつけておくと、その間にMAT基地を破壊してしまう。基地は浸水し、一切の武器弾薬は使用不能になる。
MATはただ一機、不時着して残されていたアローを修理するものの、燃料不足でせいぜい10分の飛行しかできない。この危険な任務に志願したのは、郷だった。郷は隊員ひとりひとりと握手を交わすと、出撃していく。誰かが言う。
「あいつ、まるで死にに行くみたいだな」

郷は単機ゼットンに挑むがアローは炎上、ウルトラマンに変身する。ウルトラマンは強敵相手に苦戦するが、ウルトラブレスレットでバット星人を倒すと、コントロールを失ったゼットンをウルトラハリケーン+スペシウム光線で倒したのだった。
戦いは終わった。

しかし、郷はついに帰ってこなかった。夕暮れの浜辺で、郷に黙祷を捧げるMATの隊員たち。
伊吹隊長はいう。
「さあ、我々はいつまでも悲しんでばかりはおれんぞ。破壊されたMAT基地の再建をはかること。おそらく郷も、それを一番望んでいるであろう」
やがてMAT隊員が去っていった後も、なおも墓標の前にたたずむ次郎くんとルミ子(郷のマンションの隣人)。すると、そこにいつものように笑顔で現れる郷秀樹だ。
郷はルミ子にいう。
「旅に出るんです。平和なふるさとを戦争に巻き込もうとしているやつらがいる。だから手助けにいくんだ」
郷は次郎くんの今後をルミ子に託すと、今度は次郎くんにいう。
「ウルトラ5つの誓いを言ってみろ」
次郎くんは「いやだ」という。郷との別れを受け入れられなかったのだろう。
すると郷はいう。
「言いたくなければいい。だが次郎、大きくなったらMATに入れ。MATの隊員はみな勇気ある立派な人たちだ。君も、嫌なもの、許せないものと戦える、勇気ある男になるといい」
今度はうなずく次郎くんだ。

夕陽に照らされる波打ち際を、ゆっくりと歩いていく郷のシルエット。やがてそれは立ち止まり、静かに両手を上げる。郷がはじめて次郎くんに見せた、ウルトラマンへの変身。しかし、次郎くんはウルトラマンにむかって「郷さーん」と呼びかける。次郎くんにとって、ウルトラマンの姿になってもなお、その人は郷秀樹という人間だった。
飛び去るウルトラマンを追って、次郎くんも砂浜を駆け出す。そして泣きながらウルトラ5つの誓いを叫ぶ。

「ウルトラ5つの誓い!
 一つ、腹ぺこのまま学校に行かぬこと!
 一つ、天気のいい日に布団を干すこと!
 一つ、道を歩くときにはクルマに気をつけること!
 一つ、他人の力を頼りにしないこと!
 一つ、土の上を裸足で走り回って遊ぶこと!
 聞こえるかい? 郷さーん。」



ウルトラ5つの誓い」とは何か。
それは「自立」ということだ。親を頼らず、自分の身は自分で守り、そのための頑健な体を作る。全ては子どもが「自立」した人間に育っていくための基本中の基本だろう。
兄の健、姉のアキを殺され、天涯孤独になってしまった次郎くんは、テレビの前のぼくらよりも早く自立しなくては生きてはいけなかった。だからウルトラマンは「ウルトラ5つの誓い」を残して、次郎くんの元を去っていった。
『帰ってきたウルトラマン』の次郎くんの物語とは、とどのつまり、次郎くんが自立していくための物語だった。

では、『帰ってきたウルトラマン』のもう一つの物語、MATの物語とは何だったのか。
それは、自分の国は自分たちの力で守るんだという、「国」の「自立」の物語だった。日本人が自衛力を維持していくための、内なる戦いのドラマだった。

「人」の自立と「国」の自立。
『帰ってきたウルトラマン』の二つの物語はこうして一つに結合し、今、ウルトラマンは本当に地球を去っていく。彼にもまた、彼自身の手で守らなければならない故郷があった。
だから日本の平和は日本人が守らねばならず、まだ幼い次郎くんはいつの日か、自立した一人の勇者としてMATに入隊することだろう。心にいつも、郷秀樹の思い出を抱きながら・・・。
ウルトラマンはそのための道筋を残して、ついに完全に地球を去っていくのだった。

この『帰ってきたウルトラマン』の最終回までの道程が、金城哲夫が語り尽くせなかった『ウルトラマン』『ウルトラセブン』のメッセージの再構築であることは疑いがないように思える。次郎くんという視聴者に近い存在を登場させることで、上原は金城のメッセージの全てを語り尽くした。
そのように、ぼくは思う。


しかしなぜ、「自立」なんだろう。

人の自立。それは、人が「自分の価値観で反芻して、自分の足で立って、自分の目で見る」ことに他ならない。そこに、後天的に得た属性、たとえば「日本人」か「沖縄人」か、といった価値判断は存在しない。自分がイジメられないために、イジメっこグループに帰属しようといった行動も存在しない。それらはすべて、他の誰かが決めた幻想の集団への「依存」から始まることだからだ。そこに人の「自立」がないから、差別はなくならず、イジメもなくならない。

そして国の自立。
沖縄にアメリカの軍事基地を押しつけておいて、素知らぬ顔で平和憲法をありがたがる日本人。そこにもまた、「自立」はない。
ウルトラマンだって、彼の故郷を守るためには地球を後にしたのだ。アメリカ人が本当に最後の最後まで、ぼくらの日本を守ってくれるという保証はどこにもない。

上原正三は「沖縄は植民地」だと言ったが、本当は「日本は植民地」だと言いたかったのかもしれない。戦後60年を経過した今なお、この国は国民の生命と安全をアメリカに「依存」し、そのために莫大なカネをアメリカに支払っている。「年次改革要望書」を突きつけられ、国民の財産をせっせとアメリカに貢いでいる・・・。

沖縄の基地問題を解決したいなら、国が自立しなくてはならない。
あらゆる差別をなくしたいなら、それぞれの人が自立しなくてはならない。
東京で生きた沖縄人、上原正三は、そんな願いをまだ幼かったぼくらに託したのだと、ぼくは考えている。


こうして幕を閉じた『帰ってきたウルトラマン』。
いま、改めておっさんになった目でこの作品を観るとき、ぼくは心の奥から沸々とわき上がってくるような喜びをそこに感じる。多分にぼくの妄想的解釈が入り込んでいることは認めつつも、幼児期にこのようなメッセージをもった番組に触れていた自分に誇りを感じる。

しかしその一方で、いまだに「自立」できていない自分とこの国を、恥じる。

つづく


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