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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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奇跡!ウルトラの父 〜ウルトラマンの父性

ふたりの「父」

北斗星司が、視聴者の子どもたちに「父性」を示せていない状況は、これまで見てきたとおりだ。
しかし作品中で「父性」を示すのは、何も主人公に限る必要はない。隊長でもいいし、隊員でもいいし、街の普通の人たちでもいい。女性が示すのも大いに結構だ。
要は、子どもたちに「こう生きよ」という人生の普遍的な規範となるものを示せばいい。

そして、ここに登場してくるのが、光の国の最高司令官、ウルトラの父だ。
なにしろ、ウルトラファミリーの頂点にいる人だ。きっとその父性もウルトラ級に違いない。
そしてTACチームの「父」とも言える、竜五郎隊長が主役を張る。
物語は、侵略宇宙人によって実の「父」を殺されたヒロシ少年を中心して進んでいく。彼らふたりの「父」は、果たしてヒロシ少年に何を伝えることができるのか。

ということを念頭に、以下の(長い)あらすじをどうぞ。


第26話「全滅!ウルトラ5兄弟」、第27話「奇跡!ウルトラの父」。
東京に突然ヒッポリト星人が現れ「ウルトラマンAを引き渡せ」と言って暴れまくる。すぐTACが攻撃に向かうが、ヒッポリト星人の体はミサイルやビームを素通ししてしまい、効果がない。ヒッポリトは高笑いで手に持ったウルトラマンAの人形の首をへし折ると、虚空に消える。
星人を探してパトロールを続けた北斗と夕子は、山中で炎上している車を発見する。そこにはヒロシ少年の父が瀕死の状態で倒れていた。彼は、さっきまでそこにいた星人にぶつかったと言って息絶える。そのそばには、彼がヒロシにプレゼントしようとしたウルトラマンAの人形が、首を折られた状態で転がっていた。

北斗と竜隊長は新品のA人形を買ってヒロシの父の葬儀に出向く。ヒロシは人形を受け取るとそれを投げ捨てて「Aを早く星人に渡しちまえばいいんだ。そうすれば星人はおとなしくなるのに」と言う。
再び星人が現れる。変身したウルトラマンAはヒロシの父が死んだ山中に飛ぶ。そこにはヒッポリト星人の本体がいた。東京に現れた星人は幻影だったのだ。すぐにウルトラマンAと星人の戦いが始まった。しかしウルトラマンAは隙をつかれ、カプセルの中に閉じ込められてしまう。するとそこにウルトラ4兄弟が救援に来るが、彼らも同様にカプセルに閉じ込められ、ついには全員ブロンズ像にされてしまう。

いったん本部に引き上げようとするTACのクルマを市民が取り囲む。彼らは言う。
「星人を攻撃するのはやめろ。俺たちの町が焼かれるのはもういやだ。地球を渡すことと我々が奴隷になることは別のことだ」
ヒロシも竜隊長に言う。
「TACが星人と戦ったからいけないんだ。星人の言うことを最初から聞いておけば、父ちゃんもAも死ななくてすんだんだよ」
これを聞いた竜隊長はヒロシにこう言う。
「ヒロシくん、誰かが君の大切にしているものを黙って持って行こうとしたら、君は怒るだろう? いま、星人は、人間たちの宝物である地球を黙って自分の物にしようとしているんだ。私たちは、怒らなければいけない」

TACはヒッポリト星人攻撃用に「携帯用細胞破壊ミサイル」を開発するが、エネルギーが半分しか入っておらず、そのぶん星人に接近する必要があることがわかる。この危険な任務は竜隊長の決定により、竜自身が行うことになった。隊員たちに命じた陽動作戦も成功し、星人に接近した竜は見事にミサイルを命中させる。しかし効果はなく、竜はたちまちピンチに陥る。

するとそこにウルトラの父が現れる。しかし、長い旅のあいだにエネルギーを使い果たしてしまったウルトラの父は、ヒッポリト星人に敵わない。ウルトラの父は全てのエネルギーをウルトラマンAに与え、自分は死ぬ。エネルギーの回復したウルトラマンAは星人を倒し、兄弟たちをブロンズ像状態から救出する。兄弟たちは父の亡がらをM78星雲に運んでいくのだった・・・。


くどくどとした説明は不要だろう。
今回、竜隊長はおろか、ウルトラの父でさえ、ヒロシ少年に与えられるべき父性は何も示せていない。竜隊長は、隊員たちの命を守るために彼らには安全な陽動作戦を命じ、自らが危険な任務についた。ウルトラの父も、「息子」たちを助けるために自分の命を犠牲にして駆けつけた。
どちらの「父」も、そこに示したのは「身内を守る」ための母性だった。実父を失った悲しみに暮れるヒロシに、彼らが与えたメッセージは何もなかった。ヒロシにはもう父がいないという現実を、改めて突きつけ直しただけのことだった。

理由は簡単だ。
それは、竜五郎とウルトラの父が、この時代に求められた、物わかりのいいフレンドリーな父親像から導き出されたキャラクターだからだ。それは、ヒッポリト星人の言うとおりにウルトラマンAを引き渡せ、と言ってTACのクルマを取り囲んだ市民と同じ姿だ。彼ら市民も、自分の身内の安全だけを求めてきた。それに応えるように、竜五郎もウルトラの父も、自分の身内の安全を第一に行動した。全員、同じ穴のムジナだった。

だから、ヒロシの心は何も変わることがない。ヒロシはいつか成長し、大人になり、星人の言うとおりにしろ!と喚きながらTACのクルマを取り囲む新たな一人になるだろう。


ぼくに言わせれば、ウルトラシリーズではこの「奇跡!ウルトラの父」ほど救いのないエピソードはないと思う。これに比べたら「故郷は地球」や「怪獣使いと少年」など可愛いもんだ。
『帰ってきたウルトラマン』では、郷秀樹の父性が幼い次郎くんを導いていくという、強烈な父性の移転が予感された。しかしこのエピソードはまるで反対だ。父性なき大人たちの再生産が、今まさに目の前で完成したのだ。そして究極の「父」までが登場した今、もはやヒロシを救えるものはどこにもいない・・・。


・・・ど、どうして、こんなことになってしまったのか・・・、と頭を抱えるような人は、こんな長文ばかりの頭のイカレたブログを平気で読むような人にはいないだろう。
個人の自由や権利を追求することと、規範や倫理を示す父性とが、そもそも最初から相容れない存在だなんて、分かりきったことだからだ。

例えば、個人の自由だと称して国歌斉唱で起立しない教員がいたとしよう。この教員のクラスの子どもたちは、個人の自由だとして授業中にケータイを使い、早弁したり昼寝をしたり、自由に過ごせばよいだろう。
例えば、夜の10時頃、「これは深刻な人権問題ではないでしょうか」などと、したり顔で抜かすニュースキャスターがいたとしよう。この人物が、汚職政治家や公務員を責めることはできないだろう。それは彼らの自由だからだ。
要するに、戦後民主主義のもとでは、法に触れさえしなければ何をしようと個人の自由だ。

しかし、一神教の国々では違う。程度の違いこそあれ、どこも「神」のもとの自由であり、「神」のもとの人権であり、「神」のもとの平等だ。絶対的な父性が、そこには存在する。だからそんな国々では、最初から「ヒーロー」など必要ない。子どもたちに与える規範も倫理も、すでに存在しているというわけだ。

ただ、日本にも実はハッキリとは見えにくいが「神」は存在する。その「神」のもとの規範も倫理も存在する。
それはアメリカ合衆国だが、ここは政治ブログじゃないので、今はさらっと流してしまおう。

話を戻すと、この「奇跡!ウルトラの父」に続くエピソードが「さようなら夕子よ、月の妹よ」であることは余りにも暗示的だ。物語は命じている。一人になった北斗は、今度こそ彼自身の行動で、ウルトラに父性を取り戻さなければならない、と。もちろん、北斗もそれを自覚したのか、必死になって子どもたちに語りかけていく。

しかし、今度もまた、北斗星司=ウルトラマンAは、時代の渦の前に敗れ去っていったのだった。

つづく

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