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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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ウルトラマンA 明日のエースは君だ!

最後の変身

『ウルトラマンA』最終回「明日のエースは君だ!」。
この回を極限まで要約してしまえばこうなる。

ウルトラマンのお面をつけて宇宙人の子どもをいじめていた人間の子どもに対して、ウルトラマンAがこう言い残して地球を去っていった。
「やさしさを失わないでくれ。
 弱いものをいたわり、
 互いに助け合い、
 どこの国の人たちとも友だちになろうとする気持ちを失わないでくれ。
 たとえ、その気持ちが何百回裏切られようと。
 それがわたしの最後の願いだ」


この「明日のエースは君だ!」が世間で言われているような「名作」ではないことは、ついウッカリとこんなブログを延々と読んでしまった運の悪い方々には、もう明白なことだと思う。
「やさしさを失」っていたのは、子どもたちではなくウルトラマンAのほうだった。
「裏切られ」たのも、ウルトラマンAではなくて、子どもたちの方だった。
だからこそ、彼らはあえてウルトラマンのお面をつけて、宇宙人をイジメた。これは子どもたちによる、ウルトラへの復讐だったのだ。

面倒くさいがもう一度整理しておこう。
まず、ウルトラマンの父性は、人間に対して直接には示されることはない。それは、怪獣に対して示されるものだ。
一方、ウルトラマンは善悪賢愚を問わずに人間を救済する点において、人間への母性を示していると言える。
では、人間への父性は誰が示すかと言えば、それはウルトラに変身する前の主人公だった。
※言うまでもないが、怪獣への母性は誰も示す必要がない。

ところがウルトラマンAは、最初から人間に対する母性を持っていなかった。彼は、ヤプール人と戦って勝つ、という「使命」のために地球に来た。だからウルトラマンAは、ウルトラ兄弟の命をとるか、地球のピンチを救いに行くかの選択を迫られたとき、迷わずウルトラ兄弟の命を選んだ。

では、もともと人間に父性を示さないウルトラが、地球と人間への母性まで失ったとき、そこに残るものは何か。
無論それは、怪獣に対する父性だ。
だから子どもたちは忠実にウルトラマンAを模倣し、宇宙人をイジメた。

さらにウルトラマンAは、地球の人間を「ウルトラの星」が実際に”目に見える”かどうかで選別した。北斗星司と梅津ダンはウルトラ側の人、それ以外は地球人、というように線引きし、ウルトラマンになれるのは選ばれたエリートだけであることを認めてしまった。

だから最終回で、イジメられていた宇宙人の子どもが、実はヤプール人の変装であることを北斗が彼の超能力で見破ったと言ったとき、子どもたちは”目に見える”「証拠を見せろ」と北斗に詰め寄った。
これは「ウルトラの星」が見えない子どもたちによる、ウルトラへの痛烈な反撃だったのだ。

やさしさを失い、子どもたちを裏切り続けたのは、ウルトラマンAだった。
だから見よ。
今まさに去りゆくウルトラマンAに向かって、子どもたちは「さようなら」とは言ったが、誰一人として「ありがとう」とは言わなかったじゃないか・・・。


だが、どうしてこんなことになってしまったのか。
それは皮肉なことに、ウルトラマンAが「やさしい」ウルトラマンだったからだ。ウルトラマンAは自分の主義主張を押しつけることなく、当時の日本の社会風潮を積極的に取り入れた。
それが戦後民主主義だ。

ところが、良かれと思ったその風潮は、北斗星司から子どもたちに示すべき父性を奪い取るものだった。
ウルトラマンAは自家中毒を起こし、全てを失った。ウルトラマンAは敗北した。


しかし、改めてよく考え直してみれば、そもそもの問題はウルトラマンAが地球と人間への母性を持っていなかったことにあることに気づく。ウルトラマンAは、ヤプールという「悪」を倒す「正義」として来訪した。ウルトラマンAは、ウルトラ史上初めての「正義のヒーロー」だった。

しかしなぜ、ヤプールは「悪」なんだ?
ぼくはざっと2回『ウルトラマンA』全話を観たが、ヤプールが何の目的で地球を侵略しに来たのかを思い出すことができない。つまりヤプールとは「絶対悪」だった。

そして、残念ながらウルトラマンAは、ヤプールを「絶対悪」だと見なすことこそが、まさに戦後民主主義にどっぷりと浸かる陥穽であることに気がついていなかった。「絶対悪」と戦うことと、個人の自由や権利を最重要視することは、実は根っ子を同じくすることなのに、だ。
つまり、たしかに北斗星司から父性を奪い取ったのは戦後民主主義だったが、それ以前に、ウルトラマンAは最初から戦後民主主義者として登場したと言えるのだ。


Wikipediaには、こんな記述がある。

ウルトラマンシリーズにおいては、異次元人ヤプールのようなレギュラーの敵組織という試みは初めてのことであった。この点は、『仮面ライダー』においては「ショッカー」というレギュラーの敵組織が存在することから触発されたもの、としばしば解釈されている


ヤプールという敵組織は、実は『仮面ライダー』の「ショッカー」から触発されたものだった・・・。
ならば、ぼくたちは、みじめに敗北していったウルトラマンAの鎮魂のためにも、今度はショッカーを追って『仮面ライダー』の世界に入っていかなければならないだろう。


つづく

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