プロフィール

竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
一つの 「カテゴリ」 で一つの記事となってます(記事は古い順に並んでます)。同世代のおっさん向け。

カテゴリ
もくじ

全ての記事タイトルを表示する

月別アーカイブ
ブログ内検索
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

主要記事
リンク
応援中
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

フリーエリア
趣味 - シュミラン

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

月光仮面 祝十郎の正義

月光仮面

『仮面ライダー』がいわゆる「正義のヒーロー」を否定するかたちで構想されたことはすでに書いたとおりだが、実はその大先輩ともいえる『月光仮面』も、「正義のヒーロー」ではなかった。それは、「正義の味方」と明確に定義された存在だった。

月光仮面第二部「バラダイ王国の秘宝」から、第二回「黄金の鍵」。

あるとき、探偵事務所を開いている主人公、祝十郎のもとに浅香と名乗る男が訪ねてくる。浅香は1本の鍵を出し、これを日本に亡命中のシャバナン殿下に渡して欲しいと言う。それは600年前に滅びたバラダイ国の秘宝につながる鍵で、彼が終戦直後の仏印である老人から託されたものだった。しかし浅香は帰国後ずっと北海道の炭坑で働いていたため、今回転勤してくるまでシャバナン殿下が東京にいることを知らなかった。そして、すでにこの秘宝をめぐる事件に関わっている祝十郎には、浅香の申し出を断る理由はなかった。しかし祝はあえてこう聞く。
「失礼ですが、これまでに生活にお困りになって、この鍵を売ろうというお気持ちを・・・?」
すると浅香ははじめは苦笑したものの、真顔になってこう答える。
「いやありません。むろん純金の鍵だということは分かってました。また、売れば2万や3万になったかもしれません。しかし私は日本人です。まして外国の人から命がけで頼まれた品物を・・・。いや、とてもそんな気持ちにはなれませんでした。」
ここでようやく祝は笑顔で手を差し伸べる。
「握手してください。祝十郎、あなたに敬服しました。喜んでお力になりましょう」


このエピソードには、月光仮面と「正義」との関わりが極めて端的に表されていると思う。このときの「正義」は祝十郎にではなく、浅香の方にあった。祝はその浅香の「正義」に「味方」する者だった。

この件については、ぼくがゴチャゴチャ説明するより、『月光仮面』の原作者であり、脚本も書いた川内康範ご自身に解説していただいたほうが手っ取り早いだろう。『篦棒な人々・戦後サブカルチャー偉人伝』(竹熊健太郎/河出文庫)の中の、川内康範インタビューから引用する。

月光仮面は月光菩薩に由来しているんだけれど、月光菩薩は本来、脇仏なんだよね。脇役で人を助ける。月光仮面もけっして主役じゃない。裏方なんだな。だから「正義の味方」なんだよ。けっして正義そのものではない。この世に真の正義があるとすれば、それは神や仏だよな。月光仮面は神でも仏でもない、まさに人間なんだよ

レインボーマンや月光仮面が必要とされる世の中はけっしていい時代ではないんです。正義の味方はあくまで味方で、正義そのものではない。でもね、せめてみんなが正義の味方になれば、この国は間違った方向に行かなくてもすむんだよ


以上、けっこう長いインタビューの中から「正義の味方」について触れられている部分を引用した。『仮面ライダー』に始まるヒーローブームの作品群と『月光仮面』とでは、そもそもの前提が異なっていることがお分かりいただけたことだろう。
『仮面ライダー』や『ウルトラマンA』では、まず「悪」のショッカーやヤプールが存在し、それに対抗する者が「正義のヒーロー」を自称した。しかし『月光仮面』では、まず日本人の中にある「正義」という倫理が先行して問われ、それが「悪」に脅かされる時、はじめて月光仮面が登場する。

要は、ぶっちゃけ月光仮面は正しくない者の味方はしないわけで、視聴者である子どもたちは、いつでも自分の中の正義を確かめながら、この番組を観なければならない。これぞまさしく宮内洋の言う「特撮ヒーロー番組とは子供達に正義の心を教える教育番組に外ならない」(Wikipediaー宮内洋より)に他ならないだろう。

しかし残念ながら、その宮内洋自身が演じた仮面ライダーV3は、ただただ「悪」の侵略者デストロンと戦うだけのヒーローだった。人々はただただデストロンに「人間の自由」を奪われるだけの善良な子羊で、そこに人々の中の「正義」への問いかけはなかった。人々は、仮面ライダーV3の「正義」によって、保護されるだけの存在だった。


さてそんな『月光仮面』の放映が始まったのは昭和33年(1958年)だったが、その2年後に同じく宣弘社が制作したヒーローも「正義の味方」だった。『快傑ハリマオ』だ。

つづく

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。