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竹波エーイチ

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快傑ハリマオ 大東亜共栄圏ヒーロー

快傑ハリマオ

快傑ハリマオ』第一部「魔の城篇」の舞台は、白人による圧政が続くインドネシアだ。白人たちはインドネシアの人々を「土民」と呼び、ムチで打つ。東南アジアの人々は、奴隷として売買されるような存在だった。

そんな白人支配に真っ向から立ち向かい、奴隷の解放のために戦うのが我らがヒーロー、ハリマオだ。ハリマオの正体についてはジャワ統治庁のコバール長官でさえ掴みかねていたが、ただ一つ判明していたのが、ハリマオが日本人であることだった・・・。

Wikipediaによれば『快傑ハリマオ』は、「太平洋戦争直前前後にマレー半島で日本軍に協力したマレーの虎と言われた谷豊をモデルに山田克郎の『魔の城』を原作として制作された」とのことだが、敗戦国である日本で、ここまで露骨なアンチ白人支配を織り込んだ作品を放映できた事実は驚くばかりだ。

『快傑ハリマオ』が放映された1960年といえば、日本では安保闘争が盛り上がっていた時期に当たる。言うまでもなくインドネシアを占領支配していたのはアメリカではなくオランダではあるわけだが、当時の日本国内の反米的気運の後押しでもあったのかもしれない。

ところで、「ウルトラマン」の『故郷は地球』などで有名な脚本家、佐々木守は『豹の眼』や『快傑ハリマオ』といった宣弘社ヒーローについて、こんなことを書いているようだ。

「しかしぼくは宣弘社ヒーローたちの持つ東アジア、あるいは東南アジア的世界は『少年倶楽部』的アジアン・ドリームというよりも、むしろ「大東亜共栄圏」のイメージであると思う」(『月光仮面を創った男たち』樋口尚文/平凡社新書)


いきなり凄い話になってきたが、実際、「大東亜共栄圏」構想には、アジアの白人支配を打倒する意図もあった。なぜそう断言できるのかと言えば、敗戦後もそのまま東南アジアの地に留まり、アジア諸国の独立運動に協力した日本人が、多数いたからだ。もしも日本が、本当に侵略目的だけで大東亜戦争を起こしたというのなら、彼らが敗戦後も東南アジアの人々のために血を流し、死んでいった理由がない。

インドネシアの侍」(YouTube)
大東亜戦争 ビルマ独立と日本の関係」(YouTube)


という感じで、オランダによるインドネシア支配と、日本人によるアジアの解放、という史実を織り込みながら制作された『快傑ハリマオ』に、後の70年代ヒーローのような自虐史観洗脳装置としての要素は全くない。たしかに、弱者を救い保護する、という点では似たような構図を感じるかもしれないが、こちらは具体的に「敵」を設定している点が異なる。どうとでも解釈可能な漠然とした「悪」ではない。

そしてやはりハリマオも、月光仮面同様に、正義の「味方」だった。

「魔の城篇」は、両親を亡くした太郎少年が、叔父を頼ってシンガポールからジャカルタにやってくる場面から始まるのだが、太郎くんはそのピストルの腕前を見込まれて、中国人の人身売買組織からの勧誘を受けてしまう。最初はその首領の中国人を善人だと勘違いしてハリマオを狙撃してしまった太郎くんだったが、やがてその本性を知ると、組織への協力を拒むようになる。太郎くんは奴隷船に乗せられ、反逆を問われて激しくムチで打たれる。その様子を見ていた「キャプテン」と呼ばれるジャワ統治庁がらみで同船してきた男が言う。
「だが見給え。あの小僧、さすがに日本の少年だ。覚悟を決めて、びくともしない」
幼い太郎くんは、彼の正義を貫いた。
そしてハリマオが再びブラウン管の中に登場してくるのは、まさにこの直後のことだった。
さあ、ハリマオはどこから現れたか!?・・・。続きはDVDでどうぞ(1枚たったの500円!)。


というわけで、『月光仮面』『快傑ハリマオ』という昭和30年代を代表するテレビヒーロー番組に見られる「正義」について、少し書いてみた。
いずれの作品でもハッキリしていることは、ヒーローが守ろうとしているのが「世界の平和」だの「人間の自由」だのと言った、大げさで観念的なスローガンだけではない、ということだろう。彼らはそういったお題目の前に、まず日本人の心の中にある「正義心」、それを守ろうとした。その味方であろうとした。

おそらくそこには、敗戦によって揺らいでしまった日本の「正義」を取り戻そうという意図もあったのだろう。
川内康範は、『篦棒な人々・戦後サブカルチャー偉人伝』(竹熊健太郎/河出文庫)の中で、こんな話をしている。

なぜ僕が特攻隊の遺書を発表しようとしたかというと、戦後の日本の文壇には新日本文学会をはじめとして、「太平洋戦争は侵略であって、戦死した者はすべて犬死にだ。この国のこれまでの歴史はすべて否定されなければいけない」という論調が広まっていたんです。羽仁五郎とかはその最たる者だ。ぼくはそんな考えには同調できなくてね、読売新聞で反論した


『月光仮面』そして『快傑ハリマオ』とは、そんな戦後の自虐史観にキッパリとNO!を突きつけた作品だったのだと、ぼくは思う。

つづく

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