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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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デビルマン バビル2世

デビルとバビル

続いてアニメをふたつ。

『バビル2世』(1973)は、世界征服を企む超能力者ヨミの陰謀を、同じく超能力者のバビル2世が防いでいくという話。

5000年の昔、宇宙船の故障で地球に不時着した宇宙人バビルは、仲間への目印として巨大なバベルの塔を建設した。しかし、地球人の操作ミスで塔は爆発。宇宙人バビルは地球への永住を決意し、人間の女性との間に子どもをもうけた。バビルは、いつの日か自分と全く同じ体質を持つ子孫が誕生した場合に限り、自分の遺産の全てを譲ることを考え、特殊な音波発生器をセットした。
その音波をキャッチしたのが、主人公の浩一少年だった。浩一はある晩、育ての親たちに別れを告げるとバビルの塔からの迎えの使者ロプロスに乗り込む。バビルの塔で全ての事情を知った浩一は、コンピュータによる100日間の教育を受け、その超能力を開花させる。続いてコンピュータが命じたのは、ヒマラヤに住むヨミに会うことだった。浩一はヨミが世界征服の野望を抱き、すでに行動を開始していることを知ると、ヨミと対決する決心をするのだった・・・。


「悪」の超能力者による世界征服を、別の「正義」の超能力者が阻止する、という点で『バビル2世』と『イナズマン』は似たような世界観を持っていると言うことができる。
が、実はそれはテレビアニメ版だけの話で、横山光輝の原作漫画には『バビル2世』と『イナズマン』を隔てる大きな違いがきっちりと描かれている。
テレビアニメ版には存在しないその違いとは、宇宙人バビルが遠い未来に生まれるであろう自分と全く同じ体質を持った子孫に宛てた、次のセリフだ。

「わたしはきみにこの塔のすべてを与えよう。
それらを使いこの地球を征服するも地球人のために使うもそれはきみの自由だ」

バビルの遺産とは、リモコンの操縦者次第で善悪いずれにも働くロボット、鉄人28号と同じものだった。
ここには視聴者への倫理の問いかけが存在する。最初から「正義」であることを主張する『イナズマン』とは大きく違う点だ。宇宙人バビルは、「正義」のために浩一に彼の遺産を与えたわけではなかった。どのように使ってもいいバビルの遺産を、ヨミの陰謀を阻止するために使うことを選んだのは浩一自身だった。

横山光輝は昭和9年(1934年)生まれ。
その作品からは、「正義」はそれぞれの心の中にあるのだ、という主張が感じられるように思う。


一方、戦争を知らない世代のトップランナー的存在が、1945年9月生まれの永井豪だろう。
その作品『デビルマン』(1972ー1973)には、なんと「正義」自体が存在しない。

ヒマラヤの氷に封じ込められていたデーモン族が復活し、地球征服を目指して活動を開始した。その先兵デビルマンは、登山客の不動明の体に乗り移ると、人間世界にやってくる。しかし、デビルマンは不動明の下宿先の娘、牧村美樹に一目惚れしてしまい、魔王ゼノンの命令に従わない。デーモン族はデビルマンを裏切り者とみなし、次々と刺客を送り込んでくる。デビルマンは愛する美樹を守るため、それらデーモン族と戦うのだった・・・。

この物語のどこにも、いわゆる「正義」が存在していないことの説明は不要だろう。いや、強いて言うなら「愛こそ正義」ということか? デビルマンにとって大切なのは牧村美樹(とその家族)だけなので、戦闘中に民家を踏みつぶしたり、無関係な人がデーモン族に襲われても、彼は何とも思わない。たまにはヒーローっぽい行動もするが、それは何もしないと美樹が悲しむ結果になりそうな場合だけに限られる。そんなデビルマンにとっての目下の悩みは、自分がそばにいるから美樹までもがデーモンに襲われてしまうという点だけだ。それだけが彼を苦悩させる。

どこにも「正義」が存在しない、不思議なヒーロー番組『デビルマン』。
この件について何かヒントはないかと探したところ、Wikipediaに「中国大陸で脱走した日本兵が、娘を守って日本軍をやっつける話」という興味深い一説があったので、引用元の本を買ってみた。

メインライター辻真先の談話。

「デビルマンってのは、けしからんヤツなんですよ。これ、例えるなら、中国大陸で脱走した日本兵が、娘を守って日本軍をやっつけるって話でしょう(笑)。ただ、正義ってのがひとつじゃないことが、五十年前によくわかりましたから、正義正義って偉そうにいうよりも、好きな女のコのために一生懸命になるほうが、よほど上等じゃないかな、という気はするんですよ(笑)」(『懐かしのTVアニメ ベストエピソード99<東映動画編>/二見書房より)


Wikipediaによると、『デビルマン』の漫画版とテレビ版の関係は「同一の基礎設定を使用して描かれた2つの作品」というものらしい。「悪魔をヒーローとした作品」という基本設定を元に、漫画を永井豪が、テレビを辻真先がと、別々に進行していったそうだ。
一回り年齢の違うふたりの作家が、基本設定は同一とはいえ、それぞれに「正義」の存在しないストーリーを作っていった過程は非常に興味深い。

※ここらへんは、またいずれ機会があれば掘り下げたいところ。

つづく


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