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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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秘密戦隊ゴレンジャー 国連の正義

ゴレンジャーのお馬鹿な怪人ども

これまで見てきた通り、1970年代のヒーロー番組の「正義」とは、ぼくら民衆の中に存在する倫理や規範ではなかった。それは「正義」の代理人に指定された人のものであったり、特殊な能力を持った人のものであって、ぼくら民衆の外部に存在するものだった。
そして、そんな「正義」が戦う「悪」もまた、ぼくらの中にはなかった。「悪」もやはり、どこかぼくらの外部に存在するものであり、それは一様に「侵略」するものだった。

と、まとめてはみたものの、以上の説明で1970年代ヒーロー番組の「正義」と「悪」の正体がすべて理解できた、という人は皆無だろう。何かモヤモヤしていて、視界明瞭とは言い難い。

それがハッキリと姿を現すのは、特撮ヒーローブームがぼちぼち終焉しつつある1975年のことだ。
作品名は『秘密戦隊ゴレンジャー』。
原作は石森章太郎、プロデューサーは平山亨、メインライターは「怪獣使いと少年」の上原正三。

この『秘密戦隊ゴレンジャー』は正直言って、かなーり幼稚な作品だと断言してしまってもいいと思う。それは、上の方に貼っておいた怪人の写真が雄弁に物語っているだろう。Wikipediaによれば、当初スパイアクションものとして雑誌連載されていた石森章太郎の漫画は、やがてテレビ版を反映してギャグマンガに変更され、最終的には『ひみつ戦隊ゴレンジャーごっこ』に改題されたそうな。

ところが、その幼稚なギャグアクション『秘密戦隊ゴレンジャー』は分かりやすさを追求して制作された結果、1970年代ヒーロー番組が何となく口ごもってウヤムヤにしてきた「正義」と「悪」の正体を分かりやすく暴露してしまうことになった。

『秘密戦隊ゴレンジャー』のスタートはこうだ。
まず悪の侵略者「黒十字軍」が蜂起し、それに対抗すべく国連が世界各地に結成させたチームが「イーグル」だった。日本には5つの「イーグル支部」が誕生したが、ある時、黒十字軍の同時多発的な奇襲を受け、5つの支部はほぼ全滅してしまう。しかし、各支部には偶然一人ずつの生存者があった。イーグルはこの5人の幸運な若者に特殊訓練を施すと「ゴレンジャー」を結成、黒十字軍の野望を粉砕するために戦わせるのだった・・・。


ゴレンジャーというのは、要するに国連の5人の職員による特殊部隊だ。ゴレンジャーの「正義」とは、国連の掲げる「正義」だということだ。これはヒーローの「正義」を担保するものを追求していけば、自然と辿り着いてしまう結論だろう。なにより、幼稚園児にだって理解できる分かりやすい「正義」だ。

が、ぼくらはもう幼稚園児ではないので、もう少し具体的にその中味を考えなくてはならないだろう。
では、国連の「正義」をもう少し具体的に言えばどうなるか?
それは要するに、第二次世界大戦の戦勝国の正義、すなわち、アメリカ、ソ連、中国、イギリス、フランスという5つの常任理事国を中心にした「正義」だ。

仮にこの5つの常任理事国を「ゴレンジャー」と呼んだとしよう(笑)。
では、この「正義」のゴレンジャーが寄ってたかってボコボコにする「悪」の「侵略者」とは何を指すのだろうか?
言うまでもない。
現在においてなお「国連憲章」の中で「敵国」という表現で示される、かつての枢軸国だ。その中でも、一番最後まで抵抗を続けた大日本帝国など、「悪」の最たる者だろう。ショッカーにしろ黒十字軍にしろ、首領というのは最後の最後に殺されるものだ。

敵国条項ーWikipedia

「悪」のショッカーから生まれた仮面ライダーは、ひたすらショッカーを倒すために戦った。変身忍者嵐のハヤテは、「悪」の血車党に加担してしまった実父の「あやまち」を償おうとした。バロム・1は「悪」の侵略者と戦う「正義」のエージェント(代理人)だった。

繰り返しになるが、彼ら70年代ヒーローはぼくらに「正義」であれ、とは言わなかった。
ぼくらは彼らの「正義」によって保護されるだけの存在だった。
そしてその「正義」とは、ついに『秘密戦隊ゴレンジャー』が暴露してしまったように、国連(第二次大戦の戦勝国のグループ)の「正義」に他ならず、倒されるべき「悪」は戦前の大日本帝国の「悪」だった。

もはやクドクドした説明は不要だろう。
この70年代ヒーロー番組の「正義」と「悪」の構図は、戦後民主主義の「正義」と「悪」の構図であり、自虐史観(東京裁判史観)の「正義」と「悪」の構図とも完全に一致する。ぼくらが熱中したヒーロー番組とは、戦後民主主義と自虐史観の「正義」をサポートし、この国の過去を全否定しようとする物語群だったのだ。

と、ぼくは考えている。

かくしてこのカテゴリの冒頭で書いたように、幼少期をこれらヒーロー番組とともに過ごしたぼくは、戦後民主主義と自虐史観の物語をごく自然なうちに受け容れ、あたかも自分自身の自明な思考であるかのように思い込んでいたのだった。

とは言うものの、実は70年代のヒーロー番組にも自虐史観洗脳装置ではないものも存在した。
ただし、それはごく限られた作家が担当した作品において、であった。

つづく


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