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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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二つの『人造人間キカイダー』

良心回路の発動

1970年代には2種類の『人造人間キカイダー』が存在した。一つは、石ノ森章太郎が全てのストーリーを作ったマンガ版。もう一つは石ノ森のアイデアを元に1973ー1974年に制作されたテレビ版。この両作は、ともに石ノ森章太郎がキャラクター設定と基本的なストーリーを考え、同じタイトルを共有する作品だが、実際には核心部分がまったく異なっていて、いわゆる「原作」ー「テレビドラマ化」の関係ではない。一つのアイデアから平行して作られていった、別の作品と見ていったほうが話が早いだろう。

両者を別の作品にしてしまった核心部分を「良心回路」という。
キカイダーは、光明寺博士という天才ロボット科学者が作った人造人間だが、博士は自分の作ったロボットが依頼主によって悪用されていることを知り、秘かにそれらと対抗するためのロボットの製作を進めていた。そのコアパーツが博士が「良心回路」と呼ぶ装置で、博士は「キカイダー」にそれを内蔵したが、完成寸前に依頼主の手下に襲撃されてしまい、良心回路が未完成なまま、キカイダーは世に出てしまった。

依頼主はプロフェッサー・ギルと呼ばれる科学者で、ギルは光明寺博士が作ったロボットを操って犯罪を行い、その資金を元にした世界征服を企んでいた。ギルは手下のロボットを「超音波笛(悪魔笛)」と呼ぶ道具で操作していたが、その指令は良心回路が不完全なキカイダーにも有効だった。キカイダーはギルに笛を吹かれると、ギルの命令と良心回路の命令に引き裂かれて激しく葛藤する。

この葛藤を象徴するのが、左右が非対称であるキカイダーの姿だ。テレビ版の主題歌でも「正義と悪との青と赤」と歌われる通り、体の半分は完成しているが、もう半分は内部のメカが見えてしまっている。歌では青い方が「正義」とされているようだが、未完成の良心回路がこの姿を作り出したとすれば、青は「悪」である気もするが、そんな細かいことはどうでもいいか。

とにかく、以上のように『人造人間キカイダー』の核心部分は、彼に内蔵された良心回路という部品にある。当然、物語は、マンガにしろテレビにしろ、この良心回路をめぐって進行していく。プロフェッサー・ギルが手下のロボットに悪事を働かせようとすれば、そのたびにキカイダー(人間体は光明寺ジローという)にも影響が及び、「正義のヒーロー」が「狂って」しまう。キカイダーは「悪」のロボットと戦う前に、まず自分自身の内面の戦いに打ち克たなくてはならない・・・。

と、まあ何とも興味深い設定だが、これを「仮面ライダーよりも叙情的なものを」という平山亨の漠然とした要望を聞きながら、その場でサラサラとキャラクターデザインと初期設定を考えてしまったというんだから、石ノ森章太郎の天才ぶりには恐るべきものがある。石ノ森ファンの中には『人造人間キカイダー』を石ノ森の最高傑作だと考える人も多いと聞くが、少なくとも彼が生み出した変身ヒーローものの分野に限って言えば、ぼくも完全に同意できる。

と言うのも、まさに『人造人間キカイダー』を傑作たらしめた「良心回路」にこそ、石ノ森章太郎が考える「善(正義)」と「悪」が、いたって明快に表れていると思うからだ。
しかも幸いなことには、テレビ版の方の『人造人間キカイダー』も傑作だった。脚本家・長坂秀佳は、石ノ森の「良心回路」というアイデアを独自に発展させ、全く異なる世界を構築してしまった。そしてそれは、皮肉にも石ノ森ヒーローの持つ欠陥を暴露してしまう結果に繋がってしまったのだった。

というわけで前置きが長くなったが、次回から『人造人間キカイダー』という2つの傑作を順に見ていきたいと思う。
まずは石ノ森章太郎のマンガ版から。

つづく

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