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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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人造人間キカイダー ~良心回路と服従回路

キカイダー表紙

人造人間キカイダー』の概略については、すでに書いたとおり。
では、石森章太郎のマンガ版に見られる「善」と「悪」とはどういったものだったか。それを知るには、マンガ版『人造人間キカイダー』で「良心回路」がどのように語られたかを見ればいいと思う。

◎まず、製造者である光明寺博士はこう言った。
「わるい命令にはぜったいにしたがわないロボットの『心』をつくるのだ!!」

◎キカイダー=ジローの誕生を知ったプロフェッサー・ギルはこう。
「ばかめが! 人造人間はロボットだ! 自分で善悪の判断などはじめられては・・・」

◎光明寺博士とプロフェッサー・ギルを「同じ穴のムジナ」だと言われたキカイダー=ジローの反応。
「光明寺博士はちがう!!それじゃなぜ・・・ぼくの”心”に悪いことはいけないと・・・おしえてあるんだ!?」

◎同じく「良心回路」を搭載されたが、自力でその効力を封じ込めてしまったダークロボット(ゴールデンバット)は、光明寺博士の娘ミツコにこう言った。
「人造人間には命令の拒否権などないんだよ!!」
「ところが・・・だ。おまえのおやじ光明寺博士は・・・あいつ、ジロー・・・キカイダーにその拒否権・・・命令の選択権を与えてしまった!! 光明寺がジローに不完全な『良心回路』をつけたことは皮肉にも、もっとも人間に近い人造人間をつくったということにほかならない」

◎「良心回路」を完成させてくれるという黒川博士(ギルの変装)に対してのジローの結論。
「不完全な『良心』を持っていたほうが人間らしいと思うんです」
「ぼくはひとりで・・・人間と同じように自然に・・・『良心回路』を完全なものに近づけていきます。そう”成長”するように努力がしたいんです」


『人造人間キカイダー』のマンガ版はイタリアの童話『ピノキオ』の引用からスタートするわけだが、テーマもだいたい同じで、要は人工の心がいかにして本物の人間の心に近づいていくのかが物語の中心にある。そして、ジローが近づこうと目指した”人間の心”が、実は彼の持つ”不完全な良心回路”そのものであったという「毒」は、石ノ森章太郎ならではの発想だろう。ジローは実は、最初から”人間の心”を持っていたんだという、一種のどんでん返しだ。

この発想自体は秀逸なもんがあると、ぼくも思う。

ところがこの物語は、中盤を過ぎてジロー=キカイダーの兄、イチロー=キカイダー01が登場してくる辺りから、なにやら混乱の様相を呈してきてしまう。
キカイダー01を作ったのも光明寺博士だ。博士はまだプロフェッサー・ギルと知り合う前に、事故死を装って殺害された長男・光明寺一郎の身代わりとして人工知能を装備したロボットの開発をはじめた。そうして完成したキカイダー01だったが、その悪用を恐れた光明寺の師匠・風天和尚の手で仏像の中に封印された。
しかしジローの前に新たな敵が現れたことを知った光明寺は、ジローにキカイダー01の存在を教える。二人は共鳴し、01は仏像を割って出現する・・・。

まだ試作機であったイチロー=01には、当然のことながら「良心回路」は組み込まれていない。と、同時にダークロボットでもないので、本来的に「悪」の出身だというわけでもない。つまりは「善」とも「悪」とも設定されていない。
そして復活したイチロー=01は、誰の命令も受けることなく、自分の意思で自由に行動する・・・。

・・・何のことはない。イチロー=01は、まさに人間そのものであって、ロボットをロボットたらしめる特徴を何一つ持っていない。ところがそんなイチロー=01について、ジローは、自分が「良心回路」を持たないイチローの「良心回路」になってやる必要があると言う。そのために、一緒にヨーロッパで静養しようと言う光明寺家の申し出も断った。

だが、マンガを何度熟読しても、いったいイチロー=01のどこに、「良心回路」がないことによる弊害が出ているのかはサッパリ分からない。たしかにイチローは粗暴で口が悪く、短気で思慮がなく、思いやりややさしさに欠ける困ったヤツだ。しかし決して悪事を働くわけでもないし、ジローが襲われれば助けてくれる。
要は、世間にいくらでもいる、そういう性格の持ち主であるだけだ。

となると、ジローが持ち、イチローが持たないという「良心回路」とは、一体何なのか? 

ここでもう一度、上に列記した「良心回路」についての作中の記述を見ると、実はそこに面白い事実があることに気がつく。それは、散々「良心」について語られていながら、一度も「良」や「善」あるいは「正義」そのものについて直接語られることがない、という事実だ。「良心」は、いつだって「悪」との対比で語られる。
すなわち、『人造人間キカイダー』における「善」「良」「正義」の定義とは、「悪」ではないこと、にしかない。
だから実際に作品を読むと分かるが、キカイダー=ジローは特に善行を積むわけでもないし、積極的に「悪」を探して叩いたりもしない。彼の「良心回路」が命じる「善」とは、ただただ自分自身が悪事をしないことに向けられているというわけだ。

では反対にジロー=キカイダーにとっての「悪」とは何か?
これも詳しくは作品で、と言いたいところだが、簡単に言ってしまえば、それは「悪」の命令に従ってしまうこと、だ。ただし、「悪」そのものについて『人造人間キカイダー』で直接語られることは、まったくない。

まとめればこうだ。
「善」とは、悪に従わないこと。
「悪」とは、悪に従ってしまうこと。

このことは、マンガ版『人造人間キカイダー』のクライマックスで、「良心回路」の動作を打ち消すためにキカイダー=ジローに取り付けられた装置を知れば、ますます理解が深まるだろう。
「良心回路」の対極にあるもの、それは「服従回路」と呼ばれるパーツだった。すなわち「悪」に従わせる回路だ。
キカイダー=ジローはこの装置によって「悪の心」を知り、仲間を「だまし」兄弟を「ころす」。
ジローは言う。
「・・・おれはこれで・・・人間と同じになった・・・!!」

しかしそれは、言ってみれば「良心回路」自体を否定していることに他ならないだろう。「良心回路」を”成長”させるだけでは、「人間と同じ」にはならないことの証明になるからだ。
その混乱が、イチロー=01の登場によるものであることは、すでに書いたとおり。「良心回路」を持たないイチロー=01を「善」とも「悪」とも設定できなかった時点で、「良心回路」は『ピノキオ』でのコオロギ(作中での「良心」)の位置から逸脱してしまった。ギルの悪魔笛という「悪」が消滅したとき、ジロー=キカイダーの「良心回路」も実質的に消滅していたというわけだ。


以上、『人造人間キカイダー』における「善」と「悪」をざっと見てみたが、「善」自体はもともとは存在せず、「悪」の出現によってそれは現れ、「悪」の消滅によって同じく消滅する、というこのパターンは、これまで見てきた石森ヒーロー作品の大半に共通する展開だ。もともと存在しないんだから、石森ヒーロー作品において「善」「良」「正義」といった概念が積極的に定義されることはない。それはいつでも、「悪」に従わないこと、「悪」と戦うこと、という具合に、逆説的にしか提示されない。

この石森ヒーローの立脚点の危うさを、知って知らずか白昼のもとに晒したのは、実は同じ『人造人間キカイダー』をタイトルにするテレビ版のほうだった。

つづく


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