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竹波エーイチ

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人造人間キカイダー ~ジローとミツコ

ジローとミツコ

人造人間キカイダー』について書かれた評論に、『マンガ・特撮ヒーローの倫理学』(鳥影社)という本がある。この中で著者の諌山陽太郎さんが「良心回路」について書かれている部分を若干引用すると、こんなものがある。

「『人造人間キカイダー』でいう『良心回路』とは煩悩の滅却、すなわち運命からの脱却と、悟り、なのだろうが(以下略)」
「だから、キカイダーの『良心回路』とは、『良心』というよりは、私たちが普通に考える<心>だと考えるべきだろう」


ぼくはこの本を初めて読んだとき、諌山さんが何の話をしているのかがサッパリ分からなかった。というのも、諌山さんが語っているのはマンガ版の『キカイダー』についてであって、ぼくが知っているのがテレビ版の『キカイダー』だけだったからだ。

今は遅ればせながらマンガ版も読んだので理解できるが、たしかにマンガ版の「良心回路」は「普通に考える<心>」だと考えることもできると思う。ただ、その場合、ジロー同様に自分の意思で自由に行動できるイチロー=キカイダー01はどう考えたらいいのだろう。イチローには「良心回路」は搭載されてないので<心>がないことになるが、彼は未知への恐怖心を持ったり、ジローへの嫉妬心を持ったりと、「普通に考える<心>」があるとしか思えない言動をする。

・・・まあここまで来たらハッキリ言うしかないが、石ノ森章太郎のマンガ版の「良心回路」は矛盾だらけで余り練り込まれたものではない。おそらくちょっとした思いつきに過ぎなかったのだろう(う、これは言いたくなかった・・・)。

さて、そんな”思いつき”の「良心回路」が生き生きと描かれるのが、光明寺ミツコとのメロドラマにおいてだった。
テレビ版のミツコは、ジロー誕生の5年前に光明寺博士とともにダークに拉致され、助手として働かされていた。当然の結果として、ミツコはいっぱしのロボット技術者になっていたので、事ある毎にジローの「良心回路」を完全なものにしたがる。それは博士からの指示でもあったが、いつしかミツコがジローに対して恋愛感情を持ち始めている証しでもあった。

しかしそんなミツコの申し出をジローは断り続ける。
「おれは今のままで十分だ。余計なことはやめてくれ。光明寺博士の良心回路は不完全かもしれない。が、その不完全さをおれの意識のコントロールで補っている。もう大丈夫だ」(第3話)
この時のジローのセリフは、マンガ版にもほぼ同様なものがある。おそらく企画から参加している伊上勝が、石ノ森のアイデアをそのまま採用したのだろう(時期的にはテレビ版が先)。

第12話はもう完全にメロドラマだ。
ミツコ「ジロー、あなたの良心回路を直させて! 完全な人造人間にさせてちょうだい!」
ジロー「いや、ぼくは今のままでいいんだ」
ミツコ「でも、ダークの笛に苦しむあなたを見るのは、とても耐えられないわ」
ジロー「いいんだ!今のままで!・・・人間なんかになりたくない」
ミツコ「だけどあなたは、人間でないのが悲しいって言ってたじゃないの」
ジロー「それは・・・、そういう意味じゃないんだ・・・」

聞くところによれば、『人造人間キカイダー』は、東映ヒーローには珍しく女性のファンも多いそうだが、こんな二人の微妙なやりとりが受けているのだろう。平山亨プロデューサーの石ノ森への最初の注文は「仮面ライダーより叙情的なものを・・・」だったのだから、石ノ森がその期待に見事に応えていることは疑いがない。

ところがそんな二人のメロドラマは、回を進めるごとに意外な方向に展開していく。その理由を先に言えば、『人造人間キカイダー』の中盤までは、複数の脚本家が自己流に石ノ森の設定を料理していったからだろう。たとえば第3話では自分を「おれ」と称しているジローは、第12話では「ぼく」と言っている具合に。

そして、そうして互いに刺激を与え合った効果か、テレビ版の『キカイダー』はマンガ版を超えて、当時としては稀に見る深みを目指していく。例えばマンガ版のテーマの一つでもある”人造人間の孤独”。『仮面ライダー』や『サイボーグ009』にも見られる、石ノ森が得意とする表現だ。
第15話はそんなジローの”孤独”を描いた回だが、なんと脚本は伊上勝だ。メインライターの伊上勝までが、石ノ森の設定を逸脱していったのだ。

(あらすじ)死んだはずの光明寺太郎が帰ってきた。太郎はダークに囚われ、監禁されていたのだ。再会を喜び、抱き合う光明寺三兄妹を静かに見つめるジロー。
太郎はダーク基地から脱走する際に、秘密の計画書を持ち出していた。その計画を阻止するために現場に向かう太郎とジローだったが、太郎は戦闘中に負傷してしまう。太郎を抱えて光明寺家に戻ったジローに、ミツコとマサルは激しい口調で言う。
ミツコ「さわらないでジロー!あなたは心のどこかで太郎兄さんを疑っていたんだわ!だから、だから太郎兄さんは・・・!」
ジロー「違う!そんなつもりじゃ・・・」
マサル「姉さんとぼくで、太郎兄さんの看病をするんだ!」
ジロー「そうか・・・おれの出る幕はないわけか・・・。一眠りしておく。何かあったら起こしてくれ・・・」
もちろん、太郎はダークロボットの変身姿で、ジローの良心回路を破壊するのが目的だった。


というわけで、『人造人間キカイダー』のウリの一つであるジローとミツコのメロドラマ周辺について書いてみたが、そこだけを取り出してみると、ますます「良心回路」とは何かが分からなくなる。諌山さんは「普通に考える<心>」と言われるが、太郎の正体を半ば見破りながら、二人の姉弟の気持ちを思いやって黙っていたジローを見れば、ジローが普段から<心>を持っていたのは明白だ。

おそらく石ノ森は、普段のジローが「不完全」であることを表すために、ジローの性格を自己中心的で僻みっぽいものにしたのだろう。しかしそれは、所詮はある個人の持つキャラクターに過ぎなかったから、もっと自己中心的で僻みっぽいイチロー=キカイダー01が登場するや否や、ジローはただの”善人”としか表せなくなってしまった。気がつけば「良心回路」も、どう機能しているか全く分からないウヤムヤなものに・・・。

すでに「完全」と「不完全」の境界を失った「良心回路」が、諌山さんの言うように「普通に考える<心>」にしか見えないのは当然の結論だろう。

しかしそんな「良心回路」の設定が当初に持っていた面白さを見逃さない人物がいた。
その脚本家・長坂秀佳の筆で、テレビ版の「良心回路」はさらに独自の展開を見せていくのだった。

つづく

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