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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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人造人間キカイダー ~ゴールデンバットとゴールドウルフ

ゴールドウルフ

人造人間キカイダー』の中で、光明寺博士によって「良心回路」を搭載されたロボットはジロー=キカイダーだけではなかった。石ノ森章太郎のマンガ版ではゴールデンバットが、長坂秀佳脚本のテレビ版ではゴールドウルフが、ジロー=キカイダーのテストケースとして「良心回路」を搭載された。ただしそれは、ジローのそれより「もっともっと不完全な」良心回路だった。

マンガ版のゴールデンバットというロボットには、石ノ森の考えた「良心回路」というものの本質が良く現れている。
ミツコを彼のアジトに誘拐し、ジローを罠に嵌めようとしたゴールデンバットは、自らの造物主である光明寺博士に対して激しい憎悪を持っていることをミツコに告げる。いわく、自分は「光明寺の実験のぎせい者」であると。
「身がってもいいかげんにしてもらいたい。うぬぼれんじゃないよ・・・と言いたいね!!」
「そいつは・・・その『良心回路』は・・・ジローのものよりもっと不完全だったから・・・”良心”なんてものに悩まされる時間が短くてすんだからいいようなものの・・・それでもずいぶん苦しめられた」

ここでゴールデンバットが「苦しめられた」と言うのは、要するにいわゆる”良心の呵責”というものだろう。本来はプロフェッサー・ギルの命令に従っていればよかったはずのダークロボットなのに、「良心回路」が働くせいで善悪の判断に苦しめられた、と。しかしゴールデンバットの「良心回路」は出来損ないだったので、その呵責は短時間で解消し、無事にギルの命令に従えた、と。
作中の文脈からはそう読み取れると思う。

ところがこのゴールデンバットは、ジローを破壊せよというギルの命令の達成を目前にしながら、その方法をミツコに「ひきょうもの!!」となじられると、あっさりジローを解放してしまう。そして言う。
「そのおじょうさんに・・・ロボットにもプライドがあることを見せてやろうじゃないか・・・」

このときゴールデンバットはまるで一般論のように「ロボットにも」と言うが、もちろん彼以外のダークロボットは「プライド」なんて持っていない。さらには、「プライド」のために命令違反をするロボットも、彼以外にはいない。そしてその「プライド」のおかげでジローは窮地を脱し、正々堂々と勝負してゴールデンバットを倒すことができた。
では、そんなゴールデンバットの「プライド」とは、いったい彼のどこから来たものだったか。

言うまでなくそれは、彼に内蔵された「良心回路」からだ。
それだけではないだろう。
光明寺博士に対する「憎悪」。これだって、他のロボットにはない<心>だ。

石ノ森章太郎は「良心回路」を、あたかもぼくら人間がもつ”良心”であるかのように考えたようだが、実際には諌山陽太郎さんが言うところの<心>として描いてしまった。これが石森章太郎の矛盾であり、限界だった。
しかしそれは、同時に石森作品の魅力でもあった。有能な作家からみれば、その矛盾や限界は、作品世界の懐の深さとして映ったことだろう。

テレビ版で「良心回路」をもったロボットが登場するのは第11話。
やはり光明寺博士の手で「良心回路」を内蔵されたゴールドウルフは、普段はいたって温厚な紳士だった。そして彼は(マンガ版とは反対に)光明寺博士が「好き」だった。そのため彼は、記憶を失ったまま友人の田所博士の邸に滞在している光明寺博士をより安全な場所に隠そうとしたし、ミツコとマサルがダークに捕まればそれを逃がそうともした。

しかしゴールドウルフには「良心回路」と同時に「月光電池」と呼ばれる装置が内蔵されていた。月の光を受けると彼は人間の姿を失い、”良心”も消える。ジローは襲いかかるゴールドウルフを説得しようとするが、戦闘ロボットの姿のウルフにジローの言葉は通じない。
するとふいに月が雲に隠され、ウルフは人間の姿に戻る。すかさずギルの悪魔笛が吹き鳴らされ、ふたりは激痛にのたうち回る。やがて雲が去ると、いよいよウルフは笛の音に苦しむジローの息の根を止めにかかってくる。
どうにかキカイダーにチェンジしたジローは必死の説得を試みるが、万策尽きると必殺の電磁エンドをウルフに食らわせる。雲が再び月を覆い隠したのは、その直後だった。「月が・・・月がもう少し早く隠れていてくれたら・・・」と言い残し、ゴールドウルフは絶命する。それを見るキカイダーの機械仕掛けの目からは、ひとすじの涙が流れるのだった・・・。

このときキカイダーが涙を流した理由は、決してゴールドウルフの不運に同情しただけではないだろう。ゴールドウルフがみせる「善」と「悪」の二つの<心>が、ただただ「良心回路」と「月光電池」という二つの装置によって引き起こされている”現象”に過ぎないことが、キカイダー=ジローを泣かせたのだとぼくは思う。
ジローだって同じなのだ。ジローが<心>だと思っているものは、所詮は機械が生み出した現象に過ぎず、ひとたび悪魔笛を吹かれてしまえば彼の”良心”は停止する。

こうして石ノ森のゴールデンバットと長坂秀佳のゴールドウルフを見比べてみると、石ノ森が”良心”と言いながらあいまいな<心>として描いた「良心回路」を、長坂秀佳は徹底して”良心”にこだわって描いていることが分かる。もちろんそれは「まず、設定ありき」と言う長坂秀佳のポリシーによるものだろう。

しかしそうして「設定」にこだわればこだわるほど、「良心回路」の「設定」はますます分からなくなっていったはずだ。なにしろ「設定」では、ジローの「良心回路」は「不完全」なのだ。それにもかかわらず、ジローには普段から”良心”が備わっているように見える。いったいジローの”良心”は、どう「不完全」だと言うのか。

それとこの回のジローがゴールドウルフに見た「月光電池」。ゴールドウルフの「悪」は、この装置がもたらす現象だった。「月光電池」の力が「良心回路」を圧倒したとき、ウルフは「悪」に染まる。ならば「月光電池」とは「良心回路」の対極にある存在だと見ることができるのではないか。

長坂秀佳の筆によるこの第11話は、テレビ版の『人造人間キカイダー』が、マンガ版から大きく逸脱し、独自に発展していく契機となった作品だとぼくは思う。そしていよいよ第27話からは、伊上勝に代わって長坂秀佳がメインライターの座につくのだった。

つづく 


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