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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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レインボーマン 死ね死ね団

死ね死ね団

繰り返しになるが、70年代の東映に代表されるヒーロー番組の問題点は、その悪役(敵)の設定にある。
「人間の自由」を奪い「世界の平和」を乱す侵略者・・・。こんな曖昧で荒唐無稽な存在があの時代のヒーロー番組で当たり前のように採用されたのは、日本の戦後が、まさにそういった「侵略者」の物語を共有していたからだろうとぼくは思う。
言うまでもなく、その「侵略者」とは、”アジアの人々の自由を奪い、アジアの平和な暮らしを乱した”と宣伝される、「大日本帝国」の物語だ。

要するに『仮面ライダー』や『マジンガーZ』といった東映ヒーローの根底には、東京裁判史観(自虐史観)が滔々と流れている、というのがここまでの話。
何も特別「故郷は地球」やら「ノンマルトの使者」を持ち出すまでもなく、70年代ヒーロー番組の多くは、番組全体として左翼テイストであった、ということだ。

そんな風潮のなか、明らかな意志をもって「愛国」を訴えたのが、川内康範のヒーロー番組だ。
レインボーマン』(1972年・東宝)は、日本「だけ」を狙う犯罪組織を相手に、一人の日本人青年が日本「だけ」を守るために戦っていくというストーリー。ここには「世界の平和」のような、ノーテンキなお題目は存在しない。彼が負ければ、ぼくらの祖国が滅亡する、というシンプルかつ具体的な危機が展開されている。

その『レインボーマン』での悪役を「死ね死ね団」という。
ぼくらの世代なら、そのテーマソングを知らない者はまずいないだろう(女性は除く)。

YouTube - 死ね死ね団のテーマ

「死ね死ね団」は日本人に恨みを持つ人間たちが、日本社会の破壊と、日本人の抹殺を目的として組織した秘密結社だとされる。そのため作中では、しばしば日本人批判が行われる。例えば「死ね死ね団」首領のミスターKは、こんなセリフを主人公のヤマトタケシに吐く。

「きさまが命をかけて守る日本に何がある?」
「日本人は目先の欲得だけにあくせくしているぞ。そんなものの、どこに守る価値がある?」

しかし勘違いしてはならないのは、だからと言って川内康範が「日本」全体を批判しているわけではない、ってことだ。川内康範が批判しているのは、70年代当時の日本人の有りようや意識であって、歴史を含む「日本」全体ではない。
そういった意味では、wikipediaのこの一文も微妙に問題があるだろう。

しかし単純な勧善懲悪モノではなく、太平洋戦争時に日本が犯した過ちを見つめ直そうとする作者・川内康範の意図が反映された、数々の特徴をもっている。すなわち、日本に虐待された外国人が組織立って日本人に復讐しようとするという敵の設定、(以下略)

「過ち」「虐待」「復讐」と来ればバリバリの「自虐史観」になってしまうが、それではまるで「死ね死ね団」のほうが「正義」になってしまう。そんな発想は、川内康範の履歴を見れば、ありえない話だ。
例えば、これぞ川内康範のスタート地点、といえるような発言にはこんなものがある。

「なぜ僕が特攻隊の遺書を発表しようとしたかというと、戦後の日本の文壇には新日本文学会をはじめとして、『太平洋戦争は侵略であって、戦死した者はすべて犬死にだ。この国のこれまでの歴史はすべて否定されなければいけない』という論調が広まっていたんです。羽仁五郎とかはその最たる者だ。ぼくはそんな考えには同調できなくてね、読売新聞で反論した」(『篦棒な人々・戦後サブカルチャー偉人伝』(河出文庫)


それでは「死ね死ね団」とは、どういう組織だったのか?

「死ね死ね団のボスは白人ということになっていますよね、いや、白人じゃなくてフィリピン人だ。ただその背後にいる真のボスは白人なんです。カンボジアであろうがベトナムであろうがフランスは直接植民地統治をしなかった。タイ人を使ったんです。傀儡でしょ。死ね死ね団のボスはフィリピン人なんだが、その背後に白人が控えている」(『篦棒な人々・戦後サブカルチャー偉人伝』(河出文庫)


これが川内康範ご本人が構想した「死ね死ね団」の真実だ。
白人が、日本に恨みを持つアジア人を利用して、日本社会の破壊と、日本人の抹殺を企てている。
「死ね死ね団」は白人の手先であり、傀儡でしかない(ただし、どういうわけか作中にはそれを臭わすような描写がなく、第45話で、戦時中に日本軍の軍医に妻を殺されたというボーグ博士に、ミスターKが「私も同じような境遇だ」と言うくらいしか、「死ね死ね団」の動機や背景について具体的に語られることはなかったと記憶する)。

ではそんな「死ね死ね団」は、どういう方法で日本人を抹殺しようとしたか。

「キャッツアイ作戦」では日本人全てを発狂させようとして、キャッツアイという薬品を貯水池に流そうとした。「M作戦」では大量の偽札をばらまいて、インフレによる日本経済の破壊を目論んだ。
「モグラート作戦」では日本に資源を輸出している国の要人やタンカーを襲い、日本に石油等が入ってこないように工作した。
最後の「サイボーグ作戦」は、日本人をサイボーグ化して奴隷状態にしようとし、さらにはミサイルによる東京の破壊を計画した・・・。

という具合で、最後はやや力技のヤケクソ気味ではあるが、おおむね当時の日本の社会不安を反映した、かなりリアルな計画を次々と実行している。ここには「世界征服(笑)」などという漠然とした願望はない。日本人だけを目標にした、大規模かつ具体的な犯罪があるだけだ。

だから、それと戦うレインボーマンも、漠然とした「世界平和」を願ったりはしない。自分が戦わなければ母が死に、妹が死に、恋人が死に、親友が死に、隣近所の人が死に、自分にまつわる全ての人が死ぬ。そんな状況で、何が「世界」だ。何が「正義」だ。そんなお目出度いヒーローは、この作品には必要ないのだった。

つづく

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