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竹波エーイチ

Author:竹波エーイチ
1967年生まれのおっさん。
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川内康範「まんが日本昔ばなし」

まんが日本昔ばなし

※話題を変えようと思っていたが、肝心なことを書き忘れていた・・・。


同じ1975年の春にスタートした『正義のシンボル コンドールマン』と『秘密戦隊ゴレンジャー』だったが、勝敗は明白。約2年に渡って全84話が放送された『ゴレンジャー』に対して、川内康範原作の『コンドールマン』はたった半年、全24話で番組が終了した。
それどころか『ゴレンジャー』のほうは『ジャッカー電撃隊』(1977年)という後継番組を生み、さらに1979年からは現在に続く「スーパー戦隊シリーズ」の第1号作『バトルフィーバーJ』へと発展していったのだった。

1979年ともなると、すでにぼくは特撮ヒーロー番組を観るような年齢ではなかったので、その『バトルフィーバーJ』という番組は観たことがない。また、当時リアルタイムでみていない作品を、今からDVDでみようとも思わない。
それでWikipediaの記事を読んでみたのだが、いかにも、と言うか、まさしくこれぞ『ゴレンジャー』の正統を継いだ番組だったようだ。例によって5人組のヒーローが登場してくるのだが、それぞれ「ジャパン」「コサック(ロシア)」「フランス」「ケニア」「アメリカ」を名乗り、風采や必殺技もそれぞれの地域の特徴を前面に押し出したものだとか。

『ゴレンジャー』のころは、国連職員という肩書きはあれどメンバーはみな日本人で、あまり日本の外を意識させることはなかったが、『バトルフィーバーJ』はまさに多国籍軍のイメージ。地理の勉強になるといえば聞こえはいいが、世界には統一的な「正義」があるという誤解を植え付けかねない。
くどいようだが、世界共通の「正義」のもとでは、日本やドイツはいまだに「敵国」扱いだ(国連「敵国条項」)。

まあ『バトルフィーバーJ』にケチをつけるのは、ぼくらより下の世代に任せるとして、それではテレビヒーローの生みの親である川内康範という人は、果たして「スーパー戦隊シリーズ」に完全敗北してしまったんだろうか? 氏の生み出すヒーローは、もはや時代遅れだったんだろうか?

ここでもう一度、川内ヒーローの特色のようなものを言うなら、それは月光仮面にしろレインボーマンにしろ、彼らは「正義のヒーロー」ではなくて「正義の味方」だったということだ。彼ら自身が「正義」なのではなく、日本人のなかにある「正義」を彼らは守ろうとした。だから、そこでは常に、テレビを観る側の「倫理」が問われていることになる。いくら「弱者」であろうと、心が正しくない者を彼らは助けることはない。その必要もない。
なお『コンドールマン』の主題歌でも「正義を助けるコンドールマン」と謳われ、川内節は守られている。

一方、仮面ライダーは「人間の自由」や「世界の平和」のために戦った。これは単に人間がおかれている「状態」を問題にしているだけなので、いくら熱心に観ても「正義を愛する心」などは芽生えない。また、仮に仮面ライダーがショッカーを全滅させたとしても、後に残るのはただの現実の日本社会の回復でしかないので、実は何一つ建設的な要素がない。
人も育たず、国も変わらないということだ。
これはおそらく「スーパー戦隊シリーズ」も同じことだろう。

ならば川内ヒーローが消滅した1975年秋には、ぼくら当時の子どもたちに、日本人の心の中にある「正義」を教えてくれる番組は消滅してしまったのだろうか?

いや、そんなことはなかった。
それは全く違うスタイルで、しかももっとダイレクトな表現で、そして「スーパー戦隊」とは比較にならない巨大な影響力をもって、ぼくらの前に姿を現した。

それが、川内康範監修の『まんが日本昔ばなし』だ。

ぼくらの世代でこの長寿番組を知らないという人はまずいないと思うので、いちいち詳しい説明はしないが、要はここには日本人が受け継いできた伝統のすべてがあると言っても過言ではないだろう。言葉はもちろん、歴史や文化、倫理や規範、生活習慣や土着の風習など、いちいち挙げていくのが面倒なくらいだ。「世界の平和」やら「人間の自由」やらも結構なことだが、そんな政治がらみで判断の難しいものを語るより前に、まず日本の子どもなら先に学ぶべきものが沢山ある、ということだ。

『月光仮面』と『まんが日本昔ばなし』は、ある意味では同じことをまったく別の角度から表現したもの、と見ることもできるとぼくは思う。

つづく

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